四輪の自動車では電気自動車(EV)が注目を集めているが、電動バイクの進化も著しい。しかし、市販されている電動バイクはスクータータイプがほとんどで、スポーツタイプはあまり多くないのが現状だ。「速くて面白い電動バイクは出てこないのか?」と思われるかもしれないが、レースの世界ではガソリンエンジンを搭載したバイクに肉薄する性能を持ったマシンが活躍している。しかも、世界最高峰の電動バイクレースで2年連続優勝を飾っているのは日本製の「神電(しんでん)」。電動バイクの最先端に位置するマシンと言っても過言ではない「神電」の最新モデル「神電 四(しんでん よん)」の実像に迫るとともに、電動バイクの可能性を紐解いていく。
「神電 四」を語るうえで欠かせないのが、100年以上の歴史を持つバイクレース「マン島TTレース」だ。マン島TTレースは毎年6月に英国王室属領国マン島で開催されており、かつては、このレースでの活躍をきっかけにホンダの名が世界中に知られるようになった。
そして、2009年にはマン島TTレースに電動バイクだけで競う「TT Zero Challenge」クラス(以下、TT Zero)が新設。スポーツタイプの“速い”電動バイクを手がける多くのメーカーが参戦し、島を周回する公道(1周約60k m)で1周のタイムを争っている。
基本的にレース専用マシンでの競技となるが、一般道を走るため市販マシンへのフィードバックに使える要素がサーキットで行うレースよりも多いという
そのTT Zeroで、2014、2015年と2年連続で優勝したのが「神電」シリーズだ。2014年にはTT Zeroの新記録となるコースレコード(19分17秒3)を達成し、2015年にはさらにタイムを18分54秒743に短縮した。ちなみに、ガソリンエンジンの最高峰クラスである「Senior TT」(1000ccエンジン)のベストラップは17分3秒567、600ccエンジンを搭載した「Super Sport」クラスのベストラップは17分43秒224。この差を大きいと感じるか小さいと感じるかは人それぞれかもしれないが、その差は年々小さくなっている。レース専用マシンのため市販はされていないが、現状で最も進化した最も速い電動バイクと言えるだろう。
参戦した2台の「神電 四」がワンツーフィニッシュを飾った
世界最速の座に君臨する「神電 四」を手がけたのは、日本有数のレーシングコンストラクター(レースマシンを製作するメーカー)である「無限」(株式会社M-TEC)。実は、「無限」が初めて開発した電動バイクが「神電」シリーズだ。見た目もさることながら、基本的な車体設計はガソリンエンジンのバイクのものを踏襲しているという。開発がさらに進めば電動マシンに最適な車体構成になっていく可能性はあるが、現状ではエンジンバイクのノウハウを活用できることや、ライダーが既存のバイクから乗り換えた際の違和感を少なくすることを優先している。
マフラー(排気管)が見当たらない以外は、通常のエンジンバイクのイメージと変わらない外観となっている。既存のバイク用パーツや車体セッティングのノウハウなどを生かすための設計だという
電気モーターは、ギアチェンジでの変速が不要。そのため、足を乗せるステップの部分にギアチェンジレバーは装備されない
左足側にも後輪用のブレーキペダルは見当たらない。リアブレーキは左手で操作する
車体を覆うカウリングを外した状態。中央にある黒い大きなボックスが、バッテリーだ(日立マクセル製)。バッテリーの重さがあるため、車重は250kgとエンジンを搭載したレーシングバイクよりも70〜80kg程度重い
シート下の部分にもバッテリーが搭載されている。少しでも多くの電気を積み、モーターのパワーと走行可能距離を稼ぐ
動力を発生する電気モーター(銀色の部分)の最大出力は110kW(149.6ps)で、最大トルクは220Nm。車体の一番下にあるボックスは、モーターの出力などを制御するコントローラーだ
モーター冷却用のオイルクーラーとコントローラーを冷却する水冷ラジエーターが、車体前方に搭載されている。その横に見える空気の導入口(赤い囲み部分)は、空冷式のバッテリーに風を導くためのもの
フロントフォーク(サスペンション)は、エア圧で路面からの衝撃を吸収する最新式を採用。金属のスプリングがないため、従来よりも軽量になった
モーターの動力を後輪に伝達するチェーンも、軽量化されている。ガソリンバイクに使われているものより薄型だが、変速ショックがないため、問題ないという
「神電 四」の走りを見ていただきたい(下動画参照)。電気モーター特有のキーンという高周波音はするものの、エンジンを搭載したレーシングバイクと比べると圧倒的に静かだ。
走行したライダーによると、車重が重いのにも関わらず走行中はその重さを感じることはほとんどなく、コーナーでの倒し込みの操作なども軽快だという。ガソリンエンジンの内部では、クランクシャフトやカムシャフト、そして変速ギアといった多くのパーツが回転運動をしており、回転による慣性が発生。その慣性は、倒し込みの際の抵抗にもなる。コインを転がすと高速で回転している時は倒れづらいのと同じ理屈だ。電動バイクの場合、回転しているのはモーターのみなので回転慣性が小さくて済む。これが、乗り手が感じる軽快さにつながる。
また、走りが非常にスムーズだということもライダーから伝えられた。電気モーターは回転し始めから最高出力を発揮でき、さらに回転数の限界まで続くためリニアな右肩上がりの加速ができる。回転数による出力変動と変速のあるエンジンバイクに比べると、加速のなめらかさは圧倒的だ。
通常のエンジンバイクと比べても違和感なくライディングできると、試乗したプロライダーが評価
そして、TT Zeroで「神電 四」が優勝した際のライダー視点の情景がかなり衝撃的なので紹介しておこう(下の動画参照)。サーキットとは異なる一般公道を信じられない速度で駆け抜けていく様子は、スクータータイプばかりの既存の電動バイクのイメージを覆すものだ。
ここからは少しマニアックな話になるが、「無限」の開発責任者・宮田さんに聞いた“開発側から見た電動バイクの魅力”をお届けする。宮田さんがあげる最大の魅力は、「走りを自在にデザインできる」ことだそう。ガソリンエンジンの場合、エンジンの性格を変えるにはガソリンの噴射量やカムプロファイルを変更しなければならず、手間がかかる。しかも、たとえそれらの処置を行ってもエンジンの基本的な性能は変えようがない。しかし電気モーターの場合、パワーの出方などを電子制御によっていくらでも変更可能。その自由度の高さは、開発側だけでなく乗り手にとっても魅力的な要素だ。
セッティングの変更は、パソコンで手軽に行える
TT Zeroのレース本番ではコース1周でちょうどバッテリーを使い切るようにセッティングしているが、パワーを抑えれば3周回ることもできるという。また、レースに参戦した2台の「神雷 四」はライダーの好みにあわせて性格を調整したとのこと
間近で見た「神電 四」の走りは、スピード・迫力ともに予想以上で、ガソリンエンジンを搭載したレーシングマシンと比べても遜色ないものだった。もちろん、レーシングマシンであることからレース専用のパーツや設計となっている部分が多いので、コンシューマ向けとしてこのレベルを再現するにはいろいろな課題があるのは確か。しかし、電動バイクでも“速い&乗って楽しい”を実現できることは間違いないと言える。
また、乗る楽しさだけでなく“見る楽しさ”にも期待している。電動バイクは運転音が静かなうえ、排気ガスも出ない。エンジンバイクのレースはこれらの問題もあり、日本では市街地でレースを行うことはできなかった。もし、電動バイクのレースがアクセスのよい場所や街中で開催できるようになれば、バイク人口の裾野を広げることにもなるだろう。