インターネット上で人を傷つける誹謗(ひぼう)中傷が問題となっています。人格否定、侮辱など、SNSには激しい言葉が並びます。5月にプロレスラーの木村花さんが亡くなったこともきっかけに、政府では規制や対策の強化の検討が始まっています。匿名で自由に発信できる現代、越えてはいけない一線とは何か、考えてみます。

■ネットに一度殺された 僧侶・高橋美清さん

 私は一度、インターネットの誹謗(ひぼう)中傷によって殺されました。長年「高橋しげみ」という名前で、フリーアナウンサーをしていました。仕事関係者(男性)からストーカーされ、男性は2015年にストーカー規制法違反容疑で逮捕されました。ですが男性は脅迫罪で罰金刑を受けた後に死亡。私は「冤罪(えんざい)で死に追いやった」として、ネットの匿名の人々から大量の激烈な攻撃を受けました。

 「気にしなければいい」とアドバイスもされました。でも、もしあなたが中傷されたら気にしないでいられますか? 私は書き込みを読まずにはいられなかった。仕事を全て失い、中傷を信じた多くの知り合いが去っていった。自宅に匿名の電話がかかり、頼んでいない荷物が送り付けられ、まるで世の中の全員から責められているように感じ、極度に追い詰められました。警察に被害を訴えましたが、当初は取り合ってもらえませんでした。

 生き続けられたのは「もし死んだら、ありもしない罪を苦にしたと世間から思われる」という一心でした。中傷した相手を一人でもいいから特定して、「あなたの書き込みで私の人生は終わった」と伝え、罪の重さをじかに教えたかった。

 弁護士を通じて「法的措置を辞さない」と加害者に伝え、4人と実際に会いました。全員、私とは面識はなく、謝罪より先に言われたのは「自分はうつ病」「生活保護を受けている弱者」などの弁明でした。「みんなが書いているから事実だと思った」「意見を言うべきだと思った」と、思い込みの「正義感」や軽い気持ちでやっていた。相手への想像力は皆無でした。

 結局、全員を許しました。特にひどい中傷を続けていた男性1人を刑事告訴しましたが、最終的には取り下げました。私は1円も手にしていません。改心を促すことが仏さまの慈悲につながると考えたからです。

 今、私のもとには、ネット上で中傷被害を受ける人々からの訴えが寄せられます。とても長い文章で相談がきて、傷の深さを感じます。みんな誰かに話をきいてほしいんです。

 自宅を改装して、悩みを持つ人たちが気軽に来られる「駆け込み寺」を作りたいです。法的措置から経済的な支援まで、個々の事例にあった総合的なケアが必要です。長い時間と労力をかけて中傷を乗り越えた私に、お手伝いできることがあると思います。(聞き手・伊藤恵里奈)

■中傷を野放しにしないで 俳優・フェミニストの石川優実さん

 先月、ツイッターのアカウントに鍵をかけました。自分のツイートの公開範囲をフォロワーのみに絞る措置です。フェミニストとして広く発信してきましたが、一言でいえば、疲れ果てました。

 昨年、パンプス強要の撤廃を求める#KuTooの訴えを始めたところ、男性から執拗(しつよう)に攻撃されるようになりました。「死ね」「レイプされろ」といった激しい言葉や「詐欺師」といったいわれない中傷にさらされてきました。

 女性が主張すること自体にイラッとする人もいれば、常識や前提を変えられてしまうことに恐怖を感じた人もいたようです。そういう書き込みは主語を大きく語る傾向があります。「みんながあなたを嫌っている」「フェミニストに迷惑だ」など。人を孤立に追いやろうとしていると感じました。

 粘着的なリプライに対し、反論や対話を試みた時期もありました。でも、嫌がらせを目的としている相手とは議論にならない。相手をブロックしてもすぐにアカウントを作り直して粘着される、そんな状況が繰り返されてきました。

 私は「男は敵」なんて言ってないし、詐欺もしていない。でも間違った情報が何千もリツイートされる。見ず知らずの人たちが怖くなり、一時は電車に乗れなくなりました。

 グラビアアイドルを始めた15年前から実家の住所や外見をけなすコメントが書き込まれてきました。書き込みを理由に仕事をやめた仲間もいました。本人を前にしたら絶対言えないよね、という言葉を、何でネットでなら投げつけることが許されるのでしょうか。

 木村花さんが亡くなった時、ひとごととは思えなかった。「死ね」と言われ続けると、死なない限り終わらない、死ななきゃいけないのかなという気持ちになるのです。その後ネット言論対策が協議されているようですが、人が死ぬまで問題を放置する社会にうんざりしています。

 ツイッター社に発信者の情報開示を求めたこともありますが、特定に至らなかった。誹謗中傷を野放しにしないでほしい。あまりにもという書き込みには、訴訟の準備も進めています。ツイッターで性差別の解消を求めてきましたが、はからずもこれで明らかになりました。実効性のある中傷対策が講じられない限り、ツイッターを使った運動は提起できないな、と思っています。

 いまは主な発信の場をインスタグラムに移しました。インスタだと中傷コメントが他者から丸見えになるので書きづらいし、私が不快に感じたら削除もできる。平和です。(聞き手・机美鈴)

■「言葉が凶器に」自覚を

 朝日新聞のフォーラムアンケートに寄せられた声の一部を紹介します。

●家事育児が手につかなくなった

 ツイッターで、多様性の重要性を述べた発言に対して批判や助言が書き込まれ、数時間で私の人格に対するコメントも数千件単位で増え、ネットにもさらされてしまいました。個人情報までさらされたらどうしようと気になり、眠れなくなり、家事育児が手につかなくなってしまいました。冷静な判断が出来ない中、ある方からの助言で初めて誹謗中傷だと気付き、無視することができました。政府やメディアには、①誹謗中傷だと気付かず自責の念で苦しんでいる人が救われるような発信②相談先をネットで探していた時、弁護士や警察にしかたどり着かなかったので、簡単な検索で総務省の人権相談窓口につながるような発信をしてほしいです。(神奈川県・30代女性)

●書き込む方はイジリ感覚でも

TikTokであるアイドルのコメントが炎上し、その動画は削除された。ほんの一瞬映った口の中が、汚いとのコメントで埋まったのです。バカ、死ねなどの直接的な中傷はほぼ無く、いわゆるイジリやツッコミの感覚で、当事者は傷つける意思がなかったと思うが、「言葉が凶器になる」ことを自覚できない人が多い。(大阪府・50代男性)

●無自覚な中傷にも罰則を

 以前ツイッターのユーザーとやりとりをした際に、あるYouTuberを出して「〇〇はうざいから、うざい人にうざいと指摘するのは中傷じゃない」と言っていた。そもそも「うざい」が自分の価値観ではなく、絶対的な事実だと捉えており、だから言っても問題がないという感覚で中傷していたようです。ですので「中傷はやめよう」という呼びかけではなく、中傷する側が理解していなくても中傷を根絶できるよう、きちんと線引きし罰しなければなくならない。(滋賀県・20代女性)

●外国人への差別用語何とかして

 外国人です。ツイッターで「反日」、「国に帰れ」「工作員」と言われます。ツイッター社に通報しても「ルール違反に当たらない」という結果に。匿名のアカウントからしか言われたことがありません。(東京都・20代その他)

●意見合わない人を「許さない」と変換

 「マスコミが糾弾しないなら自分がしなければ」という正義の思いで書き込む人がいる。SNSでは簡単にブロックできるので、自分と意見が合わない人を「許さない」と変換する人が多く、価値観の違いを受け入れるのではなく切り捨てる傾向が強いように感じる。(京都府・40代女性)

●差別全般を法律で取り締まって

 ツイッターでの嫌がらせは、ここ数年間毎日数十件受け続けている。しかし表現の自由の観点からネットで規制と言うより、名誉毀損や侮辱罪など今ある法律で取り締まるべきだ。差別に関してはネット外の世界でも罪を重くするべきだ。(東京都・50代男性)

●女性蔑視の文化がある

 いまだにインターネットには女性を女性器の名前で呼ぶなどひどい女性蔑視の文化が残っている。インターネットだからと見過ごすのではなく、一度書き込んだら世界へ広がるインターネットだからこそ、差別や誹謗中傷は強く取り締まっていくべきだと考えます。(東京都・20代女性)

●嫌がらせコメント削除されず

 ツイッター上で嫌がらせや暴言を書かれた。通報したが一向に削除されない。仕方無いので、攻撃してきたアカウントをブロックしているが、根本的な解決になっておらず困っています。(長野県・30代女性)

■投稿者の特定、より早く 総務省、今月にも省令改正

 情報通信を所管する総務省では、ネット上で中傷された被害者が損害賠償などで責任を問いやすくするよう、匿名の投稿者をもっと早く特定できないかが検討されています。今は、SNS事業者などにIPアドレスなど通信時の記録の開示を求める仮処分手続きと、それをもとに携帯事業者などに個人情報の開示を求める訴訟という2度の裁判手続きを経るのが一般的。特定には相当な時間と費用がかかります。

 総務省の有識者会議「発信者情報開示の在り方に関する研究会」は、SNS事業者が持つ電話番号を開示対象に加えることを認め、8月中にも省令が改正される見通しです。携帯などの番号があれば弁護士は契約者を照会できるため、今後は1度の訴訟で個人を特定できる例が増えそうです。

 ただ、電話番号を持たないSNS事業者もあり、海外事業者相手の訴訟に時間がかかるという課題も。研究会では、新たな裁判手続きをつくる案も浮上していますが、実現できるかはまだ見通せません。

 投稿者の特定は、中傷対策の一部分に過ぎません。研究会座長を務める曽我部真裕・京大教授は「事業者による削除や啓発といった対応を含め、様々な取り組みがトータルで被害の予防や救済につながる。SNSの(非表示などの)機能を活用して身を守ったり書かれる側へのサポートを充実させたりすることが大切だ」と話しています。

 総務省の「違法・有害情報相談センター」にはここ数年、年5千件以上の相談が寄せられ、プライバシー侵害や名誉毀損(きそん)が多くを占めています。SNSなどの事業者に対し、総務省は権利侵害が明白な投稿の削除や被害防止策を求めています。

 総務省などが開設した特設サイト「No Heart No SNS(ハートがなけりゃSNSじゃない!)」(https://no-heart-no-sns.smaj.or.jp/)では、不快な投稿から身を守るSNSの機能や削除依頼の手順などを紹介しています。IT企業でつくる団体「セーファーインターネット協会」も「誹謗中傷ホットライン」(https://www.saferinternet.or.jp/bullying/)を6月末に設置し、中傷被害の相談や削除依頼の代行を始めています。

■女性や非白人、ターゲットに 国際人権団体調査

 オンラインでの誹謗中傷は、世界各国で問題になっている。米ピュー研究所が2017年に米国人成人4248人に対して調査したところ、41%がセクハラや嫌がらせ目的の投稿などの被害にあったと答え、66%がそのような書き込みを目撃したと答えている。

 国際人権団体アムネスティ・インターナショナルはネット上のハラスメントで、特に女性の被害が多いことに着目。17年には米英など8カ国の女性約4千人を対象とした被害調査結果を発表した。23%の女性がハラスメントを受けた経験があると回答していた。また18年に発表された、米英の女性のジャーナリストと政治家778人に向けられたツイートを1年間分析した調査では、7.1%が侮辱的もしくは問題があると判断される内容だったと分かった。非白人の女性は、白人女性に比べて標的になることが34%高く、なかでも黒人女性へのツイートの1割が侮辱的か問題があったという。

 国際NGOのプラン・インターナショナルでは、今年、国連が定める「国際ガールズデー」(10月11日)にむけて、日本も含めた世界各国で若い女性に対するオンラインハラスメント被害を調査している。

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 取材先とのファクスのやりとりで「上司がアホやから」と書いたのを当人に見られ、気まずい思いが残りました。石川優実さんは「本人を前にして言えない言葉を、何でネットでなら投げつけられるのか」と問いかけました。批判と中傷の違いを考える上で、ヒントになる言葉です。

 日常ではあつれきを恐れ、本音を封じ込めがちです。行き場をなくした言葉たちが、亡霊のようにSNSをさまよいます。自他の人格を尊重しつつ、本音で議論できる関係性を身の回りに築くことが、結果的にSNSの中傷をなくすことにつながるように感じます。言うは易(やす)し、ですが、いかがでしょう。(机美鈴)