ローカルニッポン

今まで通りでいい。小さな商店街の小さな取り組みと、大きな気付き

書き手:高橋洋介
耕すデザイナー。マックブック片手にトラクターを乗りこなす。
千葉県市原市出身。市原市在住。里山暮らし。

今まで通りの商品を、今まで通りの包み方や並べ方で、今まで通り声をかけて売ればいい。
一人の若者と商店主が始めた取り組みが、商店街のもともと持っていた魅力を引き出しました。千葉県市原市の牛久商店街で生まれた小さな取り組みと、そこから得た大きな気付きを紹介します。

始まりの商店街

牛久商店街は、小湊鉄道上総牛久(かずさうしく)駅前に広がる商店街です。市原市のちょうど真ん中に位置する牛久は、市内北部に広がる街の終わりであり、市内南部へ広がる里山の入り口でもあります。昔から物流の要所として栄え、西は東京湾、東は九十九里、南は房州、東西南北から様々な物資や人が行き交う場所でした。また、牛久駅から20メートル離れた場所に広がる牛久商店街には、古くから続く和菓子屋や肉屋、金物屋、蕎麦屋、寿司屋、文房具屋、呉服屋、氷屋、薬屋などが軒を連ねます。

そんな商店街もシャッターを下ろした店が目立つようになりました。近年の大型商業施設の開発やインターネットショッピングの普及により、商店街を使って買い物をする必要がなくなりました。車通りの多い本通りは、安心して歩くことができなくなり、仕事を求める若者は、北部や都心部へ流れていきました。こうして牛久商店街は徐々に活気を失っていったのです。

そんな中でも街の未来を考え、動き始めた人たちがいました。

街から駅へ

始まりは小さな動きでした。牛久駅は小湊鉄道が走らせる観光列車、里山トロッコの始発駅です。駅にはお客さんが来るのに20メートル離れた商店街には足を運んでくれない、だったら乗り込んじゃおう。一人の若者のアイデアで、商店街が動き始めます。

2018年秋に始まったこのプロジェクトの名前は「出張牛久商店街」。"牛久商店街まるごとお盆に詰めて乗り込みます"を合言葉に、首から下げたお盆に商店街の品物を詰め込みトロッコ列車の待つホームに乗り込みます。

お盆は手作り、首から下げるための紐は、商店街の畳屋から譲ってもらった畳の縁、お盆前面には手書きで出張牛久商店街の文字、載せる商品は和菓子屋の大福に饅頭、肉屋の揚げたて熱々のコロッケに唐揚げ。「旅のお供にいかがですか?」ホームから汽車に乗る乗客に声をかけ、中から手を伸ばすお客様に品物を手渡しします。

お盆にはできたて熱々の惣菜や、当日朝に作ったばかりの柔らかい和菓子が並びます

お盆にはできたて熱々の惣菜や、当日朝に作ったばかりの柔らかい和菓子が並びます

一人の若者の決意

2018年秋から継続してきた駅への出張は、今や牛久商店街の名物になりました。その裏には一人の若者の頑張りがありました。出張牛久商店街の発案者、小深山徹さんです。今年の春大学を卒業した小深山さんは地元に残り、牛久と関わっていく道を選びました。出張牛久商店街の突撃隊長として先陣をきって駅へ乗り込む小深山さんは、商店街の皆さんから小深山社長と呼ばれ親しまれています。

駅前の文房具屋の店主深山康彦さんと、出張牛久商店街突撃隊長小深山徹さん

駅前の文房具屋の店主深山康彦さんと、出張牛久商店街突撃隊長小深山徹さん

小深山さんは毎週末、小湊鉄道に各便の乗客予約数を確認し、商店街の各協力店舗へ発注をかけます。小深山さんから注文を受けた各店の店主は、週末のトロッコ列車の到着時間の前になると、品物を持って駅前へ集まります。販売する品物をお盆に並べ、お揃いの法被を羽織ってトロッコ列車の到着を待つのです。

トロッコ列車が駅に到着してから発車するまでの停車時間は5分~10分。短時間勝負です。秋には紅葉に合わせて、「旅のお供にいかがですか」春には菜の花や桜に合わせて「花見のお供にいかがですか」それぞれが口上や売り文句を工夫し、列車の中の乗客に声をかけます。列車の中から手を伸ばす乗客に手渡しで品物をお渡しします。

小深山さん:
「目の前で商品を買ってくれるのは手応えがあって面白い。買ってくれたお客さんが帰りにお店によってくれたり、店の場所を聞いてくれたりするととても嬉しいですね。」

ネットでなんでも買えるようになった時代に、あえて手渡しで対面販売できるのは商店街のもつ魅力であり強みでもあります。

手を振って送り出します。

手を振って送り出します。

もとからあった魅力

「商品を作れない僕の役割は、売り方や見せ方を工夫すること。」小深山さんは続けます。

小深山さん:
「もともとある商店街の魅力を最大限に引き出したい。商店街の商品や売り方がこんなにも魅力的だってことを観光客の方々だけでなく、商店街の方々にも気付いてもらいたいんです。」

商品はできる限り、店からそのまま持って来たかのような売り方で売るように工夫しています。例えば、コロッケはクラフト紙の紙袋にざっくり入れて手渡ししたり、大福や饅頭は、店先のショーケースに並べられた和菓子をそのまま持って来たかのように隙間なくきれいに並べます。
また、お客さんは商品そのものの味はもちろん、体験も楽しみにしているのです。

小深山さん:
「商品を提供するのではなく、体験を提供するつもりでやっています。だから、法被を着て、店主が自分の言葉で商品を説明し、手渡しで品物をお渡しします。まるで商店街の商店がそのまま駅に来ちゃったかのように。」

最初は観光客の方々に手に取ってもらおうと余計な力が入っていたと小深山さんは振り返ります。それでも毎週末の出張を続けていくうちに、時間をかけて丁寧に作りこんだものよりも、普段通りに作ったもののほうが売れることに皆が気付いていったそうです。観光客の方々は、観光用に格好つけたものよりも、普段通りの素朴な商店街を期待しているということがわかってきたのです。

小深山さん:
「何も観光向けに新しい商品を作らなくてもよかったんです。普段やっていることをそのままやればいいと気付くことができました。」

普段通りの商店街の商品を観光客の方々が買ってくださるのは、商店街にとって大きな自信になっていきました。

金曜日のビール列車夜トロには、揚げ物や刺身などのつまみ系を多めに。

金曜日のビール列車夜トロには、揚げ物や刺身などのつまみ系を多めに。

こうして工夫や改良を重ねながら、毎週末の出張は欠かさず続けられました。
最初は3店舗の協力からスタートした小さな動きは、徐々に協力店舗を増やしていきました。和菓子屋は新商品を考案し、パン屋と肉屋は協力してコロッケサンドを作り、焼肉屋と寿司屋が協力して特製いなり寿司を作りました。文房具屋の店主は魚屋から買ってきた刺身を発泡スチロールに入れてそのままホームへ乗り込み、和菓子屋は双子の娘とともに和菓子を持ってホームへ乗り込みます。

役所の職員も、美術館の職員も、全く接点のなかった街の若者も、多くの人がこのお盆を持ってホームへ乗り込みました。街から駅へ。待つだけだった商店街がついに動き出したのです。

駅から街へ

今度は駅に来るお客さんを街に引っ張り込もう、そんな声があがり始めました。"街から駅へ"ではなく"駅から街へ"商店街が次のステージへ動き始めたのです。「マップを作って駅のお客さんに配ろう」「街歩きのツアーを企画しよう」「駅前にカフェを作り商店街にお客さんを誘導しよう」「行列ができるぐらいの新商品を開発しよう」「夜のマーケットを開こう」様々なアイデアが生まれ、これから実行されようとしています。

出張牛久商店街をやることで、商店街のもともと持つ魅力を再確認することができました。今まで通りの商品を、今まで通りの包み方や並べ方で、今まで通りに声をかけて売る、今まで通りの商店街に魅力があるということを自分たちで気付くことができました。インターネットショッピングや大型商業施設に負けない魅力が商店街にはもとからあったのです。

また、出張牛久商店街は、街が動き出すきっかけを作りました。どんな大きなことでも、始まりは小さな動きです。それが大きな広がりになるかならないかは、始まりの小さな声に賛同する人がいるかいないかで決まると言われています。牛久には、若くて小さなアイデアに“いいね”と言って同じ方向を向いてくれる人が多いようです。

小さな動きから大きな気付きを得た牛久商店街は、今後どのような方向に向かっていくのでしょうか。牛久商店街の今後に目が離せません。

文章:高橋洋介
写真:深山康彦、小深山徹、高橋洋介

リンク:
出張牛久商店街