働きながら不妊治療をする人のうち、約20%が退職していることが明らかになった。両立が困難で仕事を諦めざるを得なかったり、上司から「妊活か仕事かどちらかを選びなさい」と“プレ・マタニティハラスメント”を受けて追い詰められる女性たちがいる。
約8割が不妊治療をしていることを職場で話しづらいと答えている。なぜか。
撮影:今村拓馬
“プレ・マタハラ”は知識不足が原因
調査を行ったのは、不妊治療を行う人を支援するNPO法人「Fine(ファイン)」。2017年3月〜8月にかけて、仕事をしながら不妊治療をした、もしくは考えたことがある男女5471人(女性5429人、男性42人)を対象にインターネットを通じてアンケートを行い、その結果を『不妊白書2018』としてまとめた。白書の制作費用をクラウドファンディングで募ったところ、61万6000円が集まったそうだ。
日本の夫婦 5.5 組に 1 組が不妊の検査や治療を受けたことがあるにも関わらず(国立社会保障・人口問題研究所「2015 年社会保障・人口問題基本調査」)、治療に対しての理解が進んでいるとは言い難い実態が白書から明らかになっている。
『不妊白書2018』によると、仕事と不妊治療の両立が難しいと感じたことがある人は95.6%にのぼる。
理由として最も多かったのは、「(治療のために)急に・頻繁に仕事を休むことが必要」(71.9%)、次いで「生理周期に合わせた通院が必要で、あらかじめ通院スケジュールを立てるのが難しい」(47.3%)だった。
上司や同僚からの無理解な発言に傷つく人も多い。
「月に何回も通院しないといけないという不妊治療を知らない方が多いので、『また休むの? 昨日も病院行ったよね?』と言われました」(30代、正社員)
「高齢でもあり、『不妊治療を受けること自体がおかしい』と言われ、周囲の理解が得られませんでした」(40代、正社員)
「突然の受診や採卵のため、上司に仕事を調整したいと伝えたが『もう少し長期的に予定が立てられないのか?』と言われました」(20代、正社員)
NPO法人Fineの野曽原誉枝さん。日本電気で企画・マーケティングの仕事をしていたが、妊娠を機に退職した。
提供:NPO法人Fine
Fineではこれらを妊活へのハラスメント「プレ・マタニティハラスメント」だとして、注意を促している。Fine理事で白書のプロジェクトリーダーを務めた野曽原誉枝さんは言う。
「 不妊治療は生理周期に合わせて行いますが、生理の日程は絶対にずれないと思っている人も多い。体外受精の場合も卵子の育ち具合によって治療ペースは変わりますが、それは本人にすらわからないことです。通院頻度や、その予定が立ちづらいことなど、管理職の人は少しでも知識を持って欲しいですね」
4割が働き方変更「これまでママたち支えてきたのに」
不妊治療の理解はなかなか進まない。
出典『仕事と不妊治療の 両立支援のために』(厚生労働省)
不妊治療には、排卵日を診断して性交のタイミングを合わせるタイミング法や、内服薬や注射で卵巣を刺激して排卵をおこさせる排卵誘発法などの一般不妊治療と、卵子と精子を取り出して体の外で受精させて子宮内に戻す「体外受精」や「顕微授精」などの生殖補助医療がある。前者は月4〜7日、後者は月4〜12日ほどの通院が必要だと言われている(「仕事と不妊治療の両立支援のために」厚生労働省)。
「不妊治療との両立が困難で、働き方を変えたことがありますか」
出典:『不妊白書2018』
野曽原さんが今回の調査で最も驚いたのは、不妊治療との両立が困難で、働き方を変えた人が40.8%もいたことだ。そのうち50.1%が退職、21.4%が転職、9.6%が休職、7.0%が異動をしたと回答した(複数回答可能)。つまり、働きながら不妊治療をする人の約20%が仕事を辞めていたのだ。アンケートには会社への憤りや申し訳なさ、今後の不安の声が寄せられた。
「上司には不妊治療をすること、休みが増えてしまうことを告げました。しかし、ある日『妊活か仕事かどちらかを選びなさい』と言われ、結局退職することになりました」(40代)
「不妊治療に理解のある職場でしたが、遅刻、欠勤が続くと申し訳ないという気持ちが大きくなり、休職しました。1年間休職し妊娠できず、これ以上職場に迷惑をかけられないと思い、退職しました」(30代)
「今まで妊娠している方の分や、育休、時短の方のフォローをしてきましたが、子どもを授かりたいと願う人は会社では使い物にならないと言われたことが悔しいです」(30代)
「自然に妊娠できれば、産休育休をとり、また戻る場所があるのに、自分は退職までしてしまい、妊娠もできなかったら女性として情けなく、生きる自信が持てなくなりそうです」(30代、正社員)
(『不妊白書2018』より)
時間単位の有給やフレックス勤務を
経済的な理由で不妊治療のステップアップを躊躇・延期・断念したり、今後その可能性があると考えている人は約6割。仕事を辞めても解決しない問題がある。
撮影:今村拓馬
野曽原さんも会社員だった38歳から不妊治療を始めた。管理職になり仕事がひと段落したタイミングだったという。
その後、約6年間の治療を経て44歳で妊娠。出産後もこれまでと同じパワーで仕事ができるのか不安で、出産3カ月前に退職した。治療にかかった費用は500万円以上。自身は会社の助成金制度を利用したが、治療を優先させるために仕事を辞めても、高額な治療費が捻出できず、結果的に妊活もあきらめざるを得ないという負のサイクルに陥っている人もいるのではないかと心配する。
どうしたら仕事と不妊治療を両立することができるか。企業の中には不妊治療のための休暇・休業制度を設けるところも増えてきたが、今回の調査で、当事者が最も求めているのは時短勤務やフレックス制度などの柔軟な働き方だということが分かった。まずはこのようなギャップを埋めていくことが必要だろう。
野曽原さんによると、例えば体外受精の通院で1日の休暇が必要なのは採卵日くらいで、検査や排卵誘発剤などの注射は、それほど時間がかからない場合が多いという。
「治療によってかかる時間は異なります。時間単位の有給やフレックス制度を利用できるようにすると、より効率的です」
一方で、不妊治療休職制度として1年以内の長期休職を認めている日本航空(JAL)のような企業もある。客室乗務員の場合、1度フライトに入ると数日間帰国できない場合もあるからだ。妊娠しなかった場合もその期間は治療に専念でき、すっきりとした気持ちで復帰した人もいるという。
「それぞれの企業にあった制度を整えた方が、貴重な人材を失うことにもならず、お互いのリスクも少ないと思います。こうした制度は妊活だけでなく、介護や病気などさまざまなケースに対応できますから」(野曽原さん)
求められる制度と現状にはギャップがある。
出典:『不妊白書2018』
妊活トラック? 自己嫌悪が私を追い詰めた
一方で、当事者の「マインド」も大切だ。
Will Lab社長の小安美和さんが不妊治療を始めたのは39歳のとき。当時はリクルート(現リクルートホールディングス)で管理職として働いていた。フレックス制なども整っており、治療しやすい環境だったという。
会社からタクシー1メーターで通えるクリニックを探し、仕事の量も質も落とさず効率よく治療できるよう工夫していたが、治療後は体調が悪くなってすぐに仕事に戻れないことも多かった。不妊治療は精子提供など夫の役割も大きい。当時、夫婦ともにキャリアアップを目指す時期だったこともあり、急な通院と仕事のスケジュール調整が難しく、治療は半年しか続かなかった。
小安美和さん。日本経済新聞社、シンガポールで通信社のニュースエディターなどを経て、2005年にリクルート(現リクルートホールディングス)に入社。2017年にWill Lab を立ち上げた。
撮影:竹下郁子
しかし、どうしても子どもが諦めきれず42歳で治療を再開。「45歳までに産む」ことを目標に、海外出張前に卵子を凍結させて帰国後に子宮に戻すなど、「綱渡り」のような日々が続いた。部下は理解を示し協力してくれたが、治療の身体的、精神的な負担は大きく、集中力がなくなったり気分の浮き沈みも激しくなっていく。最終的には電車に乗ることもできなくなり、自宅から毎日タクシーで通勤するほど疲弊していたそうだ。
「フレックスやリモートワークなど働き方改革が進んだ職場だったのに、不妊治療中は以前と同じように能力を発揮できない自分に苛立って……。『仕事をしているから子どもができないんじゃないの』『◯◯さんは仕事をやめて妊娠したらしいよ』という、良かれと思ってかけてくれる言葉に傷つくこともありました。治療の結果が出ないたびにものすごく落ち込み、『仕事を頑張れ』と言ってくれる人がいなくなるマミートラックのようなジレンマもあって、ひたすら自分を責め続けました」(小安さん)
45歳で不妊治療をやめた後、退社し、かねてより考えていた起業に踏み切った。自身がキャリアアップと不妊治療の両立に悩んだ経験から、企業の女性管理職の育成や、働きたいのに就業機会が得られない専業主婦や地方で暮らす女性たちへの雇用促進事業を手がけている。
不妊治療の先にどうキャリアを築くか
小安さんは女性の自立促進を目指し、アフリカやアジアなどの途上国や、宮城県石巻市など被災地の女性たちが作った商品を販売するハンディクラフトショップも運営している。
撮影:竹下郁子
「仕事も不妊治療も100%の力でやり切ろうと思ったのが私の“しくじり”。努力すれば叶わないことはないと思い込んで、結果が出ないと自分の首を絞めていました。これから不妊治療をする女性には能力と体力、そして職場や私生活で誰の支援があるかも含めて、自分の今あるリソースで無理のないチャレンジをして欲しいです。
どんな結果になっても、キャリアもライフもまた新たなプランを立てられます。私は子どものいない人生を選択したので、起業の予定を前倒ししました。治療中に仕事のペースが落ちるとその状態が永遠に続くんじゃないかと不安に思うこともあるけれど、『そんなことはないよ』と伝えたいですね」(小安さん)
企業側も不妊治療中の社員を戦力ダウンと見なすのでなく、治療後にも新たにキャリアを築けるようなかたちでマネジメントしてほしいと言う。
小安さん自身も子育てと仕事を両立する女性がマイノリティだった時代に、その気持ちがわからず傷つけた過去がある。その反省に立って子育て世代を応援するプロジェクトを立ち上げてきた。不妊治療に馴染みがない世代も「学び直し」をすればいい。不妊治療をする人はいまやマイノリティではない。特に多くの負担がかかる女性たちをどう支えていくか、社会全体で向き合う課題だろう。
(文・竹下郁子)