「無断で畑に出入りしないで」

 ある農家の呼びかけが先日、SNS上で話題になりました。近年、観光や写真撮影などを目的に、私有地である畑や田んぼ、牧場に無断で立ち入る人が増えているといいます。単に踏み荒らすだけでなく、靴の裏に付着した害虫や病原虫によって土壌に影響が及び、農作物が長期間育たなくなったり、家畜に伝染病が発生したりすることもあるようです。

 SNS上では「うちもたびたびやられた」「立て看板やロープを使っても無視されてしまう」「作物が全滅したらどう責任を取るのか」「これはひどい」「不法侵入でしょ」など、さまざまなコメントが寄せられていますが、田畑などへの無断侵入にはどのような法的問題があるのでしょうか。

 芝綜合法律事務所の牧野和夫弁護士に聞きました。

私有地でも、住居侵入罪成立せず

Q.私有地に無断で侵入した際の法的問題について教えてください。

牧野さん「刑法130条(住居侵入罪)は『正当な理由がないのに、人の住居もしくは人の看守する邸宅、建造物もしくは艦船に侵入した者は、3年以下の懲役または10万円以下の罰金に処する』と規定しています。

しかし、私有地ではあっても、刑法130条に規定されている『住居、邸宅、建造物または艦船』に該当しない駐車場や空き地、田畑に入った場合、『建造物の敷地』ではない限り住居侵入罪は成立しません。

ただし、田畑の踏み荒らしにより損害が発生していれば、器物損壊罪(刑法261条、3年以下の懲役または30万円以下の罰金もしくは科料)、あるいは立入禁止の表示をすれば、軽犯罪法第1条第32号違反『入ることを禁じた場所または他人の田畑に正当な理由がなくて入った者』(拘留または科料)に該当する可能性があります」

Q.畑や田んぼ、牧場などに無断で立ち入り、農作物や家畜に何らかの被害が生じた場合、農家側はどのような法的手段を取ることができますか。

牧野さん「民法の不法行為(709条)に基づき、加害者が予見することが可能な範囲の損害(作物への被害など)であれば、損害賠償請求が可能でしょう。作物被害の損害額は、一般には小さな額にとどまることが多いと思われますが、被害の範囲によっては、大きな金額になる場合もあるでしょう。

ただし、防犯カメラの録画などで加害者が確かに加害行為を行ったことを証明しなければならないので、実際には損害賠償を請求するハードルは高いでしょう」

Q.無断立ち入りにより、土壌などに害虫や病原虫が発生し、農作物を作ることが不可能となった場合や、家畜に伝染病が発生したりした場合は。

牧野さん「不法行為に基づく損害賠償請求で、このケースのように特別な事情によって損害が拡大した場合には、『加害者がその損害を予見することが可能であったかどうか』がポイントになります。

農業関係者であれば、専門知識を持っているので、そうした特別な損害が発生することを予見しうると思いますが、一般人が予見することは難しいと考えられるため、特別な損害に対して賠償請求するのは一般に難しいでしょう」

Q.農地などへの不法侵入に関するトラブルについて、過去の事例・判例はありますか。

牧野さん「『農地への不法侵入』の事例・判例は見当たりませんが、住宅への『チラシの投函』の問題があります。

住居だけでなく、庭や玄関先は『建造物の敷地』なので、無断で入ることは住居侵入罪に該当します。では、住宅への『チラシの投函』が犯罪となるのかという点ですが、ポストなどに『チラシ投函禁止』や『セールスお断り』を掲示している場合は、チラシの投函や売り込みの立ち入りが『住人の意思に反して不快感を与える』と判断され、民事・刑事の裁判になった場合、住人へ有利な判断が期待できるとされています」