ゴーン被告はどうやって日本から逃亡したのか 飛び交う諸説

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画像説明, 日産自動車の元会長で、金融商品取引法違反などの罪で起訴され保釈中だったカルロス・ゴーン被告は、初公判前に日本脱出に成功した

かつては自動車産業界の大物だった男は、日本で英雄的な立場についた後、同国内で最も有名な刑事被告人の1人になった。そして今、国外逃亡中の身となっている。そのカルロス・ゴーン被告は、いったいどうやって日本を脱出したのか。本当に楽器ケースに身を潜めたのか。特殊な専門チームが集められたのか。民間警備会社も関与していたのか。果たして……?

億万長者で日産自動車の元会長で、金融商品取引法違反などの罪で起訴され保釈中だったゴーン被告(65)は、今年4月にも開かれる初公判に向けて、数カ月かけて準備を進めていた。少なくとも、日本当局はそうだと信じ込んでいた。

ゴーン被告は昨年3月、保釈保証金10億円を納付し、逮捕から108目に一度保釈されたものの、昨年4月に新たに会社法違反(特別背任)の疑いで再逮捕され、再び勾留された。そして同月下旬、保釈保証金5億円を納付し保釈された。

保釈の条件には、ゴーン被告の住宅の入り口を、カメラで24時間監視することが含まれる。また、使用できるパソコンは弁護士事務所の1台に限定され、携帯電話も1機に制限されるなど、通信面で厳しい制限も課された。海外への渡航も禁止されていた。

そうした中で中東レバノンへ逃れたしたゴーン被告は、日本に赤恥をかかせ、自分の弁護団を困惑させることとなった。昨年の大晦日に発表した声明でゴーン被告は、正義から逃げたのではなく「不公平と政治的迫害から逃げた」と説明した。

被告の主任弁護人を務める弘中惇一郎弁護士は31日、レバノン渡航の知らせを受けて間もなく、「報道されている以上のことは知らず、寝耳に水という状況でとてもびっくりしている。今後、情報が入れば裁判所に提供していきたい」と記者団に述べた。

そもそもゴーン被告はどうやって日本から脱出したのか。これが差し迫った疑問だ

楽器ケースに隠れ出国?

レバノンのテレビ局MTVは、ゴーン被告は、楽団になりすました準軍事的組織の協力を得て、保釈時に認められていた都内の住居を後にしたと報じた。

この報道によると、この楽団はゴーン被告の自宅で演奏後、ほどなくして楽器ケースに隠れたゴーン被告を地方空港へと運んだという。これが本当であれば、身長165センチとされるゴーン被告にとっても窮屈な状態だった可能性がある。

地方空港からプライベートジェットに乗って日本を出国したゴーン被告は、トルコを経由してレバノン入りしたとMTVは報じている。この説を裏付ける事実の提示はなかったが、当然この話はソーシャルメディア上で直ちに広まった。

一方でゴーン被告の妻キャロル氏(54)はロイター通信に対し、楽器ケースに隠れたという話は「フィクション」だと述べた。キャロル氏は、夫がどのように日本から逃れたのかについて詳細を明かすことは拒否した。

ゴーン被告がスパイ映画さながらの変装をするのは、あながちあり得ない話ではない。昨年3月の保釈時には、報道陣を撒くためにマスクをつけ、作業員姿に変装して東京拘置所を後にした。しかしすぐにゴーン被告だとばれ、メディアで笑いものにされた。保釈から数日後、弁護団は「未熟な計画」だったとして謝罪した。

ゴーン被告の役割

複数報道によると、東京からベイルートまでのゴーン被告の逃亡劇は、数週間から数カ月にわたって綿密に計画されていたとされる。

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画像説明, 昨年3月6日、東京拘置所から保釈された際に作業員に変装していた日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告(中央、青色の帽子)

米紙ウォールストリート・ジャーナルは、多数の匿名情報筋の話を引用し、ゴーン被告の逃亡計画を実行するために、慎重に実行チームが集められたと報じた。報道によると、このチームには、ゴーン被告を自宅からイスタンブール行きのプライベートジェットへと運んだ日本国内の共犯者も含まれる。ゴーン被告はイスタンブールを経由し、昨年12月30日早朝にベイルートに到着した。

飛行機の位置をリアルタイム表示するサイト「フライトレーダー24」では、プライベートジェットのボンバルディア チャレンジャーが、ベイルートのラフィク・ハリリ国際空港に昨年12月30日午前4時過ぎに到着したことが確認できる。到着後、ゴーン氏は妻キャロル氏と面会した。キャロル氏はベイルート生まれで、この逃亡計画に深く関与しているとウォールストリート・ジャーナルは報じている。

複数報道によると、ゴーン被告を自宅からこっそり連れ出す際に民間警備会社が協力していたという。

英紙フィナンシャル・タイムズによると、この民間警備会社は数カ月にわたってゴーン被告の逃亡を計画し、複数のチームに分かれて異なる国々で活動した。この計画に詳しい人物2人が、日本国内の支援者の協力を得て準備が進められたと証言したという。

フィナンシャル・タイムズは、ゴーン被告が出国した地方空港について、関西空港だったとしている。ゴーン被告は保釈中、居場所を監視するための電子タグの装着は義務づけられていなかったという。

ゴーン被告に近い2人の人物の話としてロイター通信が報じたところによると、プライベートジェットの操縦士ですらゴーン被告が搭乗していることを知らなかったという。

ゴーン被告が保釈中に行方をくらませ、日本を出国するという計画の裏で動いていた重要人物は、妻のキャロル氏だったと複数メディアが報じている。ゴーン被告の弁護団によると、キャロル氏とゴーン被告は昨年12月24日、1時間以上会話をしていた。夫妻は保釈条件として、面会や連絡を取り合うことを禁止されていた。

これについてゴーン被告は2日、声明を発表し、「私の妻キャロルや他の家族が、私の出国に役割を果たしたと推測する報道があります。こうした推測は全て不正確で間違っています。私は独りで出国の準備をしました。私の家族は全く何もしていません」と表明した。

ゴーン被告がレバノンに到着した後、キャロル氏はウォールストリート・ジャーナルに対し、夫との再会は「自分の人生の中で最高の贈り物」だったと述べた。一方で、関与が疑われている逃亡計画については言及しなかった。

キャロル氏は昨年6月、BBCの単独取材に応じ、「夫を取り返したい。私のそばに居てほしい。私は夫が無実だと分かっている」と述べたほか、当局はゴーン夫妻を「脅し、自尊心を傷つけた」と語った。

動画説明, 「トランプ氏から安倍氏に話してほしい」と語ったキャロル・ゴーン氏

ゴーン被告は罪状について繰り返し否定している。

3つのパスポート

ゴーン被告がレバノン入国時に使用したパスポートについては、複数の疑問が残る。被告はブラジル、フランス、レバノンの3カ国のパスポートを持つが、日本の弁護団はすべてのパスポートを国内で預かったままだ。

企業経営者に認められる場合がある複製パスポートをゴーン被告が所持していたのかは、分かっていない。レバノンで発効された外交旅券を所持していた可能性があるとの報道もある。

仏紙ル・モンドは、ゴーン被告は身元を示すなんらかの身分証明書を使ったとしている。また別のメディアは、被告がフランスのパスポートあるいは別人になりすました偽造パスポートを使ったのではないかと報じている。

ゴーン被告の広報担当者はフィナンシャル・タイムズに対し、同被告がフランスのパスポートを使ってレバノンに入国したと述べた。しかし、どのように日本を出国したかについては明かさなかった。

レバノン外務省の政治問題担当のガディ・フーリー氏は、ゴーン被告がフランスのパスポートとレバノンのIDを使って同国に入国したと、フィナンシャル・タイムズに述べたという。

NHKは2日夜、関係者の話として、元会長はフランスから旅券を2通発行されており、逮捕当初は弁護団が保管していたものの、逃亡当時はフランス旅券を1通所持していたと伝えた。

朝日新聞によると、ゴーン被告が日産の役職を解かれて日本の在留資格の証明書を失い、入管法の規定で旅券の携帯義務が生じたため、弁護団が保釈条件の変更を請求した。東京地裁は昨年5月、中身が見える鍵付きの透明ケースに入れたフランス旅券1通の携帯を被告に認めたという。ダイヤル式ロックの番号は弁護団が管理し、被告には伝えていなかったという。

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画像説明, レバノン・ベイルートで育ったゴーン被告。国民的な人気を誇るという

ゴーン被告の逃亡によって恥をかかされた日本では、ある政治家が、同被告はどこかの国家の支援を受けていたのかという疑問を投げかけた。また、前東京都知事の舛添要一氏はツイッターで、フィナンシャル・タイムズの記事を引き合いに、「レバノン政府がゴーンの希望が叶えられるように支援していたことは、この点からも裏付けられる。国家の関与がなければ、これだけの逃走劇は不可能だ」と述べた。

レバノンで育ったゴーン被告は、同国内に物件を所有している。現在も国民的人気があり、成功者として称えられ、切手になったこともある。

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ロイター通信は2人の人物の話として、ゴーン被告の勾留中、駐日本レバノン大使が毎日、同被告を訪問していたと報じた。レバノン大使はこれまでのところ公に反応していない。

レバノン政府は、ゴーン被告の逃亡への関与を否定している。

サリーム・ジャリーサーティ内相は、「レバノン政府は、レバノンに来るという(ゴーン被告の)決断とは全く関係がない」、「入国時の状況について我々は知らない」と米紙ニューヨーク・タイムズに述べた。

一方、フーリー氏はフィナンシャル・タイムズに対し、レバノン政府は「(ゴーン被告)の身柄引き渡しを要請していた」が、今回の逃亡については政府は関与していないと述べた。

フランスとトルコも、今回の逃亡計画を知らなかったとしている。

レバノンは、日本と犯罪人引渡し条約を結んでいない。そのため、今後ゴーン被告の公判が開始されない可能性がある。

日本政府は2012年~2016年度だけでもレバノンに、計約210億円相当の開発援助を提供している。それだけに今後、ゴーン前会長の引渡しを要求することが予想される。

しかし、そもそもこれほど有名な刑事被告人がいったいどうやって日本国外に逃亡できたのか。日本は今後、その疑問に答えていかなくてはならないだろう。