本格的な音響と映像で楽しむ非日常体験! 空間すべてで映画を感じられる場所

高円寺北口から徒歩3分、歓楽街の地下1階に、ティム・バートン監督の名作を店名に冠したカフェ&バー「BIG FISH」はあります。

アメリカントイのお店のようなキッチュなつくりの階段をワクワクしながら下りると、店内は一転して、柔らかでゆったりした暖かみのある空間。壁一面に積まれた映画ソフトをはじめ、あちこちに新旧さまざまな映画にまつわるアイテムがちりばめられています。その独特な雰囲気は、まるで映画好きな誰かの秘密基地のよう。

2018年12月にオープンしたこの店を営むのは、弱冠27歳のオーナー・槙原圭亮さんと、店長である妻の茉莉花さん。

 

「音や映像、料理やお酒、映画のグッズなど空間すべてをデザインして、お客さんに映画というプロダクトを楽しんでもらえる空間を目指しています。ただ店内のスタイルは、西海岸スタイルや80’sアメリカンスタイル、ハリウッド風など僕の好きなスタイルをひっちゃかめっちゃかにとり入れました。自分自身の好きな空間をつくればいいと思い、それを実現したんです」と語る圭亮さん。

壁一面の映画ソフトはオーナーが10年以上かけて集めたもの。オープンしてからは、さらに増え続けているといいます。

 

圭亮さんは約8年間勤めていたヴィレッジヴァンガードで『バック・トゥ・ザ・フューチャー』関連本を全国でいちばん売り上げた経験から、自分の好きなことを本気でやったら、それを見て共感してくれる人が少なからずいるということに手ごたえを感じたのだそう。

 

好きだからこそ追求し続けた結果、BIG FISHにはバーのものとは思えないほど本格的な映像モニターやプロジェクター、スピーカーが置かれています。

 

「このお店の本領発揮は、音響や映像。どこの爆音上映よりもいい音で臨場感あふれる映画体験ができるので、お客さんにもびっくりするほどの非日常を味わってもらえます」(圭亮さん)

 

さらに、誕生日やウエディングのサプライズについての依頼でも、「オリジナルでつくったムービーをすごくきれいな映像と大きな音で流すと、めちゃくちゃ喜ばれます」と、音響と映像設備が大活躍!

好きなことについて思う存分語りたい――映画オタクの夢を全部叶えられるお店

圭亮さんがBIG FISHをオープンしたのは「映画オタクを救いたかった」から。

 

「NetflixやHuluのように定額制の動画サブスクリプションが増えて、新旧問わず映画をインプットできる量はすごく増えました。一方で、リアルな場所でアウトプットする場所っていうのは一切ない。映画についての共通言語が通じる友達が、周りにいないから。そういう人達が抱えているフラストレーションを発散できるような場所――できれば内向的な人やオタク気質な人でも、ぜんぜんウェルカムな場所っていうのをひとつ、つくりたかったんです」

 

そう強く願ったのは、圭亮さん自身も映画オタクだから。「バーに行ったことはないけれども、カッコはつけたいし、背伸びもしたい。共通の趣味を持つ友達をつくって、話もしたい……そんな夢をもつオタクたちに、じゃあそれを全部叶えましょう、というのが、このお店です」と店内をいとしげに眺めます。

 

資金はほぼゼロだったという圭亮さん。「だから、費用を抑えるために、内装もほぼ全部DIYでつくりました。費用を安く抑えられた分、音響やスクリーンに回しています」。天井にはプレミアもののアメリカの雑誌『LIFE』の記事がぜいたくに貼られています。

 

そんな思いの通り、BIG FISHは開店直後から、SNSなどを通じて映画好きの間で話題になりました。現在は、来客の9割がSNSなどを見て、来てくれた人々。なかには、関東圏外から訪れる人もいます。

 

「実際に、『周囲に映画について話せる人がほとんどいない』という人が、隣に座った初対面の人と仲良くなって映画について語り合うということが毎日起きています。その場に立ち会いたいため、僕も極力お店にいるように」(圭亮さん)

 

現在は、月に4,5回ほど映画ファンのためのオフ会が開かれているBIG FISH。「現在ではオフ会で仲良くなったお客さん達が、終了後に高円寺の別のお店に繰り出し、飲み歩くのが定番化しています。でも、しばらく他のお店で飲んでから、またうちのお店に戻ってきてくれる。それを、終電間際まで繰り返す人もけっこう多いんです」と口元をほころばせる圭亮さん。

 

今後は限定のコースターやメニュー、複数のプロジェクターを生かしたクイズ大会などの構想を練っているそうです。

毎週顔を出して楽しみたい、映画にまつわる食べ物やお酒

BIG FISHで提供されるお酒や食べ物も、映画にまつわるものが揃っています。

 

「オタクは趣味が多いため、たくさんお金が必要だから」と、なるべくお手頃価格で提供できることを心がけている圭亮さん。「1回にたくさんお金を使ってもらうというよりも、毎週顔を出してもらえるほうが嬉しいですね」と笑います。

 

メキシコから輸入したマサ(トウモロコシの粉)を使って皮(トルティージャ)を一からつくる「タコス」(税抜400円)はメキシコ仕込みのレシピ。ライムや塩でシンプルに味つけした、コロナなどとよくあうひと皿です。

 

「ロバート・ロドリゲス監督の『フロム・ダスク・ティル・ドーン』などに出演しているダニー・トレホというメキシコ系アメリカ人俳優がタコス屋を経営しているので、自分も同じことがやりたかったんです」(圭亮さん)

『時計じかけのオレンジ』からインスパイアされたメニュー「ミートソーススパゲッティ」(税抜700円)は、「とにかく味が自分の好みなので、ぜひ食べてほしい」と圭亮さん。

 

ほかにも、父と子の絆を描いた『クレイマー、クレイマー』をイメージした「フレンチトースト」(税抜500円)は、「映画の中で父親が焼いていたから、うちの店でも男性がつくります」と茉莉花さんではなく絶対に圭亮さんが料理するなど、ユニークなメニューがそろっています。

 

飲みものも映画にまつわるさまざまな銘柄がズラーリ。現在、唯一のオリジナルカクテル「HELL HERE」(税抜700円、写真左)は、ティム・バートン監督の『バットマン リターンズ』でミシェル・ファイファーが演じるキャットウーマンをイメージした一杯です。

 

「オパールネラ・ブラックサンブーカというハーブ系のリキュールと薔薇のリキュール、そして、色付けにブルーキュラソーシロップを加え、レモンで味をととのえています」(茉莉花さん)

 

薔薇の香りが、大人の女性がつける香水のように上品で、甘すぎない飲み口はとってもセクシー。映画を見た人なら、HELL HEREというカクテルの名前や香水のような香りにもニヤリとするはず。

店名と同じ「ビッグ・フィッシュ」(写真右)は税抜2,000円とちょっとお高め。ただし、味はお値段以上です。「とても熟成されていて、ウイスキーなのにびっくりするほどゴクゴク飲めてしまいます。けれど、度数は相当高いので、飲み過ぎにはご注意を」(圭亮さん)

最後に、店名の由来を聞くと……。

「二人の思い出の作品だからです。実は妻とは一度別れてしまったのですが、別れた日に観たのがミシェル・ゴンドリー監督の『エターナル・サンシャイン』で、久しぶりに再会した日に観たのが『ビッグ・フィッシュ』。2人で大号泣して、寄りを戻すことになりました。だから、店名もこれに……」と肩を寄せ合うご夫婦。

 

話を聞けば聞くほど、溢れんばかりの映画愛と情熱が伝わってくるBIG FISH。店じゅうにオーナーと店長2人の“好き”が散りばめられ、五感すべてで映画を楽しめます。興味はあるけれど、ひとりでカフェやバーに行くのは気が引ける……という人にこそ、ぜひ行ってみてほしいお店です。

取材・文/六原ちず

撮影/三好宣弘(RELATION)