東京五輪は新型ウイルスで中止になるのか? BBCスポーツ編集長が解説

ダン・ローン、BBCスポーツ編集長

ゲームは始まった? それとも終わった?

これは、史上最大のスポーツニュースになる可能性もある。

世界最大のスポーツイベントが新型コロナウイルスが原因で延期・あるいは中止となれば、平和な時代には前例のない出来事だ。

2020年の五輪大会は、7月24日から8月9日に東京で行われる予定だ。新型ウイルスの流行という未知の領域で、オリンピックが直面している問題を検証する。

日本での現在の状況は?

日本に対する懸念は山のようにある。新型ウイルスの発生源である中国に地理的に近いこと、東京五輪のボランティア訓練が延期になったこと、先週の東京マラソンで一般参加者が制限されたこと、サッカーJリーグをはじめとする各種スポーツの試合が中止になったこと、そして学校の閉鎖要請だ。

4日には、4月に東京で行われる予定だったラグビーの「アジア・セブンズ・インビテーショナル」の試合も中止が決まった。

国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長はこの日、2日間の理事会を終えて、ローザンヌで記者会見を行ったばかりだった。

東京五輪の組織委員会も、新型ウイルスによる感染症(COVID-19)を受けて聖火リレーを縮小することで合意している。今年のオリンピックの聖火は来週にも、ギリシャで点灯される予定だ。

3日には日本の橋本聖子五輪相が、五輪を年後半に延期する可能性があると発言して話題となった。

IOCの見解は?

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画像説明, 国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長

ローザンヌで行われた記者会見でバッハ会長は、五輪大会が延期されるのかという矢継ぎ早の質問をかわし続けた。

24時間前に橋本五輪相が認めた事実が、バッハ氏に急いで予定外の声明を作らせたのかもしれない。バッハ氏はこの会見で、オリンピックが予定通り開かれることに自信があると述べ、選手らに準備を呼びかけた。

バッハ会長はまた、もしもの時の「プランB(次善策)」の存在も否定し、延期や中止に関わる決定に対する言及を避けた。さらには、説得力は大きくなかったが、理事会では「延期」や「中止」といった文言は一切出なかったと強調した。

一方で、代表選手を選出する試合などが中止になっていることで「困難」が生じていることは認めている。国際パラリンピック委員会(IPC)は、こうした事態を受けて出場資格の見直しが必要だと述べている。

5日に発表したスポーツ選手宛ての書簡でバッハ会長は、もう少し現実的な話をした。そこでは新型ウイルスが「全員にとって大きな懸念」であると認め、理事会でも「大きな議題」として取り上げられたと話した。

五輪大会を予定通り開催できるという自信はどこから来ているのかという質問には、世界保健機関(WHO)との定期的な情報交換の中で得たガイダンスを理由に挙げたが、具体的にどのような助言だったかは説明しなかった。

もしもの時の次善策はあるのか?

バッハ会長の安心を促すメッセージは、オリンピックへの出資者や選手など、日本にいる多くの人々を安心させただろう。

しかし、会長がただ否定しているだけではないかと疑う人もいるかもしれない。あるいは、避けられない事実を先延ばしにしているだけだと。さらに、緊急時の対応計画を用意しないのは無責任ではないかと思う人もいるだろう。

実際には、IOCは確実に次善策を用意している。ある内部筋によると、IOCはテロや戦争、自然災害、ボイコットといったあらゆる不測の事態に備え、次善策を準備しているという。

バッハ会長は決してパニックに陥っているという様子を見せないが、記者会見では、過去の大会でも困難に直面してきたと語った。2016年のリオ大会の前にはジカ熱やロシア政府主導のドーピングスキャンダルに悩まされ、2018年の平昌冬季五輪の準備期間でも、朝鮮半島での核戦争の脅威にさらされたと述べた。

なのでもしかしたら、バッハ会長の冷静な表情にも納得が行くかもしれない。結局のところ、IOCはバブルの中で運営をしているようなもので、誰かに期待されているからといって、警告を発したりはしないのだ。

これは賢いやり方かもしれない。IOCはただでさえ、世界の都市に五輪開催に立候補するよう説得しなければならない困難に直面しており、今回の危機はそうした中で起きた。バッハ会長が東京五輪の延期や中止を急ぐことは、本当に必要となるまではまずないだろう。もしそうなれば、将来的には他の都市の立候補を妨げてしまうかもしれないからだ。

なぜ最終決定とはならないのか?

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まず、現段階で最終決定を下すのは時期尚早かもしれない。すぐに大会が始まるということであれば、日本政府の大規模集会に対する施策を見ても、そして何千人ものスポーツ選手が選手村という狭い空間に集結することを考えても、当初の計画通りというわけにはいかないだろう。しかし多くの人が期待しているように、新型ウイルスのアウトブレイク(大流行)のピークが訪れ、夏に向けて緩和されていけば、大会は予定通り開催されるだろう。

次に、もしIOCが公に大会の延期や中止を認めてしまったら、確実に損害を与えるような影響が出るだろう。チケットや宿泊施設などの販売は落ち込み、選手に心配を与え、究極的にはオリンピックの財布を握っている放送局やスポンサーなどにも損害を与えることになる。

こうしたIOCの立場に唯一、反対の立場を取っているのが、IOCで長く委員を務めているディック・パウンド氏だ。パウンド氏は先週、遅くても5月には、大会を中止するかどうかの最終決定が行われるだろうと認めた。

究極的には、状況は流動的で、刻一刻と変化している。バッハ会長が開催に自信を持っているからといって、現状がこのまま変わらないわけではない。バッハ会長の発言を考える際には、こうした状況を考慮にいれる必要がある。

決定権は誰に?

東京五輪について、東京都とIOCが交わした契約の第66条「契約破棄」の項には、戦争(1916年、1940年、1944年にはこの理由で中止となった)や暴動、ボイコット、その他IOCが参加者の安全性が危険にさらされると判断した「いかなる理由」がある場合も、「開催都市から大会を撤退させる」権限はIOCが持つと定められている。

特筆すべきは、大会が2020年内に行われなかった場合には、IOCが契約を破棄できると書かれていることかもしれない。延期についての言及はない。

つまり、IOCが権限を握っている。しかし究極的には、IOCはWHOの専門家や日本政府の助言に従って動くことになる。

多くの責任がIOCの肩にのしかかる中、彼らがIOCに大会続行は無責任だと告げるまでは、IOCはできる限りその自信を保ち続けるよう期待されている。

多少の延期はありえるのか?

今週ローザンヌで動きを見ていた中で明確に感じたのは、橋本五輪相が話していた短期的な、3~4カ月の延期というのは非常に考えにくいということだ。ほとんど不可能だと言ってもいい。

すでに数多くのスポーツイベントが予定されている秋から冬に五輪大会を滑り込ませるのは確実に、非常に難しい。多くの国際大会が何年も前から計画されており、それらが影響を受ける可能性がある。

また4年前の合意では、選手村に建てられる住居5000棟以上がパラリンピック終了後に売却されることが決まっている。大会を延期した場合、1万1000人もの選手や何千人ものスタッフを収容できる場所があるかどうかは不透明だ。ホテルに空き室があるか、ボランティアが集まるかどうかも分からない。

IOCの最も重要な放送パートナーである米NBCも、延期という見通しには悲観的だろう。五輪がアメリカのプロバスケットボールやナショナル・フットボール・リーグのシーズンととかぶるような事態は、視聴者にとってもマイナスの影響になることは明らかだ。NBCは先に、東京五輪に向けて9億7000万ポンド(約1330億円)の広告収入をあげたと発表している。

その他の選択肢は?

イギリスのサイクリング協会のスティーヴン・パーク氏は今週、五輪大会を無観客で行うのはどうかと提案した。

大会を丸1年延期する、開催場所を他の年に移す、などの案もある。

しかし、新型ウイルスのアウトブレイクが予定通りの開催を妨げるとなれば、一番可能性のある結論はパウンド氏が示した全面中止かもしれない。

全面中止は一見、問題外の選択肢に思える。その影響は計り知れないだろう。しかし面白いことに、全面中止は思っている以上に、IOCにとって不愉快な出来事とはならないかもしれない。

東京都の契約によれば、大会が中止となった場合、日本の組織委員会は「あらゆる形式の補償や損害賠償、救済措置などを申し立てる権限も、またそうした補償を受ける権利も失う」ことになっている。つまり、東京都は損害についてIOCを訴えることはできないのだ。

IOC自体は、大会が中止となった場合に向けて7億ポンドを備蓄している。これにより、各国のオリンピック委員会や国際的なスポーツ連盟を支援することは可能だ。

また、IOCは夏季五輪への投資額8億ポンドを守るため、2000万ポンドを保険に費やしているという。

この保険が今回の新型ウイルスのような病気を対象にしているのであれば、IOCは大会中止に伴う損害について申し立てができるだろう。

中止となった場合、一番被害を受けるのは?

まずは保険業界。大会が中止となれば、少しでも損害を回復しようとする放送局、広告会社、スポンサー、ホテル、そして日本の組織委員会によって、保険業界は突然、数億ポンドもの申し立てを受けることになるだろう。

日本は、大会チケットをめぐる損害については保険をかけているかもしれない。しかし日本はこのオリンピックを、東日本大震災からの復興のきっかけにしようと考えてきた。そのために過去7年にわたって行ってきたインフラ投資や大会の準備費用、合わせて10兆ポンドは戻ってこないかもしれない。もう規模を縮小することは不可能だ。投資は終わってしまっている。低迷する日本経済にとっては、観光収入の減少も大きな打撃となるだろう。

最後に、何年にもわたって夢を追いかけ、トレーニングに勤しんできた選手たちだ。今回の大会が唯一のチャンスだという選手も多いだろう。

どれだけの重圧がかかっているかを考えれば、バッハ会長が延期や中止を示唆することすらためらっているように見えるのも、必要になるまで決定を急いでいないことも、驚くことではないかもしれない。