少年ジャンプの人気漫画『ONE PIECE』の発行部数が400万部の大台に乗ってニュースとなる一方、漫画市場そのものはここ10年以上連続で縮小を続けている。果たしてこのご時世、プロの漫画家は儲かっているのだろうか? ――そう疑問に感じて8月に“印税、原稿料、アシスタント代…漫画家たちの気になる経済事情” [ http://ure.pia.co.jp/articles/-/8244 ] という記事を書かせてもらったところ、記事中でデータを引用させていただいた漫画家・佐藤秀峰(さとうしゅうほう)氏から「取材してくれれば普通に話しますよ。」とツイッターで反応があった。

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佐藤氏といえば、週刊漫画TIMESにて『特攻の島』を連載中の超売れっ子作家。今月15日から代表作『ブラックジャックによろしく』の二次使用フリーを宣言して各メディアで話題になった“いま一番ホットな漫画家”でもある。さらに海上保安官を主人公に重厚な人間ドラマを描いた『海猿』は何度も映像化され、7月公開の映画第4作『BRAVE HEARTS 海猿』は興行収入70億円に達した。

これだけ大ヒットした映画の原作者だから、さぞや原作使用料で儲かっているに違いない……どんな話が聞けるのかワクワクしながら都内にある佐藤氏の仕事場を訪れた。

■■漫画家の収支――原稿料だけならプラマイゼロ!?

普段からネットや動画サイトの生放送を中心に“過激”ともとれる発言が多い佐藤氏だが、実際お会いしてみると激しいイメージとは対極の、おっとりした表情と口調で話す好人物に思えた。失礼を承知で本人にその第一印象をぶつけてみると「よく言われます。結構ぼんやりしてるんですよね」と照れまじりに答えてくれた。

さて、そんな佐藤氏は“3つの顔”を持っている。プロの連載漫画家、オンライン漫画販売サイト『漫画onWeb』の運営者、そして大ヒット映画『海猿』原作者としての顔……だ。

まずは本業、『特攻の島』を連載している漫画家としての収支を詳しく語っていただいた。

「スタッフが今3人いまして、原稿料が1枚3万円で毎月40枚くらい描いてるから120万円。そこから事務所の維持費と人件費などいろいろ払うと大体全部使っちゃいますね」

かつて自身のサイト上で原稿料収入と諸経費が同じくらいと書かれていたが、それは現在も変わっていないようだ。ただし収支がトントンなのはあくまで“原稿料”に限った話。単行本を出している作家さんだと、ここに部数に応じた印税収入がプラスされる。

 
「『特攻の島』は1巻あたり10万部くらい出ているんで、印税が600万円くらい。それが年に2冊発売されるので1200〜1300万円。これに原稿料の1500万円くらいを合わせたのが漫画の収入ですかね。今年は映画の収入が一番多いですけど、普段は漫画がメインです」

なるほど。10万部×定価590円×印税率10%で計算してみると、たしかに1巻の印税額はおよそ600万円になる。印税600万円×2巻+原稿料1500万円=2700万円。これが“漫画家・佐藤秀峰”の年収だ。

なお『特攻の島』連載にあたって、佐藤氏は芳文社としっかり執筆契約を結んだという。本人も「他にはこんな漫画家いないですね」と話す通り、出版業界では執筆にあたって書面をかわす慣習がない。これが漫画家と出版社の間でたびたび報酬額や著作権をめぐってトラブルを起こす火種となってきた。『ブラックジャックによろしく』を連載していた当時、講談社からの理不尽ともいえる仕打ちを告白した佐藤氏だけに、その苦い経験を生かしている様子がうかがえる。

■■ウェブ漫画――利益なしでもこだわる理由は?

次に佐藤氏の会社(有限会社 佐藤漫画製作所)が運営するオンライン漫画販売サイト『漫画onWeb』の現状を語ってもらった。

「今はウェブスタッフが2名いまして、サーバー費用とか保守管理のランニングコストがあります。これが売上とほぼ一緒で、儲けはないですね」

2010年に『ブラックジャックによろしく』無料公開でネットの話題をさらい、現在も「ネーム大賞」などで新人作家の発掘・育成を続ける『漫画onWeb』だが、利益はまったく出ていないという。

佐藤氏以外に作品を公開している作家さんの収入についても「全然それだけで生活できるほど(報酬を)お渡しできてないですね。数千円〜数万円ほどで、月に10万円を超える人はなかなかいないです」と率直な答えが返ってきた。

ただでさえ連載を抱えている忙しい身なのに、儲けにならないウェブにこだわる理由は何なのだろうか? またも失礼を承知で率直に尋ねてみた。

「紙の媒体はダメになって、これから漫画もウェブに移行していくと思っています。たぶん僕は、電子書籍がどのくらい影響力を持っているか、どういう市場なのか(漫画onWebの運営を通じて)ほかの作家さんよりも分かっているので、今後どんなふうになっても動きが取りやすいと思います」

さまざまなデータが物語っているように、紙媒体の市場はここ10年以上も連続で縮小中だ。漫画の出版物に限れば平成7年がピークだと言われている。先細っていく紙の漫画と心中することなく、自身に、そして漫画家を志す人たちに作品発表の場を確保する“先行投資”が『漫画onWeb』ということだろうか。

まだ同様の試みをしている漫画家は少数だが、いずれ漫画をデータとしてウェブで発表・販売するのが当たり前になったら、印刷会社や流通業者、街の書店などが受ける影響は決して小さくないだろう。とりわけ売上高の約20%(2009年統計)をコミック単行本に頼っている一般書店にとっては深刻な話である。

「書店さんにはお世話になってきたんですけどね……。時代に合わなくなったら淘汰されちゃうんだろうなと思ってます」

若干の寂しそうなニュアンスを含んで語る、佐藤氏の胸中も複雑なようだった。

■■映画『海猿』の原作使用料――交渉したら10倍以上にアップ!

佐藤氏が持つ3つめの顔は、ドラマ化・映画化された『海猿』の原作者。やはりファンとして、そこにまつわる収入額は気になるところ。具体的な金額まで赤裸々に語っていただいた。

「テレビの場合、原作使用料は1クールのドラマで200万円くらいです。ほかの原作者さんもだいたい100〜200万円くらい。映画も200万円ちょっとでした。これが多いか少ないかは人によって受け取り方が違うでしょうけど、僕はすごく少ないと思ってます。何十億円と動いてるのに、原作者に200万しか入らないってのは何かおかしいと思って」

あれ? さっき「今年は映画の収入が漫画の収入より多い」と話しておられたような? 200万円だと漫画の収入に全然届いてない気が……。

「それは『海猿』の映画2作目までです。邦画ナンバーワンで70億のヒットと言われても原作者の僕には200万円ちょっと。どんなに興行収入が上がっても固定。“それはおかしいだろう”と思ったので、契約を小学館(海猿は同社のヤングサンデーで連載)に任せず自分で交渉しました。と言っても、行政書士さんに頼んで契約書の文面を作ってもらったり、数字の調整をしてもらったりしてですね」

それで原作使用料はどこまでアップしたのだろうか。

「2作目のヒットや色々な要因があったとは思いますが、結果として映画の3作目からは10倍以上にアップしました。桁が一つ上がったんです」

10倍以上とは……すごい話だ。それなら小学館は今までどんな契約をしてきたのだろうか。作家のモチベーションを考えるなら、もっと早くから有利な交渉もできただろうに。

「映画の2作目までは『映画化の話まとめてきたよ。これにハンコ押して』って契約書が届く感じでした。出版社としては、すみやかに契約を結ばせたいというのがあるんだと思います。変に揉めたら自分たちにお金が入ってこなくなりますから。彼らは別に僕がいくらもらっても関係ないんですよね(笑)。だからそんなに作家側にたって交渉してくれるわけじゃない」

漫画が映画化されれば出版社は単行本の売上が伸びるだけでなく、製作委員会のメンバーとしてヒットした分の利益還元もプラスされる。関連グッズやムック本なども売れるはずで、ヒットが約束されている『海猿』シリーズはまさにドル箱タイトルだっただろう。なのにいつまで経っても、作者の権利収入が(増刷による多少の印税追加はあるにせよ)固定というのはたしかに腑に落ちない話だ。

さらに佐藤氏は驚きの事実を語る。

「以前は映画で『海猿』のグッズなどが作られても、まったく僕には権利料が入ってこなかったんですよ。それも交渉してお金が入ってくるようになりました」

映画に関連したアイテムは原作者にも当然利益が還元されると思っていたが、どうもそうではないらしい。業界の慣習は我々の予想を超えていたようだ。

「作家さんは出版社より立場が弱いですから、十分な権利料がもらえなくても『その代わり本をいっぱい売るから!』と言われたら、なかなかそれ以上の主張ができないんです。でも、言ったら変わりますね。言わなきゃ変わらないってだけです。“作家が黙ってるからそのまま黙ってやっちゃおう”で済ましてしまう部分が、出版社にはありますね」

■■叫び続ける漫画家――佐藤秀峰が“証明”したいこと

今回のインタビューに限らず、佐藤氏はさまざまな場面で漫画家の立たされている苦境や、出版社から受けた不当な扱いを訴え続けてきた。だから当然のように世間の風当たりも強い。

よくネットなどで見かける批判は“好きなことを仕事に選んだんだから生活が不安定なくらいで文句言うな”という意見。生活保護の不正受給問題でお笑い芸人の低賃金が話題になったときも、同じような批判が出ていた。これについて佐藤氏はどう考えているのだろうか?

「それは必ず言われます(笑)。でも、仕事なのでお金をもらわないと食べていけないですよね。逆に仕事じゃなかったら、知り合いに頼まれて絵1枚とか別にタダでいくらでも描くんですけど。僕は“ちゃんとした対価が欲しい”だけなんです。別に欲張ってあなた(出版社)が持ってるもの全部くれと言ってるわけじゃない」

生き残りが厳しい漫画業界で10年以上も最前線を突き進んできたプロフェッショナルの言葉だけに、重みが違う。実際に佐藤氏の作品を読んだ人なら分かると思うが、どの作品、どのページ、どのコマにも妥協や手抜きが一切ない。まるで作家の魂そのものを原稿へ叩き込んでいるような仕事ぶりに対し、正当な対価が支払われないのだとしたらたしかに問題である。

佐藤氏には時おり、困窮した同業者から相談が持ち込まれるという。我々が取材に訪れたその日も、ちょうど若手の漫画家に相談を受けたそうだ。

「詳しくは言えませんが、酷い条件で契約を強いられているケースはありますよね。より良い契約を結びたいという場合は、無料で相談に乗ってくれる行政書士さんをご紹介したり、紛争を起こすのであれば弁護士さんもご紹介できます。」

契約上の理不尽は業界のいたるところに残っており、立場の弱い漫画家は泣き寝入りを強いられることが多い。だがそれでも、佐藤氏は大きな声で叫び続ける。――その背後にはどんな想いがあるのだろうか。

「僕は行儀の悪い発言をしますし、態度が悪かったりしますけど、結構わざとやってます。このくらい態度が悪くて『出版社なんて無くなってもいい』と散々言ってても、漫画がおもしろければ仕事はあるんですよ。それを“証明”し続けようと思っています」

佐藤氏は笑顔をまじえ、だけど自信に満ちた口調で、そう語った。

【関連サイト】
・漫画 on Web [ http://mangaonweb.com/ ]

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