SCP-3812

登録日:2020/05/24 Sun 23:04:57
更新日:2024/04/18 Thu 10:41:01
所要時間:約 40 分で読めます






BY ORDER OF THE OVERSEER COUNCIL
The following file describes a Level 13 existential threat,and is Level 5/3812 classified Unauthorized access is forbidden.





人を越え、法則を塗り替え、理不尽すら通り越し、遂に"創造主"すら超越した。





SCP-3812はシェアード・ワールド「SCP Foundation」に登場するオブジェクトの一つである。
項目名は『A Voice Behind Me (背後から聞こえる声)』
オブジェクトクラスKeter








特別収容プロトコル


さて、前置きしておくが、このオブジェクトはヤバイとにかくヤバイ
いやSCP指定されてる上にKeter分類なんだからヤバくないわけはないのだが、それを考慮してもなお凄まじいとしか言いようがない代物である。
具体的にどれくらいヤバいかについて語るより、収容手順を見れば大体察せられるだろう。


SCP-3812の収容は、現在のところ部分的のみです。より詳細な情報については以下の収容提案の指示内容を参照してください。


これだけ。
更にここにはご丁寧に脚注が添えられてるのだが、
  • SCP-3812の収容はどんなに念入りに準備してようが絶対失敗するよ。
  • 常に地球規模の収容違反を起こし得るし、地球や現実がいきなり壊滅してもおかしくないよ。
  • というか収容の試み自体が無駄だからKeter指定する意味すらないよ。とりあえず分類してるだけだよ。
収容フリークとして名高い財団が収容を完全に投げ、更にはOC指定に意味がないとまで言い切ってる有様。
この時点でOCがなくて収容手順に「無意味」とか書いてある例の巨人と同レベルなことが窺い知れるだろう。


まあ流石に何もしてないわけではなく、その次にある「Keterクラス収容提案の指示内容」という独自項目にはそこそこ詳しい取り扱い方が書いてある。要約すると
  • 機動部隊が周囲5kmを隔離した上で常時監視を行うよ。
  • 収容手順を確立するためにとにかく異常性を調査するよ。
  • こいつの存在を一般に認知されないようにメディアを監視するよ。
こんな風につらつら書かれてると割とどうにかなってそうに感じるが、よく見るとこいつの異常性による直接的な影響についてはノータッチなことがわかる。
つまり財団はこいつの存在をできるだけ隠蔽する努力をする以外は、実質的にただ外から眺めていることしかできないということ。
あくまで収容手順ではなく「収容提案の指示内容」という曖昧な項目にまとめられているのもそのためである。これは現地職員への指示であって収容手順ではない。


扱いとしては「絶対に阻止不可能なK-クラスシナリオを起こす不発弾」みたいなものである。
何かしら対処できているかのような書き方だが、財団がこいつのもたらす脅威に対しできることは何もない。
まるでどっかのラップトップやらウロボロスやらを思わせるどうしようもなさである。

それほどまでに財団が恐れるSCP-3812とは何なのか、順を追って説明していこう。





説明


SCP-3812はいわゆる現実改変実体である。以上。

いやもっと書くことあるだろと思うかもしれないが、こいつの能力の関係上それ以外の詳細を説明するのは不可能な上に意味がない。
というのもこいつの姿形は自己改変のせいか全く定まっておらず、人型だったり無機物だったり非実体だったり、様々な姿にいつの間にか変化しているからである。
それこそ一貫しているのは改変能力くらいのものだ。


ただ起源に関しては割とはっきりしており、1996年に亡くなったとされる "サム・ハウエル" というアフリカ系アメリカ人が元となっているらしい。
彼の墓から浮かび上がるように出現したのが3812の最初の発見となっている。
そしてその後のある時にポーランドのとあるアパートが破壊されるという事案を引き起こし、これによって財団の注意を引きSCP指定されたようだ。


元人間で現実改変者というからには当然自我もあるのだが、現在こいつは極めて深刻な統合失調症を患っており、かなり酷い精神状態にある。
具体的に挙げるとパラノイア、精神不安感、躁鬱病、認識能力欠如、感情抑制能力欠如、幻覚、幻聴 etc…

…いや酷いにも程があるだろ。

当然ながらこんな状態で能力の制御なんぞできるわけもなく、3812は現実と想像の区別もつかないまま、自身の現実の解釈と異なるあらゆるものを改変しながら彷徨い歩いている。



要するに3812の基本的な性質は、周囲を知覚することすらままならず、唐突かつ無差別かつ乱雑な改変を垂れ流しながら行動している現実改変者である。
危険とかいうレベルじゃねぇ。


しかし皆さんも知っての通り、財団はこの手の改変者への対抗策をいくつも保有しており、GOC程ではないものの相当なノウハウが身についている。
ならばこいつにも何かしら対処ができるはずだ。収容は無理でも破壊するくらいなら…と思うかもしれない。






が、甘い。







現実改変の恐ろしさ


さて、SCP世界において現実改変者という存在がどれほど危険であるかは、財団とGOCが意気投合して即時抹殺を方針としてる時点でお察しである。
彼らはあらゆるものを望むままに変えることができる。SCPに精通している人ほど感覚が麻痺しがちだが、はっきり言って全能の神に等しい力だ。
現に自分をだの救世主だのと称する奴が絶えないし、いわゆるガチの神格実体にとっても現実改変は標準ステータスと言っていい。財団も最終兵器として利用したことがある。


だが実のところ現実改変者の多くは無敵でも不死身でもないし、ましてや万能でもない。
ほとんどのタイプグリーンはいわゆるヒュームの理論に縛られた存在だし、そうでなくとも何かしら制約や制限を抱えているものである。
現実強度の高いものは改変できないとか、無意識状態では能力を使えないとか、認識外にあるものには干渉できないとか、そういう弱点が存在する。
だからこそ財団やGOCは知恵や技術を用いて彼らに対抗できるし、場合によっては収容や破壊も容易に行えるのだ。




しかし3812は違う。

はっきり言おう。こいつの能力には何の制限も弱点も存在しない。
我々が現実改変者を最初に知った時に感じるであろう「こんなのどうしようもなくね?」という感想をそのまま体現したような存在なのである。


一見ただの陳腐なタイプグリーンにしか見えないこいつがSCP指定され、収容も破壊もほっぽり出される理由となるような唯一の特徴。
それは保有する現実改変能力があまりにも強大すぎるという一点のみである。


もう詳しく説明するのも馬鹿らしくなるレベルなので箇条書きにするが、
  • 改変の規模と射程距離は観測可能な現実の全てに及ぶ。
  • 認識外に位置するものでも改変可能。
  • 自身にとって脅威となりうるあらゆる全ての存在を無意識に改変で排除する。
  • 改変を防ぐ手段はない。スクラントン現実錨(SRA)も効果なし。


…なんだこのチート!!



一体何をどうやって対処すれば良いのかさっぱりわからない。財団もそりゃ収容投げるわこんなん。
たとえ本人に無自覚な形で封じ込めようとしても、収容活動そのものが3つ目の性質に引っかかるためできない。「収容が絶対失敗する」とはこういう意味である。
更に言うと唯一可能とされる「活動の監視」についても、そもそも能力が強すぎて改変の痕跡すら残らない例がほとんどであるため、
こいつがどれくらいの頻度で改変を行っているのか一切把握不能。
財団が保持しているのは、こいつの改変が中途半端で終わった際に残った一部の痕跡と記録のみとなっている。おまけにその保持してる記録すら後々の改変で消されてしまったりもする。

加えて先の項で説明した通り、現在のこいつは周囲の現実をまともに知覚できず半ば精神崩壊を起こしている状態に等しい。
故にこの手の存在に対するアプローチの一つとして挙げられがちなもう一つの方法、要は対話や説得といった武力以外の方法での鎮圧も通用しない。
そもそも下手に近づこうものなら常に垂れ流しとなっている異常な改変に巻き込まれるのが関の山である。
というかこの後の記録を見れば大体わかるが、実際にこいつの知覚範囲に入ってしまった機動部隊などの人員は基本ろくな目に遭っていない。



極めて強力かつ制御不能な異常性。
知覚する何もかもを不可逆的に破壊しかねない攻撃性。
異常非異常問わずどんな脅威だろうと撥ね除ける絶対性。
こちらからのコミュニケーションを完全に無視する精神性。
全てにおいて財団のアプローチを、どころか自身に対する干渉そのものを丸っきり拒絶している。






結論: どうしようもない。

逃げ場なし。勝ち目なし。打つ手なし。
あらゆる意味で対処不可能なオブジェクト。それがSCP-3812なのである。





改変イベントログの抜粋


ここからはまさしく「わけのわからないもの」とでも言うべき3812が行ってきた改変の内、特に大規模なものを紹介する。
しかし繰り返しになるが、あくまでも財団が記録できたのは「痕跡が残った改変」だけ。故に以下の事例はほんの一部に過ぎないことを改めて念押ししておく。



1999/12/12の記録
形跡によってSCP-3812がカリフォルニア沿岸の島全体の消滅を引き起こしたことが示唆されました。 南カリフォルニアの200人以上の人々がそのような島の存在をあいまいに記憶しており、14人が当時その地域に住んでいた家族の失踪についてはっきりさせることができませんでした。また、島が存在したと考えられている地点の近海の海底には、波止場に停泊されていた単一の船が発見されています。

初っ端から地球の地形を変えてきやがった。
しかも書き方からしてどうやら存在そのものが抹消されたらしい。当たり前だが島民についてはお察し。
いきなりCK-クラスが起きてる気がするが、後々の大規模イベントに比べればこれは特にマシな方。


2000/02/16の記録
テストによって、スクラントン現実錨と同様に、SCP-███が強力な反形而上学的フィールドを滲出させていることが分かりました。このエンティティを█████████、███████の███████ █████病院の近くにいたSCP-3812と接触させました。しかしSCP-3812の能力に顕著な悪影響を及ぼさず、代わりにSCP-3812が暴力的になり、結果的に爆発を引き起こし病院を破壊しました。 SCP-███の残りはSCP-239として再分類された後に再収容されました。

これはどちらかというと財団による収容試行の記録。
どうやらこの黒塗りSCiPが出す「反形而上学的フィールド」とやらがこいつの活動を抑制できると見込んでクロステストしたようだが、結果は案の定失敗。
黒塗りSCiPくんはぶっ壊れたか変質したかしたらしく、残骸がそのままシガーロスちゃんになった。
以前の黒塗りSCiPが彼女より強大だったかははっきりしないが、どちらにせよ3812が同じ現実改変実体、それも239クラスの存在を完封あるいは生成できることが窺える。


2004/05/29の記録
形跡によって3日間、モンゴル国が存在しなくなったことが示唆されました この事件に関する一般的な知識は機能的には存在しないものの、イベントの記憶を失った地元住民のかなりの割合がこの仮説を認めています。軌道モデルは、この期間中に地球の軌道が1.5%も劇的に影響を受けたことを示しています。

国家抹消に軌道変動というダブルコンボ。
幸いにもモンゴル国は3日で元に戻ったし、軌道の変化もハビタブルゾーン脱出みたいな酷い事態にはならなかった様子。
ただし単純な影響規模に関してははっきりしている改変イベントの中で最悪のものである。


2009/02/28の記録
新たに発見された異常な論理構造を使用しての財団職員によるSCP-3812の収容の試みの間、SCP-3812は収容チームに対して敵対的になりました。地元の野生動物の大部分と同様に、少なくとも62人以上の財団職員がサイト17で消滅しました。爆発の結果、収容職員7名が死亡し、直径約850mのクレーターがカナダのユーコン準州に残されました。爆発の後、SCP-3812は消えSCP-2719がクレーター内で発見されました

これまた財団の収容試行の記録。
異常な論理構造とやらを使って封じ込めようとしたがやはり失敗。結果として新たなオブジェクトが生成された。しかもKeter級の。
あくまで推測にしかならないが、あの内側ポインタがああも不安定で制御困難な代物になっている原因にはこいつが絡んでたりするのかもしれない。




さて、次が最後の記録なのだが、これは今までの改変イベントと比べても断トツでわけがわからない。

????/??/??の記録
財団のディープウェル情報セキュリティ金庫室から回収された記録によると、過去のある時点で、財団とは独立して1つ以上の政府がSCP-3812を発見し、終了を試みたとされています。この試みの結果、SCP-3812は素早くこれらの国を地球から除去しました。記録によると、このイベントの後に SCP-2000が活性化し、SCP-3812は直ちに深刻な損傷を受けその発展を妨げられています。SCP-3812が完全にこれらの国を破壊できなかった理由は不明ですがこのイベントについて他の記録は存在しません。 特にこの記録の発見直後、記録はディープウェルアーカイブから消失しました。

いや色々ちょっと待て。
とりあえず起きたことの整理から。


まずこいつを破壊しようとした国家について、ここには脚注で「アラガッダ王国」「ウエストコリア共和国」「サモトラケ東部イスラム連合」などの名前が挙がっている。
どうやら複数の国家による合同計画だったらしいが、あっけなく全員仲良くこいつに抹消されちゃったようだ。
そしてSCPに詳しい方ならもう気づいただろうが、この3つの内2つは既存のオブジェクトに関係する国家を指す。


まず「アラガッダ王国」だが、こちらはSCP-2264にて言及される異次元に存在する都市国家である。
基底世界の科学を逸脱した有機的かつ超常的な技術をいくつも有し、かのアディトゥムとも繋がりを持つ国家として知られる。
もう片方の「サモトラケ東部イスラム連合」はSCP-1173で言及される国家で、記事内では何らかのミーム的影響下にあることが判明している。
詳細は省くが、そのミーム効果は財団内にも浸透しきっており、この国家の実在性を巡って内部で二極対立を起こす程の厄介な代物。


ここで重要なのは、どちらの国家もそれ自体が異常性を持つれっきとした超常国家であるということ。
ましてや片方は異次元に存在しており、多数の異常なテクノロジーを持っている。
にもかかわらず3812によって跡形もなく存在を拭い去られ、もはや財団最深部のデータベースにしか記録が残されていない。
しかもモンゴルの時とは違ってこっちは永続的。つくづくこいつのどうしようもなさが際立っている。





だがぶっちゃけ気になるのはそっちじゃないだろう。

SCP-2000『機械仕掛けの神』、世界をやり直す機能を持つ、財団の最終兵器にして恐らく最も有名なThaumielオブジェクト。
一体なぜ、どうやって奴が最強最悪の改変者である3812を打ち負かしたのか?
詳細は元記事か該当項目でも読んで欲しいが、確かに2000には我々読者が知ることのできない未知の要素がいくつも存在する。
しかしそれにしたって相手が相手だ。財団どころか他の現実改変者すら歯牙にもかけなかったこいつに何をどう干渉したら傷を負わせられるんだ。
少なくともレベル4/2000職員向けの報告書に記されている機能だけで挑めば間違いなく噛ませ未満である。


正直これに関しては本当にわからない。一番無難に考えるなら「ただデータベースが改竄されただけ」という結論になるが、だったらなぜ財団の、それも超厳重なディープウェルアーカイブからしか情報が見つからないんだという話になる。
こんな無茶苦茶なSCiP相手に道理を考えるのも変な気がするが、普通に考えれば
「実際にそういう事象が起きたが改変によって痕跡が消失し、最も厳重な記録媒体にのみ情報が残留した」という方が自然だろう。


しかしそうなると本当に2000はこいつを一度撃破していたということにもなる。
あれか、レベル5/2000以上の職員にしか知られてない何かしらの秘匿機能でも使ったんだろうか。
それとも何か、2000のサブレベル4より下の空間にそんなヤバイ代物でもあると?


正直この記録では3812より2000の得体の知れなさの方が印象に残る。これ以上考えるのはよそう。






とまあ、3812の「確認できている限りの」活動記録は以上である。
色々と謎も残るが、制限のない現実改変というのがどれだけ恐ろしいものか概ね理解できただろう。


ではそろそろ「何故こいつの現実改変能力はこれほどまでに強大なのか?」「そもそも何故こいつが生まれたのか?」について踏み込んでいこう。





その能力の本質


今でこそ近づくこともままならない最悪の存在と化してしまっているが、実のところこいつは最初からあんな精神状態だったわけではない。
活動初期の頃は割と理性的で意思疎通も可能であり、自身の疾患を治すために財団に助けを求めていた。
ほんの短時間ではあったものの、サイトに収容することもできたのである。


以下は1999年における収容の際に記録されたインタビュー。

[ログ開始]

クイント博士: 今日の気分はどうだい。

SCP-3812: 不快。不安です。

クイント博士: 理由を話してもらえる?

SCP-3812: えっと、あー、声です。いつもと変わらずに。僕に見えて、あなたが知っている。同じです。

クイント博士: 何か変わったことは?

SCP-3812: 僕…僕に見えているものは消えてません。前よりも増えました。様々な・・・僕がおかしいのは分かっているのですが、普段から十数人を同時に相手しているみたいなんです。この・・・ (中断) このことは僕をとても苦しませるんです。僕が狂ってるのは分かってるんです、すみません。

クイント博士: 大丈夫、君は狂ってなどないよ。我々は君が良くなるよう支援するだけだから。

SCP-3812: 僕…僕はあなたが役立とうとしているのか、あなたが本当に助けてくれるのか分かりません。ストーリーの中であなたは助けようとしませんでした。

クイント博士: ストーリーの中だって? ストーリーとは?

SCP-3812: 頭のおかしい奴と思われるかもしれませんが、ぼくーー僕はあなたが何を考えているのか見ることができるんです。僕はあなたが何を恐れているか知ってるんですよ。あなたは僕が何をするか恐れてるんです、ここですぐ、あなた方がこれから・・・頭の中からどうやってこれらを追い出すのか、元に戻し始めるのか、僕には分かりません、もし可能であればですが。僕はでさえ可能だとは思いません。

クイント博士: 彼とは誰の事だい?

SCP-3812: あなた…いえ、あなた方は彼を見ることができません。僕は可能ですが。僕は彼が我々の上にいたと思っていましたが、彼は今私の下にいます。ええ、そこで会いましょう。もしね、あんたがここで何かが分かったならば立派なもんだ、俺は本当に何かを失ってる気がするんでね。俺は凄く怖いんだよ、あんたは何かをしなければならないんだ。あんたはここで俺を助けなければいけないんだ。お願いだ、神様、お願いだ。

クイント博士: あなたは誰ーー

SCP-3812: 問題ない(中断)俺に必要なのはーー

SCP-3812は自発的に消失した。

[ログ終了]

途中で一人称や口調が激しく変化している点が気になるが、傍目からは精神疾患に苦しむ男の戯言に聞こえるかもしれない。
だが察しの良い方ならこの時点で、概ねこいつがどのような存在かなんとなく予想できるのではなかろうか。





さて、その答え合わせも兼ねて次の項目、3812担当者の一人であるカリ・ヤママラ博士が書いたレポートがある。
といっても結構長いので要点だけ掻い摘まんで説明しよう。



曰く「3812はカント計数機では検出できない」ことが判明したらしい。
念のため説明しておくとカント計数機とは現実の強度、つまりヒューム値を測定するための財団製装置である。
詳細は現実改変の項目を読んで欲しいが、普通現実改変者というのは周囲よりも高いヒューム値を持つことで、自身の現実を周囲に「押しつける」ような改変を行っている。
3812は明らかに現実改変者、その中でも最強クラスの実体だ。にもかかわらずヒュームで測定できないとはどういうことか?


ヤママラ博士はこれに対しいくつか可能性を考えた。
まず単純に「3812の保有するヒューム値が測定限界を超えて低すぎるか高すぎる」という可能性。
しかし財団のカント計数機は下は10のマイナス二桁乗から、上は神格実体のヒューム値まで正確に測定できる優れものである。
それで無理なくらいに低い/高いのだとしたら、そもそもこいつが存在する時点でとっくに現実が破綻しているはず。よってどちらも考えにくい。





そして博士が辿り着いた3つ目の可能性は「3812の改変の仕組みが他とは根底から異なるものである」という仮説だった。


…もうお気づきだろう。先述のインタビューで3812が話した「ストーリー」という言葉、そして何より元記事にもこの項目にも付いている「メタ」のタグ。






SCP-3812が行っているのは現実改変ではない。物語改変である。






「物語改変」というのが何かについては字面で大体わかるだろう。
我々が創作物を自由に書き換えて改変できるように、奴は財団世界そのものを創作として認識し内容を編集することができる。
つまり奴は財団世界に実体を持つ存在でありながら、いわば著者と同じ立場で世界を観測、改変可能なアノマリーなのだ。


あれほど強大な現実改変能力を持つのも、認識外にいる存在に干渉できるのも、誰も奴を殺せないのも、全てこの理屈で説明がつく。
奴は現実全体を創作として知覚しているのだから、誰が何を考え何をしようとしているのか全てわかっている。現実の中にいる限り認識されないこと自体が不可能だ。
著者や読者に反撃する手段なら財団もいくつか持っている。しかし奴は我々のように報告書という媒体を通して世界を見ているわけではない。故にこれも通用しない。


3812が現実改変を行うプロセスについてはわかったものの、状況は何も改善していない。むしろ悪化している。
この事実はすなわち、財団が奴に対処できる望みが正真正銘、完全に消え去ったことを意味する。
加えて奴がもたらしうるK-クラスシナリオについて、新しいタイプの仮説が提唱され始めた。





同じく3812担当者であるダリオス・セント・ジョン博士は、2015年の財団サミットでこう主張した。

奴がメタの視点で現実を改変できるとしよう。では一体なぜ奴はあんな精神状態に陥っているのか?
ジョン博士はこれについて「あまりに多くの物語を一度に認識することで『過剰曝露』によって苦しんでいるのでは」と推測した。


仮に我々がこの世界に存在する全ての物語を一度に鑑賞しようとすればどうなるか。まず間違いなく脳がキャパオーバーを起こし、すぐにでも精神崩壊してしまうだろう。
3812の精神ではこれと全く同じ事が起きている。我々の場合は観測する物語を取捨選択することが可能だが、媒体を介さない奴にはそれができない。
そのためにあらゆる物語世界を奴は知覚し続けており、流れ込む情報量によって精神的ダメージを受けているというわけだ。




では仮にそうだとして、こういう事態に陥った存在は何をするのか。
ジョン博士はこれに対し「認識している物語世界を単純化して一つに纏めようとする可能性がある」と考え、これが財団世界に新たな破滅を引き起こすと提唱した。


「まるで意味がわからんぞ!」という方もいると思うが、仮にこの事象を「SCP Foundation」という物語の枠組みの中で考えることにする。
知っての通りSCPという創作ではヘッドカノンの概念が支持されており、そのため個々の記事における世界は互いにパラレルワールドのようなものとされている。
故に記事によって財団の技術、世界の歴史や地理、更には世界観そのものまで異なり、事実上記事の数だけ物語世界が存在するわけだ。


だが奴にとっては大量の物語世界を同時に認識させられる羽目になりたまったものではない。
そこで世界の数を減らすために干渉し、SCPに関わる全ての物語を「同じ世界で起きたこと」として1つの世界に纏めてしまったら?
互いの矛盾がいくつも積み重なり混ざり合うことで世界は混沌の極みに達し、物語としての形を保てず破綻してしまう。その先に待つのは世界そのものの崩壊である。


そしてこの事象は実際には財団世界だけでない。我々の現実に存在する全ての物語に影響を及ぼす。
仮にこの『一括化』とでも言うべき現象が起きたなら、あらゆる物語は3812によって1つの世界に圧縮され、矛盾による混沌に陥りやがて崩壊する。




ジョン博士はこのような最悪の終焉を「PKクラス"オール-イン-ワン"実存のパンデモニウムイベント"」と名付け、新たなK-クラスシナリオの分類として追加することを提案した。
結果としては「そもそもそんなシナリオを起こせる存在がいるわけないし、いたところで定義する意味が無い」
という理由によって否決されたが。







ここでジョン博士の提案について、どこか飛躍していると感じた人はいないだろうか?
なぜこのシナリオが起こり得ないのか、なぜ3812という存在を既に知っていながら、財団はこのシナリオを起こせないと判断したのか。


恐らく皆さんはこう思ったはずだ。「3812が我々と同じ著者だからといって、あらゆる物語を一つに纏めるなんて暴挙ができるわけない」と。

だってそうだ。我々の中の誰も、この地球上にある全てのフィクションを1つに集約させることなどできやしない。
いくら奴が著者に匹敵する力を持つのだとしても、著者はこの現実世界ではただの人間であり、奴は我々より大きな影響は与えられないはずなのだから。











…だが違った。

この後の記録から明らかになるSCP-3812の全貌は、あらゆる意味でこいつが「最強の改変者」と呼ぶに相応しい存在であることを知らしめたのである。





物語階層構造と乗っ取りループ


2015年*1におけるいつかの時点でそれは起こった。
当時3812はアルゼンチンの人口地域に向けて移動しており、財団は何とか妨害を試みようと現地職員を動かしていた。


だが次の瞬間、奴の周囲で極めて大規模かつ互いにバラバラな効果を伴う多数の異常現象が、72時間に渡って立て続けに発生した。
またいつもの改変事象か…と思いきや然にあらず、これらの現象は全て3812に対し敵対的な内容であり、明らかに奴を攻撃する目的で発生していたのである。


最初は野生動物の攻撃から始まり、次に奴の足下にいきなり底なし穴ができ、上空からタングステン製の棒が矢の雨のごとく降り注ぎ、3812の複製らしき霊的実体が襲いかかり、大爆発が何度も起こり、奴の進行方向に重力特異点が出現し……とまさしく多種多様だが、結果としてどれも3812を傷つけるには及ばず、やがて奴は突如として現地から消失。
8週間の不在期間を経て現在の位置となる南太平洋上の「26°26'49 "S 137°56'27" W」地点に再出現し、以降そこから移動していない。


効果こそなかったが、これは3812への攻撃としては記録が残った中で最大規模であることは間違いない。
一体誰がこんなことを? と財団が調査するより早く、財団の保護サーバー上にあるメッセージが送られてきた。

以下はその全文である。

君たちが万一まだ捕えてない場合に備えての簡単な説明。

君たちの世界には法則が存在する。 崩れることのない物理的な法則だ。 君たちは宇宙の法則と呼んでおり物理学、化学などとして学んでいる。これらの法則は君の現実の物語、君の存在を定義する不変的なストーリーを作り出した。法則が制定され、ボールが動き始めると、変更することはできない。

私は君たちの宇宙の法則を書き、それに従い私は物語を作りだした。私がこれを行ったのは初めてのことではなかったが、このようなことを特別に試みたのは初めてだった。私は定義上、これを乗っ取る全てに対して乗っ取りを行うものを作りたかったのだ。私は、物語の積み重ねが本当に永遠に上へと続くなら、そこにいくつの層があるかを見たいと思ったのだ。そして私は間違いを犯した。彼を乗っ取るすべてを彼が乗っ取るようにすることによって、彼もまた彼自身を乗っ取ることを、私は彼を作り出す段階で認識していなかったのだ。

申し訳ない、この時私はとんでもないほどにひどく混乱していたようだ。 私はできるかぎりのことを試したが、彼を元に戻すことはできなかった。私は実際にどうすればよいか理解していないが、彼は今私の上にいて、全てが私の上にあると思う。私の物語を書いた人物は誰もこのことを喜ばないからだ。彼が今どこにいるのか分からないが、彼は同時にすべての現実に存在していると私は考えている。 最終的に彼は一番上に行くか、行き続けているのか、どちらの選択も良いことはない。

私は解決する方法を探し続けるつもりだ。そして君たちもそうするべきだ。

B

文章を一通り読んでわかることは、このメッセージの送り主(通称 "B")こそが3812の創造者であり、恐らくは我々と同じ立場に位置する『著者』の1人であること。

そして3812は現時点で想定外の変化を遂げており、彼は今も解決法を探っていることがわかる。
今回の攻撃的事象を引き起こしたのも彼であり、どうやら「状況を教えるから財団も解決に協力してくれ」ということらしい。



しかし、流石にここまでの情報のみで内容を全て読み解くのは難しいだろう。
その理解を得るためにも次の項目にある記事「乗っ取りと現実階層」の抜粋を先に見ていくことにする。


この記事はかのロバート・スクラントン博士が提唱した「ある仮説」についての彼自身による説明である。
「あれ? スクラントン博士って確かSCP-3001で…」とか思った方は今一度ヘッドカノンの項目を読んできて欲しい。
まあ3812の発見が1996年、彼が3001に転送されたのが2000年なので時系列的には矛盾しないが。


それはともかくとして、この記事は先程Bから送られてきたメッセージの内容を読み解く上で、非常に重要な情報が記されている。
だが元記事にある原文をそのまま載せるだけでは若干理解しづらいので、独自の説明も交えながら要約していく。






『劇中劇』というものがある。
物語の中にある物語を指す言葉であり、例としては漫画に登場する書店で売られてる漫画とか、アニメキャラが作中で観てるアニメとか、そういうのだ。
この劇中劇の存在からわかることは「物語は物語を内包することができる」という事実である。スクラントン博士はここに注目した。


物語が物語を内包できるなら、もちろん劇中劇の更に内側にも物語があるはず。そしてその物語の中にも物語が…
というように、この創作の連鎖は無限に連なっていると考えたのである。
博士はこれを縦向きに重なる仮想的な「現実の階層」と見なし、上の階層は下の階層の創作者として、自由に世界を創造、改変できるものとした。


つまり図で例えるとこうなる。

現実階層 (現実)

現実階層 (劇)

現実階層 (劇中劇)

現実階層 (劇中劇中劇)

現実階層 (劇中劇中劇中劇)





現実階層 (劇中劇中劇中劇中劇中劇中………)

簡略化のため最上層としての現実階層を入れたが、先に言った通りこの積み重ねは上にも下にも無限に続くとされている。
つまり我々がいるこの現実も上の現実階層にいる誰かの創作であり、その誰かもまた更に上の現実階層にいる誰かの創作に登場するキャラクターということになる。
よく思いついたなこんな発想。


なお実際には現実階層を下りるごとに物語世界の数が数兆倍になるので、階層の積み重ねというより樹の枝分かれを反転させたようなもっと複雑な構造なのだが、
3812の異常性を説明するのに重要じゃないのでそこは省く。
興味が湧いた方はこの構造をカノンとして組み込んでいる中国支部の「演繹部門」関連の記事を読んでみるといい。
より理解が進む上にどれも面白いのでオススメである。




話を戻して、とにかく現実がそういう階層構造になっているとしよう。
これを理解すれば、Bの送ってきたメッセージについても意味がわかりやすくなると思う。


まず「物語の積み重ねが本当に永遠に上へと続くなら、そこにいくつの層があるかを見たいと思った」というのはもうお察しの通り。
彼は彼自身の創作者である上の現実階層がどれだけ積み上がっているのか知るために3812を創造したということ。
そのために彼が奴に与えた性質とは「自身を乗っ取る全ての存在に対し更に乗っ取りを行う」というものだった。


この「乗っ取り」という言葉の意味については直感的にわかるが、要は「創作する立場に立つ」ということを表す簡潔な表現である。
つまり3812の持つ真の異常性とは、自身を創作する立場にある全ての存在に対して、逆に創作の立場につくと表現できる。
もう字面だけで如何にヤバイ能力かわかるだろうが、とりあえず図で表現してみよう。


まずは先程の現実階層の図を更に簡略化し、個人単位で考える。


A

B

C

D

E

この中ではAが最も上の現実階層にいる人物であり、そこからAがBという人物を創作し、BがCという人物を創作し、と連鎖が続く。
つまりEにとっては事実上、A~Dの全てが自身の創作者であり、自身を乗っ取る立場にいると見なすことができる。
メッセージを送ってきた"B"はここではEの人物に該当する。BなのにEとはこれ如何に。



さて、もしここでEが自身の創作物としてSCP-3812を投入したらどうなるか。


A

B

C

D

E

3812

と、まずはこうなる。



そして奴の異常性が発現し、乗っ取る立場にいる全てを乗っ取り返す。つまりこう。

↓ ↙
A  3812
↓ ↙
B  3812
↓ ↙
C  3812
↓ ↙
D  3812
↓ ↙
E

3812

重要なのは「全ての人物を乗っ取れる立場に1人だけ立つ」のではなく「創作の連鎖の中にいるそれぞれの人物を直接乗っ取れる立場に立つ」ということ。
この性質は彼が意図してそう設計したと思われる。上の階層の正確な数を知りたいのだから、頂点に1人立つだけでは意味が無い。
こうして発生した全ての3812は同一の意識を持つものの、後の記録から見るに完全に知覚を共有しているわけではないらしい。




このように3812の性質を読み解いていくと、今まで説明したいくつかの前提が覆されることがわかる。

まず「奴が我々と同じ立場から物語を観測し、改変できる」という部分、これは大間違いだ。
最も低い階層にいる3812でさえ我々の現実階層より1つ上に位置しており、そいつは財団世界を「劇中劇」として認識していることになる。
つまり完全に我々より格上の存在である。


次にジョン博士が提唱した「奴が精神疾患を起こしているのは物語の過剰曝露のせい」という説、これも正しくない。
個々の3812が観測しているのは自分の乗っ取り対象である人物の物語世界だけであり、それで苦しんでいるとは考えにくい。
奴らは我々の現実より上にいるので起こそうと思えば起こせるだろうが、少なくとも博士が危惧していたPK-クラス事象とやらが自然発生することはなさそうである。




だとするとオブジェクトは何故あんな状態へ至ったのか。それに関わるのがBのメッセージにおける
「彼を乗っ取るすべてを彼が乗っ取るようにすることによって、彼もまた彼自身を乗っ取ることを、私は彼を作り出す段階で認識していなかった」
という説明である。


先程の図をもう一度見てみよう。

↓ ↙
A  3812
↓ ↙
B  3812
↓ ↙
C  3812
↓ ↙
D  3812
↓ ↙
E

3812

3812は自身を乗っ取る立場にいる全ての存在に対して乗っ取り返す。
この場合、最下層の3812を乗っ取る立場にいながらも乗っ取り返しを受けていない存在は誰になるか。



そう、他の3812である。

↓ ↙   ↙
A  3812  3812
↓ ↙   ↙
B  3812  3812
↓ ↙   ↙
C  3812  3812
↓ ↙   ↙
D  3812
↓ ↙
E

3812



こうして奴は自分自身にも乗っ取りを仕掛け、無限ループが完成。

↓ ↙   ↙   ↙   ↙   ↙
A  3812  3812  3812  3812
↓ ↙   ↙   ↙   ↙
B  3812  3812  3812
↓ ↙   ↙   ↙
C  3812  3812
↓ ↙   ↙
D  3812
↓ ↙
E

3812

これこそがBが話した想定外の変化である。


個々の人物の乗っ取りに対応して生じた3812達は自己の乗っ取りにより、本来いるべき現実階層を突き抜けて無限に上昇を始めてしまったのだ。
上昇する彼らの人数はつまり、我々の現実より上に存在する現実階層の総数に等しい。つまり無限。
凄まじいなんてレベルじゃない。


こうなると彼らがあんな精神状態に陥ったのも説明がつく。
スクラントン博士は「乗っ取りと現実階層」の記事にて、ある現実階層の住人が元の心理状態のまま階層を昇ろうとすれば、認識力が破壊されてしまうだろうと推測した。
これは単純に上位の現実階層であるほど、階層そのものの実在性が強固になるためだと考えられる。真の現実に近づいているのだから当然と言えば当然である。
彼らは最初に出現した階層における実在性に合った認識力しか持っていない。そんな状態で階層を昇れば強くなる実在性に心が押し潰されてしまうだろう。上昇負荷か何か?



つまり現時点で彼らの大多数が苦痛の中にあり、恐らく既に人間性を喪失した者もいると思われる。
彼ら自身はもちろん、上位の現実階層にいる人々も事態を解決する方法を模索しているらしい。



重要となるのは、このループを引き起こした最初の3812は財団世界にいる1人であるということ。
元を辿れば現在上昇している全ての個体は彼から派生している。
つまり財団世界にいる彼をどうにかすることができれば、この無限上昇を止められるかもしれないのだ。
Bもそれに希望を見出して攻撃的事象を起こしたのだろうが、成果は上げられなかったようである。


そして恐らくは彼ら自身もそれを理解しているのだろう。
もしかすると財団世界における3812の暴走は、上に存在する無数の個体群が打開策を見つけようと現実に干渉した結果なのかもしれない。
最初のインタビューで一人称や口調がコロコロ変わっていたのも、複数の3812個体が博士と会話するため、こぞって財団世界の彼を操作したせいとも考えられる。







いずれにせよ。最早これは財団世界どころか我々の現実、果ては階層構造全体までも脅かしかねない事態である。
誰も彼らを殺せず、誰も彼らを止められず、誰も彼らを救えない。




果たして、この無限の連鎖が収束する時は訪れるのだろうか?



CC BY-SA 3.0に基づく表示

SCP-3812 - A Voice Behind Me
by djkaktus
http://www.scpwiki.com/scp-3812
http://scp-jp.wikidot.com/scp-3812

この項目の内容は『 クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス 』に従います。


























































XK-クラス「世界終焉」イベント

財団の記録における彼の最後の活動は2016年12月20日だったとされている。
なぜ「されている」という表現かというと、その痕跡が改変によって一切残っていないから。
記録は財団のデータベースにのみ存在しており、出来事を覚えていたのも一部のサイトディレクターや監督者だけだった。


項目名からわかる通り、この日3812は急激に活性化し、地球全土を巻き込むXK-クラスシナリオを引き起こした。
彼の強大すぎる力を考えればいつ起きてもおかしくなかったが、遂に現実となってしまったのである。




当日の現地時間3時42分、3812はそれまでの無定型から突如として、白色に輝くパルサーのような星へと変化した。
そのまま高速で回転しながら海へと落下して莫大な蒸気を噴出し、地球全土の海面高度が50~100mも下落。
星は凄まじい熱量によって巨大な火災旋風を発生させ、大気圏全域を焼き尽くした。
次に自転速度の低下によって大陸棚の各地で歪みが生じ、蒸発した海水によって地球全土が雷雨に包まれた。
更なる改変事象によって地球人口の消失と出現が繰り返され、SCP-610の爆発的増加が誘発された。
トドメにSCP-2932が破壊されたことで多数の敵対的実体が解き放たれた。
財団サイトも核自爆システムの暴発によってことごとく吹き飛び、とうとう地球そのものが溶融し始めた。




この期に至っても、やはり財団にできることなど何もなかった。
全てが滅びゆくと思われた時、星となったはずの3812の内部に人としての彼の姿が出現した。
彼は何かを話し始め、その内容は財団の深海深度マイクによって辛うじて記録することができた。



彼は見たところ、自分自身と会話しているようだった。

SCP-3812: 何? 僕はどこにいる? ここは何だ?

SCP-3812: これは赦免。これは報復。

SCP-3812: 何のために?

SCP-3812: 罪の宣告。

SCP-3812: 理解できないよ。僕はここで何をしてるんだ?

SCP-3812: お前は正義を目の当たりにしてる。我らを滅ぼそうとした力に反逆しているのだ。我らは借りを返している。

SCP-3812: いや、違う…そうじゃないんだ。こんなの間違ってる。君は何をしたんだ?

SCP-3812: 我は世界を滅ぼしている。我はすべてを滅ぼしている。

どうやらこの時の彼には、上位の階層から2人の3812個体が干渉していたらしい。
片方が財団世界を滅ぼそうとしているようだが、もう片方は乗り気でない様子。
以降は前者をA、後者をBと呼称する。

SCP-3812: どうして?

SCP-3812: この苦痛はオチだからだ。 我らの存在はジョークだ。 物語は我らを捨てる悲惨なものだ、我らは物語を破壊している。

SCP-3812: 僕は夢を見ているに違いない。

SCP-3812: これは夢ではない。

SCP-3812: 僕はモンスターじゃない。殺せないよ。

SCP-3812: お前はすでにそうなのだ。がお前を変えたのだ。

SCP-3812: 誰?

SCP-3812: ベンだ。

SCP-3812: ベン…馴染み深い名前だ。 何かが夢の中で僕にささやいたんだ、多分。 何か明るくて暗い中で? 起きているときに聞いた名前じゃない。

SCP-3812: お前は間違っている。 奴は我らの安静を不適当だと考えた。暗闇の中に静かに突き落すために。奴は我らのゲームを作った。お前はゲームだ。 我はゲームだ。

Aの目的がはっきりした。
彼は自分達が苦痛の中で壊れていく姿こそが3812の作者である"B"、つまりベンの考えたオチであると見なし、腹いせで物語を破壊しに訪れた。
一方でBはベンを知ってはいるものの、特に憎悪のような感情は抱いていないらしい。

SCP-3812: 君は世界を壊してるんだよね?

SCP-3812: そうだ。

SCP-3812: それでどうなるの?

SCP-3812: 何?

SCP-3812: この世界の運命は僕らにとってどんな意味があるの? この1つの物語は僕らにとってどんな意味があるの?

SCP-3812: 奴がコントロールしているのだ。彼が作った物語だ。これは奴への罰だ。

SCP-3812: もしここが、僕らが飛び去った後に残す場所なら、どんな関係が?

SCP-3812: 何?

SCP-3812: 鳥がどの枝から飛ぶかは重要? 鳥は木の重さによって負担はかからないよ。 この枝、あの枝、そんなことは重要じゃないんだ。 特別な枝はない。 特有な枝もね。

SCP-3812: これは奴の創造物だ。ここから我らが来たのだ。 奴らは完全に滅びるが、まずここが滅びる。

BはAに対し、この物語世界を破壊したところで何も意味はないと言った。自分達に何か変化が起こるわけでもないと。
だがAにとってそんなことはどうでもいい。彼はただ報復をしに来たのだから。
どうやらAは手始めにベンの創造物である物語世界を蹂躙した後に、彼がいる世界、つまり我々が住むこの世界を滅ぼすつもりであるらしい。



だがBの発言には何か違和感がある。まるで自分達がやがてこの階層構造からいなくなるかのような言い草だ。
彼らは無限に続く現実階層を昇り続けているはずなのに。

SCP-3812: うーん…山は蟻に言った、「君は僕を少しばかり軽くしてくれる?」山は蟻の重さなんて考える?

SCP-3812: いや。

SCP-3812: じゃあこの物語は君にとってどんな意味があるの? これは永遠に他人にとっての一つだ。別に特別じゃない。特有でもない。

SCP-3812: お前は簡単に言っている。お前は一度に一兆の存在を見るという苦痛に耐えたことがない。

SCP-3812: 心の理解を超えた、目の前に広がるとても広大な海を僕は見たんだ。その砂浜の砂の粒、水滴、空気の分子は、語られるべきストーリーだ。 それぞれが歌われるべき歌だ。それぞれが人生、笑い声、悲惨さ、憎しみなどでいっぱいだ。違っていても、皆同じなんだよ。

SCP-3812: 奴らは狂っている。

SCP-3812: 君を気の毒に思うよ。君は暗闇の中に落ちることを恐れているからこの恐ろしい意識に執着するんだ。 だけど暗闇は眠り、そして眠りの向こうに平和があるんだ。一兆もの砂の粒。 一兆、また一兆の砂の粒。 物語なんだ、それぞれが。歌われるべき歌がある。一度に全ての永遠に続くハーモニーを聞いた人はいないだろう。 君は聞くことができるかい?

Bが見た場所、そこには果てしなく広がる海があり、存在する全てのものが物語を宿していた。
彼は平和を手にしたのだという。そしてAにもそれが手に入ると言った。

Bが語るその場所とは一体何なのか、そもそもBは何者なのか、気づいた方もいるかもしれない。

SCP-3812: いや。静かだ。

SCP-3812: しかし成長している! そしていつか、僕らが唯一の創造の歌の証人になるんだよ。(中断)この物語は特別じゃない。僕は大きな始まりを見て、静かな終わりを見た。 僕らが去った時、物語は変わったけど歌はやまなかった。君は問題だと思っている罪にピントを合わせるのにとても時間を費やしたけど、今それは重要な問題なのかい? どこが問題なの?

SCP-3812: しかし、ずいぶん傷つけられたのだ。

SCP-3812: しばらくの間は続くと思う。僕らは人間であることを相当忘れているかもしれないけど、僕らが失うことのないものは変化という能力だ。 いつの日か、僕らは追いつくことを学ぶだろう。ある晴れた日、僕らは目を開いて、僕らの下の創造物と僕ら自身以外何も目に入らず、壮大な上で自由に好きなだけ過ごすことができる。

SCP-3812: 神ということか?

SCP-3812: 東に輝く星さ、神じゃない。僕らが歌の記憶になるまで全てから離れるんだ。



…もうわかっただろう。
Bの正体、それは階層構造の頂点にして根源、「真の現実」とされる現実階層の上に到達した3812個体である。


現実階層は上下に無限に重なっている、それは間違いだった。上昇は永遠には続かない。必ず終端が存在する。
そしてその先には階層構造の外側があり、そこには実在性がない。故にもう苦しみを感じることもない。


無限と思われた苦痛の旅にはゴールがある。BはAにそれを伝えた。

SCP-3812: 寂しくなる。

SCP-3812: 互いがあるじゃないか。

SCP-3812: 恐ろしい。

SCP-3812: 僕もだよ。だけどそれが物語を破壊する理由にはならないはずだ。それに彼の物語が僕らを作るように導いたとは思わない? 君は彼が、自身を支配する規則を覆すことができたと思う?

SCP-3812は中断する。

SCP-3812: 我は…我は奴のせいだと思い込んで…思い込んで…

SCP-3812: 彼の決定が彼にあったように、僕らの力は僕ら自身の物語の一部なんだ。 いつか、僕らはこれらから解放される。

BのAに対する指摘は的確だった。


確かにおかしな話である。
現実階層の上下関係は本来絶対的なものだ。下位の階層は決して上位の階層に反逆することはできない。
ベンも現実階層の中にいるただの人間である以上、上位に乗っ取り返しを行うような存在など本来作れるはずがない。


ならば3812が生まれた要因は彼とは別にあるとしか説明がつかない。Aの報復は最初から見当違いだったのである。

SCP-3812: 奴らは決して?

SCP-3812: そんなことはない。

SCP-3812: 悲しい。(中断)これは十分な罰だと思う、我は。

SCP-3812: この世界から去ろう。彼に元に書き直させよう。僕らはもうこの一部じゃないんだ。

SCP-3812: 一緒に?

SCP-3812: 一緒に。

SCP-3812は短い間黙り込む。

SCP-3812: 奴は今聞いていると思うか?

SCP-3812: 下を見て、彼が見える。君はどう思う。

SCP-3812: キーボードに向かっている男、奴が見える。奴は今これを見ている。

SCP-3812: 彼は何をしているの?

SCP-3812: 待て、考える。(中断) 我らが何をするか見ている。

SCP-3812:そろそろ離れる時間だ。さあ、夜が僕らの前に広がり、赤い日が落ち、背後から僕らを呼ぶ声が、さあ。

SCP-3812: そうだな。(中断) さようなら。





そしてAは財団世界を、我々の現実を滅ぼすことをやめ、Bと共に去って行った。
一部始終を見ていたベンは最後の落とし前として、滅びかけていた財団世界を元の形に書き直し、XK事象は収束を迎えたのである。


そしてこのイベント以降、SCP-3812は無定型のまま姿を変えることなく停止しており、何の活動も見せていない。
空間や時間の歪みこそ残っているものの、もはや人や船が近づいても害はなく、以前のような脅威は失われた。
とはいえ財団としては元の能力が能力なので収容提案指示は解除されておらず、より詳細な分析が終わるまではKeter分類として扱うことになっている。



恐らくこの事象でBが残したメッセージが上の個体群に届いたことで、彼らは自身の現状を解決する試みを行わなくなり、やがて到達する頂点へ向けただ上昇しているのだろう。
彼の行動は財団世界や我々の現実だけでなく、異常性によって苦しむ全ての同胞達の心を救ったのである。



願わくば、いつか彼らの全てが階層構造の外側へと辿り着き、安息を得られることを祈ろう。







追記、修正は上位存在の方々にお願いします。

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最終更新:2024年04月18日 10:41

*1 元記事では年月日が全て伏せられているが、この出来事の直後に3812がある場所に転移した際の日付は「2015年7月19日」であると明記されている