天皇皇后の「コロナご進講」で見える「沈黙」のジレンマと現場への渇望

天皇皇后両陛下

天皇陛下の60歳の誕生日を前に撮影に臨まれたお二人(2020年2月22日撮影)。

HANDOUT /Reuters

天皇陛下と雅子さまは8月15日、政府主催の「全国戦没者追悼式」に出席する。

お二人が皇居、赤坂御所の外に出られるのは、2月14日以来となる。この間、お二人は赤坂御所に外部の人を招いては、話を聞いていた。招かれた1人、NPO法人キッズドアの渡辺由美子理事長はこう語る。

「天皇陛下と雅子さまは、現場のことをすごくお知りになりたいのだと思いました」

7月21日に赤坂御所に行き、陛下と雅子さまに会った。一緒に行ったのはNPO法人豊島子どもWAKUWAKUネットワークの栗林知絵子理事長、公益財団法人あすのばの小河光治代表理事、内閣府政策統括官(共生社会政策担当)で、それぞれが貧困家庭の子どもたちを支援する活動を説明し、質問に答えた。1時間の予定が1時間半になった。

このように、外部の人が陛下と雅子さまに会い、何かを説明することを宮内庁用語では「ご進講」または「ご接見」という。コロナ禍のお二人にとって、これが唯一「外」につながる窓のようなものだ。外部の人と会う機会は、新任大使への「信任状捧呈式」など他にもあるが、あくまでも「儀式」。リアルなつながりを求めるお二人の気持ちの表れのように、「ご進講」「ご接見」が増えている。

平成とは異なる対等なスタイル

始まりは4月10日、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議副座長を務めていた尾身茂氏による「ご進講」。

平成と違う、二つのことがあった。一つは、陛下と雅子さまが横並びに座り、お二人と尾身副座長との距離が同じだったこと。美智子さまが上皇陛下の後ろに控える平成のスタイルとは違い、令和のお二人の「対等性」が見えた。

以来、お二人はこのスタイルで「ご進講」「ご接見」を続けている。

もう一つは、この日の陛下の発言が宮内庁HPにアップされたこと。

「この度の感染症の拡大は、人類にとって大きな試練であり、我が国でも数多くの命が危険にさらされたり、多くの人々が様々な困難に直面したりしていることを深く案じています」

といった言葉が、ご進講から2週間以上経った4月28日に掲載された。

前例のないことだったが、続く5月、日本赤十字社の社長、副社長からの「ご進講」での発言も翌日にはHPにアップされ、お二人の言葉も並んだ。雅子さまの発言は陛下の半分ほどの長さだったが、「対等性」をより意識してのお二人の発言の掲載だったと想像する。

が、お二人のコロナ関連の発言が公になったのは、この2回だけ。4、5月は3回、6、7月は5回と「ご進講」「ご接見」の回数は増え、7月など5回すべてがコロナ関連のものだったが、HP上には会った相手の肩書が掲載されるだけだった。

日本中がコロナ禍に覆われている現状を思えば、陛下と雅子さまが国民に直接「メッセージ」を届けてもいいのでは。そう期待する声もある。

子ども対象の基金に5000万寄付

陛下と雅子さま

皇太子時代、陛下と雅子さまは東日本大震災の被災地などお二人で訪問されてきた(2011年4月6日撮影)。

REUTERS/Yuriko Nakao

2011年3月、東日本大震災発生からわずか5日後に上皇さま(当時は天皇)は国民へのビデオメッセージを発表した。地震とコロナは違うという指摘もあるが、エリザベス女王は2020年4月にテレビ演説でコロナと闘う国民を励ましている。

ここで、渡辺さんの話に戻る。渡辺さんの「ご接見」は内閣府から提案された。内閣府「子供の貧困対策に関する有識者会議」構成員の1人ということも理由だろう。さらに、「子供の未来応援基金」が6月に募集した「新型コロナウイルス感染拡大への対応に伴う緊急支援事業」に応募、選ばれたことが大きかったのではないか、と渡辺さんは見ている。

詳しい説明は省くが、陛下はこの基金に5000万円を寄付している。「天皇陛下御即位に際しての賜金」で、同基金とNPO法人「全国災害ボランティア支援団体ネットワーク」にそれぞれ5000万円ずつ賜ったと4月28日、宮内庁が発表している。キッズドアは「困窮家庭の子ども向け学習支援オンライン化の実践とその成果検証事業」で応募、270万円余をもらえることになった。

現場のリアルな状況を知りたい

オンライン授業

学校が一斉休校になったことでオンライン授業に切り替わった学校もある。だが、家庭環境によって結果的に「格差」を産むことにもなった。

GettyImages

渡辺さんは「ご接見」の席で、「陛下からのご寄付も入ったお金で、オンライン授業を進めている」と説明した。事前に提出した資料をもとに活動全般を説明したが、結果的に一番詳しく話したのが、そのことだった。

一斉休校で学習会ができなくなり始め、Wi-Fi環境が整っていない家も少なくない中、家族以外の人とつながれたと喜んでもらえた、現在も学習会を対面とオンラインの両方で実施、基金からの資金でさらに子どもたちに効果的なオンライン学習の支援方法の構築を行う、と。

陛下から、オンラインの弊害として「ゲーム漬け」のような問題はないかという質問があった。

「気を付けながら進めていますが、授業をきっかけにITに興味を持つ子どももいます。プログラマーを目指す子どもが出てきたらうれしいです」

と答えると、

「ああ、そうですね。ITで子どもたちの未来が明るくなるといいですね」

と陛下がニッコリされたそうだ。

終始和やかな雰囲気で、陛下と雅子さまは資料にメモをとりながら話を聞いていた。3団体の代表が説明を終えたところで、同席した内閣府統括官が「お聞きになりたいことがあれば」と水を向けると、お二人は「どうする?」という感じで顔を見合わせた。その様子を「いかにも仲がよさそうでした」と渡辺さんは振り返る。

どんな人が何人くらいボランティアをしているのかなどの質問がまずあり、それが冒頭の「天皇陛下と雅子さまは、現場のことをすごくお知りになりたいのだと思いました」という感想になる。

陛下と雅子さまのジレンマ

天皇即位後初の一般参賀の様子

新天皇即位を祝う「一般参賀」(2019年5月4日撮影)。お二人で「令和流」を模索されようとしている。

REUTERS/Issei Kato

陛下からの寄付の話を話題にしたのは、最後だった。雅子さまから

「(コロナ後は)どういう社会になると思いますか、そのために何をしたいですか」

と質問があった。渡辺さんは

「陛下からのご寄付も入ったお金でオンライン授業をしっかり進め、新しい教育のモデルとしたい」

と答え、

「(寄付のことを)子どもたちにも伝えたいと思います」

と続けた。

渡辺さんは「『寄付の話はしないでください』とおっしゃるかもしれない」と思いながら話したそうだ。お人柄から、遠慮されるかもしれない、と。だが、陛下の反応は「ぜひ、お伝えください」だった。驚いて「本当にいいですか」と確認してしまった。「ぜひ、どうぞ」と返ってきたので、

「陛下と雅子さまが応援してくださっていると知ったら、子どもも親もすごく心強いのでしっかり伝えたい」

と答えた。つながっていると思うだけですごく喜び、励まされますから、と。渡辺さんにはお二人の子どもを思う気持ちがひしひしと伝わると同時に、「本当なら直接、励ましたいという思い」も強く感じられたそうだ。

渡辺さんが語る陛下と雅子さまから、お二人のジレンマのようなものが伝わってくる。外に出られないということは実態がわからないだけでなく、国民との絆が弱まることも意味する。どのように、自分たちの思いを伝えるべきか。お二人は悩んでいらっしゃることだろう。

「もっと具体的なお話を」と宮内庁

2019年8月15日

政府主催の全国戦没者追悼式に出席された両陛下(2019年8月15日撮影)。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

打開策の一つが、「より現場に近い人に会う」だったのではないだろうか。

6月までの「ご進講」「ご接見」では「組織、または組織をまとめる団体のトップ」「官僚」、または「その両方」を招いていたが、7月になってNPO法人の人を招くようになった。

7月16日に奥田知志さん(NPO法人抱樸理事長)と厚労省局長の「ご進講」を受けたのが始まりで、渡辺さんら3人と内閣府統括官への「ご接見」はその5日後。奥田さんは福岡県でホームレス支援などをしていて、牧師でもある。ミレニアル世代の読者には、「SEALDs」の創設メンバーの1人・奥田愛基さんの父という説明の方がわかりやすいかもしれない。

渡辺さんの話に戻ろう。

「ご接見」終了後に設定されていた記者へのレクチャーについて、事前に侍従との打ち合わせがあった。どんな話をするつもりか聞かれ、「熱心に聞いていただき、ねぎらいの言葉をいただいた」と答えたところ、「もっと具体的なお話をされていいのですよ」と言われたそうだ。「発信に慣れているNPO法人さんには、感じたことを語っていただきたい」「宮内庁とは違う視点でぜひ」といった発言もあったという。

宮内庁とは違う視点。それは侍従の口から出た“本音”、つまり「広報活動支援の依頼」であり、陛下と雅子さまのジレンマそのものだろう。コロナの時代に、どう国民とつながるか。ビデオメッセージを出すのか、出さないのか。お二人にも、宮内庁にも、簡単な問題ではない。

仮に陛下がメッセージを出し、それが国民に届けば届くほど、安倍首相への批判のように取られることはないか。そう考えるのは宮内庁だけでなく、お二人も同様だろう。

上皇さまは2016年、生前退位を強くにじませるビデオメッセージを出した。政権からの目立った反発はなかったが、翌月、宮内庁長官が事実上、更迭されている。

カギとなるのは「お茶目さ」か

最後にもう一度、渡辺さんの話を。「ご接見」の席で渡辺さんは、陛下の「お茶目」を目撃したという。最後に全員で挨拶をし、退出しようというその瞬間、陛下がポケットから缶バッジを出したというのだ。

それは「子供の未来応援プロジェクト」のバッジで、この日の「ご接見」に同席した内閣府統括官が5月に「ご進講」した際、陛下に渡したもの。「ご接見」にあたり、4人はそれを胸につけていった。最後の最後、陛下は「これですよね」と言うかのように缶バッジを取り出して見せてくれた。うれしくて、4人は退席後、小躍りしたという。

渡辺さんのこのお話で、2019年5月1日、令和初日のことがよみがえった。雅子さまと田園調布雙葉学園で小学校から高校まで一緒だったという友人2人が、NHKの特別番組に出演していた。そのうちの1人・土川純代さんが雅子さまのことを「お茶目で、快活で、コロコロ笑い、周囲を朗らかにする」存在だったと語っていた。

陛下と雅子さまは、真面目で努力家同士、似たもの夫婦だと思う。熱心な「ご進講」「ご接見」は実にお二人らしい。加えて渡辺さんが語った「陛下のお茶目」、土川さんが語った「雅子さまのお茶目」。真面目で努力家でお茶目という共通点。

いつ終わるのかまるで見えないコロナの感染拡大だが、お二人が真面目に、お茶目に前を向けば、国民との新しいつながり方も見えてくるのではないか。肩の力を抜いて、前例にとらわれ過ぎず。そこにしか「令和流」はないと思う。

(文・矢部万紀子)


矢部万紀子:1961年生まれ。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、「AERA」や経済部、「週刊朝日」などに所属。「週刊朝日」で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長を務めた後、2011年退社。シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に退社し、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』。最新刊に『雅子さまの笑顔』。

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