台風19号による千曲(ちくま)川支流の氾濫(はんらん)で、長野県飯山市にあるウナギの老舗「本多」が浸水した。明治37(1904)年創業の専門店で、遠方からもファンがやってくる名店。不意打ちの濁流に襲われたとき、まず避難させたのは秘伝の「たれ」だった。

 12日夜、本多尊子(たかこ)さん(57)は店舗兼自宅の3階から千曲川の様子を気にしていた。「今すぐあふれるような緊迫した感じではなかったです」。地区に市からの避難勧告もなく、その夜はそのまま眠りについた。

 翌13日午前5時、目が覚めると世界が一変していた。すぐ東の道路まで冠水、水がさらに増えつつあった。従業員に休業の連絡をしていると、店舗まで入ってきた。同5時半ごろには客席などがある店舗1階ではひざ下に達した。

 夫と真っ先に2階へ避難させたのは、創業以来つぎ足してきた「たれ」。次に運んだのは調味料を煮詰めてたれを作る重さ20キロの「ずんどう」。水位はみるみるうちに腰のあたりまで上がってきた。

 3連休を見越して注文した約400匹のウナギは、あふれた水につかり、衛生面を考慮すると、商品にはできなくなった。「捨てるのもかわいそう」と、幾つかの関係機関に電話し、ニホンウナギだと説明して近くの川に放流したという。

 氾濫したのは千曲川に注ぐ支流の皿川。ほとんどの人が千曲川を警戒し、皿川はノーマークだった。「まさかほかの川から水が来るとは……」と本多さん。水没した店舗の1階は泥水をかき出し、使えなくなった厨房(ちゅうぼう)の機器は更新。22日に営業を再開する予定だ。(里見稔)