座ろうとしている人のいすを引き、床に尻もちをつかせるいたずら、通称「いす引き」について先日、SNS上で話題になりました。

 軽い悪ふざけのつもりでも、骨折などの大けがをしたり、脳へのダメージによる後遺症が残ったりするケースもあるようです。最近では、熊本県のPRキャラクター「くまモン」が生放送中、タレントに「いす引き」を行い、ネット上で批判を浴びました。

 SNS上では「知り合いがこれで歩けなくなった」という報告や、「脳脊髄液減少症になるらしい。絶対やめて!」という注意喚起、「怖い」「今思い出しても恐ろしい」などの声が上がっています。

 いす引きがはらむ問題について、医師と弁護士に聞きました。

時間がたってから症状が悪化するケースも

 まず、いす引きの身体的な危険性について、医師の市原由美江さんに聞きました。

Q.いす引き行為にはどのような危険性があると考えられますか。

市原さん「尾骨(尾てい骨)や仙骨(脊椎の下部に位置する骨)などを含む骨盤の骨折、大腿骨近位部骨折、腰椎椎体骨折などが挙げられます。特に腰椎椎体骨折は後遺症として脚のしびれや痛みが残ることがあります。

若い人でもこれらの骨折の可能性はありますが、骨粗しょう症で骨が弱くなっている高齢者は特に注意が必要です」

Q.SNS上では、「いす引きで『脳脊髄液減少症』になる」との投稿が話題となっています。どのような症状なのでしょうか。

市原さん「脳脊髄液減少症とは、脳脊髄液(脳や脊髄を衝撃から保護する液)が減少することによって、頭痛やめまい、耳鳴りなどが起こる症状です。立ったり座ったりしている時に悪化し、横になると軽快するのが特徴です。

いす引きによる衝撃で発症することもありますが、一般的には、腰椎せん刺(髄液検査や腰椎麻酔のために、腰椎のクモ膜と軟膜の間に注射針を刺すこと)や脳の手術後に起こることが多く、他に、交通事故などの外傷や、激しい咳、分娩、スポーツなどでも起こると考えられています」

Q.病院に行くべき目安を教えてください。

市原さん「腰やお尻、足に強い痛みが生じて持続する場合や、足がしびれたり、麻痺が出たりする場合は急いで病院を受診しましょう。骨折や、神経に障害が出ている可能性があるため、放置するとしびれや麻痺が後遺症として残ることもあります。

また、軽い痛みでも持続する場合は念のため受診するとよいでしょう。病院に着くまでは、なるべく痛む箇所を動かさないように、安静にしてください」

Q.時間がたってから症状や後遺症が出ることもあるのでしょうか。

市原さん「脳脊髄液減少症の場合、程度によっては症状がすぐに出ないことがあります。週、月、年単位で頭痛やめまい、耳鳴りなどが徐々に悪化するケースもあります」

いす引きの法的問題とは?

 それでは、実際にいす引きによって相手にけがをさせてしまった場合、どのような責任を負うのでしょうか。芝綜合法律事務所の牧野和夫弁護士に聞きました。

Q.いす引きの加害者はどのような法的責任を負いますか。

牧野さん「加害者に過失が認められれば、過失傷害罪(刑法209条、30万円以下の罰金または科料)になる可能性があります。また、民法709条の不法行為により、発生した損害の賠償を請求される場合があります。

加害者の過失が認められるかどうかのポイントは、大事故になる可能性を予見できたかどうかです。いす引きの場合、加害者側は単なるいたずらで大事に至ることは考えていなかったとしても、打ちどころが悪くて重症になり、後遺症が残ることがあります。

明らかな故意ではなかったとしても、重大な結果の予見可能性があったと判断されれば、その責任を問われ、発生した損害(治療費など)の賠償責任を負う可能性があります」

Q.加害者が子どもであった場合はどうでしょうか。

牧野さん「加害者が14歳未満の場合、刑事責任は問われません(刑法41条)が、民事責任は問われる可能性があります。小学校卒業の12〜13歳前後になれば責任能力(自分の行為の結果、法的に何らかの責任が生じるか判断する能力)があると考えられています」

Q.いたずらによるけがについて、過去の事例や裁判はありますか。

牧野さん「2005年7月、インストラクターのアルバイトとして勤務していた30代女性が、事務所で座ろうとした際、上司にいすを引かれて尻もちをついてしまい、半身全体にしびれと激痛が走り動けなくなり、治療後も股関節が動きにくくなる運動障害が残った事件がありました。

女性は当時勤務していたスポーツクラブ(使用者責任)と上司(不法行為)に約2200万円の損害賠償(経済的損害および精神的損害への慰謝料)を求めて鳥取地裁に提訴しています」