レッチリという物語が終わった

レッチリという物語が終わった



ジョン・フルシアンテの脱退が自身のブログでコンファームされた。1989年に18歳の若さで加入したこの希代のギタリストは、20年目の2009年、Red Hot Chili Peppersでできることへの音楽的興味を失ったと明言し、脱退した。

『バイ・ザ・ウェイ』が発表されたとき、ぼくはロッキング・オンに原稿を書いた。それは、レッチリとはジョン・フルシアンテが戻ってくる物語であるというものだった。

ジョン・フルシアンテは、急逝したギタリストの後釜として加入した。ジョージ・クリントンにプロデュースを依頼するなど、ファンクネスを大胆に導入したこのミクスチャー・ロックのパイオニア・バンドは、素っ裸でアビイ・ロードを横断するなど、破天荒な振る舞いもまた有名だった。ステージではやたら裸になり、タトゥーとマッスルを誇示する、肉体派のバンドだった。新メンバーを迎えたバンドは、プロデューサーにリック・ルービンを迎え、『ブラッド・シュガー・セックス・マジック』というアルバムを作った。後にオルタナティヴ・ロックと呼ばれるムーヴメントの、それは先駆けともなった。

メガ・ヒットを記録したその作品にともなうワールド・ツアーの途中、ジョンは突然脱退してしまった。その後、バンドは新たにデイヴ・ナヴァロを迎え、アルバムを作る。一方、脱退したジョンは、ドラッグに溺れ、沈痛の極みのようなソロ・アルバムをリリースしていた。

その後、数年を経て、電撃的にジョンが復帰し、『カリフォルニケイション』というアルバムが出来てから以降のことは、いいだろう。それは、続く『バイ・ザ・ウェイ』も含めて、素晴らしい季節だった。

そこで、僕はひとつの物語は終わったと書いていた。それはつまり、これ以上はない、ということが言いたかったのだ。僕にとって『ステイディアム・アーケイディアム』は、メンバー個々の意思がいたずらに尊重された、まとまりのなさが2枚組となって表れた作品だった。

そもそもレッチリは、その本質として肉体派のバンドではない。屈強な精神と頑強な身体がもとからあって、あのような音に結実したバンドではないと思っている。もはや誰もが知っているように、とてつもなくセンシティヴでナイーヴで、つまりは弱いメンタリティのバンドである。
だから、彼等は肉体を求めたのだと思うのだ。ファンクネスにしても、実際の筋肉にしても、それらは後天的に手にした武装なのである。

なぜそのようなことが必要だったのか。それは、そこがアメリカの西海岸だったからとしか言いようが無い。希望の果てに空虚な大海しか待っていなかった場所だったからとしか言いようが無い。そのような場所で、直線的な上昇志向がとりわけ支配的なアメリカの空気にさらされながら生きるためには、武装が必要である。弱い心だけでは生きていけないのだ。

ジョン・フルシアンテとは、しかし、そのような弱さそのものである。そんな彼が、武装としてのレッチリに耐えられなくなって逃げ出すように一度目の脱退を決行したのは、それは必然というものである。

しかるに、残されたレッチリが、本質として屈強であったかというと、そういうことでもなかった。それは、現在の彼等をみればわかることである。彼等はこのうえなくセンシティヴでナイーヴなのだ。

『カリフォルニケイション』とは、そのようなレッチリが自らの武装を解き、自らの弱さと向き合うことと、弱さゆえに隠遁したジョン・フルシアンテを迎え入れることが必然としてもたらした作品である。このアルバムが、デイヴ・ナヴァロのレッチリとはもちろんのこと、『ブラッド・シュガー・セックス・マジック』とも異なった作品として現われたのは、言うまでもないだろう。向かい風に抗うように威嚇のポーズを強いていた過去から解き放たれたそれは、世界の果てで弱々しくも、しかし、新たな強度をその等身大の魂に宿した音となっていたのだ。

続く『バイ・ザ・ウェイ』が、その邂逅の後に、さらにむき出しのやせこけたメランコリー・アルバムとして鳴らされたのもまた道理である。哀しみを一身に引き受けたその作品で、レッチリは、これまでの武装の必要性とその武装解除のプロセスをエンドロールに描いたのだ。

レッチリという物語は、だから、すでに終わっていたのである。ラストの2枚組はだから、そういうものなのである。というか、あのアルバムは、もはややることがないということをひたすらに告げているアルバムなのである。

ジョンの脱退というニュースを聞いて、多くの人と同じように、驚きはなかった。この物語は終わっていたのだ。

『カリフォルニケイション』のジャケットは、遠く青々とした太平洋を望んでいる。しかし、目の前のプールの水は酷く濁っているように見える。
そんな場所に、彼等はあのときふたたび立てたのだ。それが、Red Hot Chili Peppersの約束の場所だった。
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