画像:パーソルキャリア
入社したばかりの新社会人で4月に転職サービス「doda」に登録した人の数が、この10年間で約26倍になっていることがパーソルキャリアの調べで明らかになった。全世代では10年間でおよそ5倍にとどまり、新卒が突出していることが分かる。
AIの台頭やビジネスのデジタルトランスフォメーション(DX)が叫ばれ、労働市場の変化が加速しているほか、2019年にはトヨタの豊田章男社長が「終身雇用を維持することが難しい」と発信して「あのトヨタですら……」と終身雇用崩壊を決定づけた。
こうした近年の動きが背景にあるとパーソルキャリアは分析し、今の新入社員を、就活時から転職を意識する「転職ネイティブ世代」と名付けている。
Business Insider Japanでも4月に転職を検討する新入社員の記事が反響を呼んだが、転職前提の就職はもはや一つの常識だ。3年内の大卒離職率3割超は、1990年代後半からの長期トレンドだが、さらに決断までのスパンは短くなりつつあるようだ。1年未満ですでに退職を決める20代社員の心境とは——。
「働いている先輩に憧れを全く持てない」
「入社時の期待値とのギャップがあまりに大きかった」と話すアリサさんは、入社3カ月で会社を辞めた。
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「めちゃくちゃ入社したい気持ちにさせられる採用だったんです。でも入ったら、パソコンに向かってひたすら営業する仕事で、数字のためには押し売りもする。入社時の期待値とのギャップがあまりに大きかった」
アリサさん(仮名、26)は2020年、東京都内の人材系ベンチャーを入社3カ月で退職した。
入社前のインターン時の研修は素晴らしく、「人事の人が優秀」だと感じた。内定も無事に出て「ここでなら人を助ける仕事ができそう」。希望にあふれて決めた就職先だった。
しかし実際に働き始めると、そもそも仕事内容も、現場の先輩や上司の様子も、想像したものとは大きく違った。
「2、3年上の先輩を見ても憧れる要素がありませんでした。とにかく競争主義で、ひたすら一番を目指すタイプか、感情を無にして働く人しか生き残れない」
職場は長時間労働で、定時でタイムカードをつけてから深夜まで残業するのが当たり前。アリサさんはもともと、明るくエネルギッシュなタイプだったが、 入社1カ月後の5月の時点で、友人や家族に会うと「顔が死んでいる」と言われた。
「もう少しがんばってみよう」と休み明けになんとか気を取り直して出社しても、気分が沈み込み、涙が止まらなくなる。「まさか自分がメンタルをやられるなんて……」と思いながらも、とうとう精神科を受診した。
「このままでは自分じゃなくなる」
医師に休職を勧められた時点で、退職を決意した。
採用激化、激しくなるリアリティショック
新入社員のリアリティショック。もっとも感じたのは「仕事内容や配属について」。続いて「組織の特徴や社風」。
撮影:今村拓馬
新入社員が入社後に違和感や不安を覚える現象は「リアリティ・ショック」と呼ばれ、人事の現場ではよく知られている。理想と現実のギャップを感じる体験は、多くの人に覚えがあるだろう。
では実際に、今の20代はどんなことにギャップを感じるのか。
2019年以降の新卒社員の口コミを分析した、就職・転職プラットフォームを運営するオープンワークの調査によると、もっともギャップを感じたのは「仕事内容や配属について」53%。続いて「組織の特徴や社風」46%、「環境やキャリア開発」43%がトップ3だった。
2019年以降に投稿された新卒社員による「入社ギャップ」にまつわる口コミを分析。
出典:オープンワーク
オープンワークに寄せられた実際のクチコミを見てみよう。
「外から見たイメージは風通しが良さそうで、ボトムアップ経営が取り入れられているように見えるが、実際はトップダウン経営。幹部の一声で、会社の方針が急転換することも」(プロジェクトマネジャー、男性、通信業)
フラットなベンチャー気質の会社と思って入っても実際は、タテ型組織…というケースは珍しくない。
「社風をもう少ししっかり確認しておくべきだった。体育会系や社内政治が辛い方や、向上心のある真面目な方はあま り入社を勧められない会社である。 歓迎会や送別会が非常に多く、いい意味では人を大切にしているとも言えるのだ が、参加しないと若干肩身が狭く感じるところがある」(システムエンジニア、女性、ソフト開発)
「人を大切にする会社」と入社時に思った点も、働き始めてみれば社内行事が多く、上司からのしばりが強いとも。
日本は超少子高齢化で若手人材の採用競争は激化している。
コロナ禍で一部の業種に採用抑制の動きはあっても、慢性的な若手人材不足に変わりはない。優秀な人材を求めて人事がしのぎを削るあまり、冒頭のアリサさんのケースのように「採用時のイメージと入社後の現実のギャップがあまりに大きい」と戸惑う若手は少なくない。
こうした「違和感」「リアリティショック」に対して、終身雇用前提の社会であれば、「現実に慣れていく」「我慢して折り合いをつける」選択肢が圧倒的だった。
しかし現在は、そうやって数年をなんとかやり過ごす気持ちになれないのも無理はない。
日本の低成長時代がもたらした、雇用の変化があるからだ。
終身雇用崩壊と即戦力求めるジョブ型シフト
コロナ禍の打撃で赤字リストラが進み、2020年の早期退職募集は急増した。
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まず、すでに終身雇用の崩壊は明白だ。
増加。東京商工リサーチによると、2020年に早期・希望退職を募集した上場企業は93社で、前年比2.6倍に急増。リーマン・ショック直後に次ぐ高水準だ。
また、このところ日系企業でも、職務を明確にして、年齢や年次を問わずに適切な人材を配置する「ジョブ型」がこぞって取り沙汰されている。
背景には従来日本企業がとってきた、新卒一括採用で自社で人材育成する「メンバーシップ型」の限界がある。
DXが進み、技術の変化も激しい時代には、新卒一括採用で自社育成するよりも、「ジョブ型」形式で、専門能力のある人材を社外から中途採用する方が、話も早くコストも圧縮できる。
このように、終身雇用の崩壊に加え、即戦力としての高い専門スキルが求められる「ジョブ型シフト」を目の当たりにする20代が、「辛い思いを押し殺して働くくらいなら次へ」「成長できないと感じれば辞める」選択をするのは自然な流れと言える。
ますます早まる決断のスピード
「1社目の選択は全く間違っていなかったし、仕事が嫌だったわけではありません。むしろ感謝している。ただ、もともとずっとそこで働くつもりはなく、基礎を学べたので、次のステップを学べる環境に移りました」
老舗メーカーを1年で退職して、同じ業界の同業他社に転職した男性(24)もそう話す。
若手社員が「次のステップに行く時期」と感じるまでの時間は圧倒的に短くなっている。そもそも「次に行くことを考えて1社目を決めている」とも言える。
それは変化のスピードが加速し、産業の寿命、企業の寿命が短くなっている現実を肌身で感じているからに他ならない。
こうした流れで転職情報市場は拡大し、「転職情報」自体が10年前に比べて、圧倒的に増えていることも当然、背中を押しやすい。
「命を削るビジネスモデル、時代と逆行」
今の20代を取り巻く経済環境、雇用市場が上司や親世代が20代だった頃とは、全く変わってしまったのだ。
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一方、こうした現実に、戸惑いを感じているのはむしろ上司世代かもしれない。
現代は同じ企業、同じ社会の中で、経済成長期の名残りも強い世代や、バブル期を体感した世代、非正規雇用が増えた氷河期世代が「転職ネイティブ世代」と共生している。
まとまった退職金を目標に「定年まで逃げ切る」発想の上司が、「入社後ギャップがあるのは仕方がない」「石の上にも3年」などと言ったところで、全く違う経済環境、世界線を生きる今の若年層は「話が通じない……」と感じるだろう。
転職サイトへの登録が早まり、長い下積みを若年層がもはや受け入れようとしないのは、現代の若者に我慢が効かなくなったのではない。経済環境、雇用市場が上司や親世代が20代だった頃とは、全く変わってしまったのだ。
冒頭のアリサさんは現在、もともと興味のあった食品系のベンチャー企業で、企画開発担当として働いている。
今は「仕事が人生の8割を占めるくらい打ち込んでいるけれど、毎日が楽しいです」。長時間労働でなくても、ビジネスとしても結果が出せている。
「前職の会社は急拡大を急ぐあまりに、現場が疲弊していました。誰かが命を削らなければ回らないビジネスモデルは、時代に逆行していると思います」(アリサさん)
(文・滝川麻衣子)