日仏戦略的パートナーシップの時代ーーなぜフランスなのか

日仏関係は近年、従来の経済や文化に加え、安全保障・防衛面での協力が強化されている。
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encrier via Getty Images

安倍晋三首相は2018年7月14日にパリで行われるフランス革命記念日のパレードに、マクロン大統領のゲストとして出席予定である。日本の首相として初めての機会となる。日仏関係は近年、従来の経済や文化に加え、安全保障・防衛面での協力が強化されている。

2013年6月の当時のオランド仏大統領の訪日の際に、日仏間では「特別なパートナーシップ(partenariat d'exception)」が謳われ、その後、外務・防衛閣僚協議(いわゆる「2+2」)も開始された。仏軍と自衛隊との間の交流や共同訓練、防衛装備品協力に加え、インテリジェンス分野での協力も深化している。安倍首相の今回の仏革命記念日のパリ訪問と首脳会談は、そうした関係強化の過程における象徴的な出来事となる。

日本でフランスといえば、歴史や文化のイメージはあっても、外交、安全保障、防衛分野での協力という側面が意識されることはまだあまりないのが現実であろう。しかし、日本の外交・安全保障パートナーとしてのフランスの価値は上昇しており、この傾向は今後も続くとみられる。今なぜフランスとの外交・安全保障協力なのだろうか。

なお、今回の安倍首相の訪欧では、パリに先立って訪問するブリュッセルでEUとの間の経済連携協定(EPA)および戦略的パートナーシップ協定(SPA)の署名式が行われる他、日本の首相として初めてとなるNATO首脳会合への出席が予定されている。これらの意義も強調されるべきだが、ここでは、これまで注目される機会のより少なかったと思われる日仏の戦略的パートナーシップに焦点をあてることにしよう。

Brexit後に重要性を増すフランス

日本にとってフランスの重要性が上昇する最も直接的なきっかけは、来年3月に迫った英国のEU離脱(Brexit)である。現在行われている離脱交渉が妥結に至れば、離脱後もしばらくはさまざまな移行措置が導入されるために、一夜にして全てが変わるようなことにはならない見通しである。

しかし、例えばEUの首脳会合である欧州理事会に英首相は参加しなくなるし、英国は、外相会合を含めたEU理事会の議席も失うのである。すなわち、当然のことながら、EUにおける英国の影響力は大きく低下する。

これは、EUとの関係において、これまで英国に大きく依存してきた日本にとっては大きな損失である。欧州大陸における新たなゲートウェイが必要となる所以である。その文脈で筆頭の候補となるのは、EU内で影響力の大きいフランスとドイツであり、日本の利益を確保、促進する観点でも、これら諸国の重要性は確実に上昇する。

「インド太平洋国家」としてのフランス

そうしたなかで、外交・安全保障を見据えた場合、特筆すべきはフランスである。それらの分野においてEUを常に主導するのがフランスであるという事情に加え、同国が「インド太平洋国家」であることが重要である。日本から欧州をみる場合に、アジアにどの程度関与しているかが主要な判断基準にならざるを得ないが、この観点でもフランスは傑出している。

インド洋と南太平洋に点在する仏海外県などには約160万人のフランス市民が居住しており、広大な排他的経済水域を擁している。ニューカレドニアに常駐する海軍艦艇を含め、仏軍はインド太平洋地域に計7000名を駐留させている。近年では、南シナ海への関与も拡大しており、フランス独自の航行の自由作戦を実施している。インド太平洋国家という看板に偽りはないのである。

フランスがインド太平洋への安全保障上の関与を強化している背景の一つには、南太平洋やインド洋といった自らが領土や排他的経済水域を有する地域に、中国の影響力が拡大しているとの事情がある。つまり、それは他国とのお付き合いではなく、まさに自国の直接的利益のための関与であり、それゆえに「本気度」が極めて高い。

インドや豪州との関係強化もこの一環であり、マクロン仏大統領は2018年5月の豪シドニーでの演説で、「仏印豪枢軸」を提唱した。ここで主眼となるのはインド洋である。「自由で開かれたインド太平洋戦略」を掲げる日本、そして、日米印や日豪印、日米豪印などの枠組みとの連携や相乗効果も視野に入る。

加えて、核兵器国、国連安保理常任理事国としてフランスは、北朝鮮の核開発問題をはじめ、国際的な安全保障問題には不可避的に関わることになる。対北朝鮮制裁や非核化の行方を考えるうえでも、連携が求められる国である。

米国との安全保障協力が深まるフランス

もう一つ、日本がフランスと安全保障協力を強化するにあたって追い風となるのは、安全保障面で深まる米仏関係である。「イスラーム国」に対する有志連合によるイラクやシリアでの空爆に関して、米国と最も密接に協力し、大きな役割を果たしたのはフランスだった。

この背景には、2015年11月にパリで発生し、130名の犠牲者を出した連続テロ事件があった。この結果、軍事作戦を含むテロ対策、およびそれに関連したインテリジェンス分野において、米仏の連携が深まったのである。米軍と仏軍の間の協力は、相互の空母への航空機の着艦を含む共同作戦などにも発展している。

政治・外交面でも、米仏関係の展開は注目に値する。英国やドイツに代表される伝統的な西欧諸国政府やEUと米トランプ政権の関係には緊張ばかりが目立つ。米仏間でも、気候変動やイラン核合意など、個別の政策に関しては対立点が多く、状況は深刻化している。しかし、指導者間の個人的関係に関する限り、トランプ=マクロン関係はこれまで非常に良好だった。

2018年4月には、トランプ政権下の初めての国賓として、マクロン大統領は米国で空前の歓待を受けたし、その前の2017年7月の仏革命記念日にはトランプ大統領が招待された。(トランプ大統領との個人的関係が政治・外交において実は何も意味を持たないのではとの懸念も高まっているものの、それでも、)トランプ大統領にとってアジアで最も近しい指導者が安倍首相だとすれば、欧州でその地位にあるのがマクロン大統領だといえる。国際社会における米国の役割が問われるなか、互いの緊密な対米関係を基盤とした日仏関係は、新たな可能性を示している。

進む実態と根強いステレオタイプ

フランスの外交・安全保障に関しては、「常に米国に楯突く」、「反米」といったステレオタイプが日本ではいまだに残っている。イラク戦争の記憶も尾を引いている。また、2000年代半ばにEUの対中武器禁輸解除を主張した過去や、その後も、中国へのデュアルユース技術の輸出事案などから、日本の安全保障関係者の間では、フランスに対して、「中国に武器を売っている」という負のイメージも根強いものがある。英語に比べてフランス語を使える人が日本には少ないという距離感のようなものも作用しているのだろう。

その結果、日仏の特に安全保障・防衛協力に対しては、常に一定の懐疑的見方、さらには不信感が存在してきたといってよい。端的にいって、日仏協力の利益は過小評価されてきた。しかし、これまでみてきたように、まさに安全保障・防衛面においてフランスは、日本のパートナーとして多くの強みを持っているのである。

実際、2017年には日米に加え、仏海軍のミストラル級強襲揚陸艦が参加して、グアムおよび北マリアナ諸島で、着上陸作戦を含む日仏英米共同訓練が実施された(英国は仏艦艇にヘリコプターを派遣)。日米にフランスが正面から加わったことは特筆される。2014年1月に開始された閣僚級の「2+2」はすでに4回実施されている。また、今回の安倍首相の訪仏の際には、自衛隊と仏軍との間の現場での協力を円滑化させるための物品役務相互提供協定(ACSA)も締結にいたると見込まれている。防衛装備品分野では、次世代機雷感知技術などの分野で研究・開発の検討が行われている。

このように実態は進んでいる。日仏協力のさらなる発展にあたっては、現状に合わなくなったステレオタイプをいかに乗り越えられるかが大きな課題となる。これには、日本側における理解の促進とともに、フランス側からの的確な発信も求められる。「インド太平洋国家」の側面とともに、米仏協力を日本でアピールすることが効果的であろう。

英仏の「使い分け」へ

「なぜ日仏か」というここでの議論は、日欧関係のもう一つの、そしてさまざまな分野で先行している日英協力の重要性をゼロサム的に否定するものではない。「どちらかを選ぶ」のではなく、日本にとっての英国とフランスは、異なる特徴と可能性を有するパートナーなのである。日本に求められるのは、それらをいかに使い分けるかという発想である。

例えば、平時においては、フランスの方がアジア太平洋への軍事的関与の度合いが高いものの、米中が武力衝突するような有事では、米国との関係上、英国の方がより直接的に関与することになるとの議論も成り立つ。しかも、EU離脱を見据え、英国においてはEU域外の主要国との協力強化が課題となり、アジアへの関与の位置付けが高まっている。フランスとの協力によって英国との協力が不要になるわけでも、ましてや、日米同盟の重要性が変化するわけでもないのである。(詳しくは、鶴岡路人「日英、日仏の安全保障・防衛協力――日本のパートナーとしての英仏比較」『防衛研究所紀要』第19巻第1号、2016年12月を参照)。

英国のEU離脱やトランプ政権の誕生などによって欧州が大きく変わり、インド太平洋地域の戦略環境が変容するなかで、日本は、対欧州外交や対外安全保障協力のあり方を機敏に適応させていかなければならないのである。そうしたなかで、日仏の戦略的パートナーシップは一つの新たな柱になっていく可能性がある。