「ゆるい大企業」を去る若手たち。ホワイトすぎて離職?働きやすいのに“不安”な理由

ビルの前に立つ人。

「若手社員の離職が増えている」と危機感を募らせる大企業の人事担当者は少なくない(写真はイメージです)。

撮影:今村拓馬

「若手の離職率がどんどん上がっている。しかも、社内では優秀とされる若手が辞めるケースも多くて、離職のアラームを察知できない」(小売大手の人事担当者)


「社内のキャリアコンサルタントへの相談件数は、20代の若手社員が特に増えている。仕事を覚えるのに必死なはずの若手社員が、キャリアに悩むなんて……」(情報通信企業の人事担当者)

こう嘆くのは、新卒採用では高い倍率を誇る大企業の社員たちだ。

高い倍率を勝ち抜いて大企業に入社した若手社員の間で、早期離職が増えているというという話をよく聞くようになった。

若手の離職と言えば、長時間の残業やパワハラが横行する「ブラック企業」が頭に浮かぶ。一方、大企業では、労働時間の縮減とコンプライアンスが徹底されている。

ではなぜ、若手社員は職場を去るのか?

リクルートワークス研究所が大企業に勤める新入社員らを対象にした就労状況定量調査(2021年11月インターネットで実施、サンプルサイズ2680)などのデータを分析すると、「ゆるい職場」が、その一因になっている可能性があることが明らかになってきた。

労働時間は大幅に減少

入社年代による週の労働時間の比較。

入社時期が最近になるほど、残業時間は短くなる。対照群として就業年数4-6年、8-12年、18-23年を同様の条件で聴取している(サンプルサイズ1713)。

出典:リクルートワークス研究所「大手企業新入社会人の就労状況定量調査」(2021)

まずは、大企業における新入社員期(入社1年目)の労働実態からみてみよう。

1週間の労働時間をみると、1999-2004年卒は「49.6時間」だった。その後は徐々に減少し、2010-2014年卒では「46.8時間」、直近の新入社員(2019年卒〜2021年卒)では「44.4時間」となっている。

労働時間は着実に減少しており、月の残業時間に直せば、おおむね45時間だったものが、20時間ほどになっている計算だ。

また労働時間だけでなく、仕事の負荷感についても、量(仕事量)・質(仕事の難易度)・関係性(人間関係のストレス)すべての負荷が低下傾向にあった

叱られたことがない新入社員「4人に1人」

怒る人

上司から叱責されたことのない若手社員も増加傾向にある。

shutterstock

また、叱られたことがない新入社員も急増している。

新入社員期に職場の上司・先輩から叱責される機会が「一度もなかった割合」は、1999-2004年卒でみると9.6%。この割合は入社年が最近になるほど高くなっており、直近の新入社員では25.2%になっている。

叱責さてた人のグラフ

出典:リクルートワークス研究所「大手企業新入社会人の就労状況定量調査」(2021)

職場の風土自体も急速に改善しつつある。「休みが取りやすい」や「副業や兼業をする人に肯定的な職場である」、「失敗が許される職場である」などと回答する割合は、直近の新入社員が最も高かった。

このように、現代の職場環境は「ゆるくなっている」と言えるだろう。

グラフ

「休みがとりやすい」「失敗が許される」など、働きやすさは高まっている。

出典:リクルートワークス研究所「大手企業新入社会人の就労状況定量調査」(2021)

不可逆な職場の変化が起こった

夜のビルと歩くひと。

「ゆるい職場」の広がりには、「ブラック企業」の是正が大きく影響している。

撮影:今村拓馬

ではなぜ大企業を中心に「ゆるい職場」が広がっているのか?

それは、職場運営に係る法律が変わったことに起因する。

2013年に「ブラック企業」がユーキャン新語・流行語大賞トップテンとなり話題となり、これを受けて政府が対応。2015年には若者雇用促進法が施行され、採用活動の際に自社の平均残業時間などを公表することが義務付けられた。

2019年には働き方改革関連法により労働時間の上限規制が大企業を対象に適用され、2020年にはパワハラ防止法も施行された。

「ゆるい職場」へ変化した背景には、若者が過労自殺をするような痛ましい事件もあった。日本が「パワーハラスメントを許さない社会」に変わり、法律をも変えてきた過去は決して忘れてはならない。

「ゆるい職場」で醸成される焦りと不安

職場環境も改善され、風通しも良い——。

「それなら良いことずくめではないか?」と筆者も思っていたのだが、実は調査によって大きな問題点が明らかになってきた。

「ゆるい職場」で若手社員の「不安」が高まっているのだ。

前出の調査のストレスに関する質問では、新入社員の75.8%が「不安だ」と回答しており、1999年卒以降の社員の新入社員期と比べると、むしろ微増の傾向がみられる。

グラフ

労働環境は改善しているのに、「不安」を感じている若手は増えている。

出典:リクルートワークス研究所「大手企業新入社会人の就労状況定量調査」(2021)

この「不安感」を深堀りすると、興味深いことが分かる。

直近の新入社員の48.9%が、「自分は別の会社や部署で通用しなくなるのではないかと感じる」と回答していたのだ。

確かに筆者が実施したインタビューでも、

「社外で通用しなくなるのでは、と思っていた。会社の人間関係が良いので居心地は良いが、本音ではこのままではまずいと感じている

と話す新入社員がいた。

キャリアモデルが不明確な時代を渡り歩くために必要な成長欲求の高まりに、「ゆるい職場」は応えられていないのかもしれない。

不安の背景に「社会的な活動」の経験

若者の写真

若手社員の多くが大学時代に「社会的な経験」を積むようになっていている(写真はイメージです)。

撮影:今村拓馬

「ゆるい職場」で感じる若手の「不安」を加速させていると考えられる“ある要素”も見つかった。

それが、入社前の社会活動経験だ。

今回の調査では、「長期のインターン」や「起業や法人設立の経験」など、生徒・学生時代に外の社会とつながる経験の有無を聞いた

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「出典:リクルートワークス研究所「大手企業新入社会人の就労状況定量調査」2021」

過去と比較すると、この経験量は徐々に増えている。

1999-2004年卒では全く経験がない割合が53.5%と過半数を占めていたが、2019-2021年卒では27.5%まで減少。全体的に経験数が増えている

キャリア教育やPBL(地域社会や企業が直面する課題を題材に行う学習)などの浸透で、社会との接点を持つ学生が増えているということだ。

ポイントはここからである。

この入社前の社会活動経験によって職場や仕事への向き合い方が違うようだ。

会社への評価は、社会活動経験が多ければ多いほど高くなっていく傾向がある。2019-2021年卒では、社会活動経験が「全くない」と回答した新入社員グループだと10点満点中5.8点、そこから社会活動経験の回数に応じて会社への点数は上昇し、「多数」と回答した新入社員のグループでは6.9点であった。

さらに、自分のキャリアや仕事へのエンゲージメントについても、社会活動経験が増加するにつれて高まっていく関係が見られている。

活動経験が多いほど「不安」

注目したいのは、職場環境を「不安」に感じているのも、入社前の社会活動経験が多かった層だということだ。

社会活動経験が「全くない」新入社員では26.2%が「不安だ」と回答していたが、「多数」の新入社員では41.9%に上っていた

離職率についても、活動経験が多い新入社員が非常に高い。「全くない」が11.7%にとどまる一方、「多数」では25.4%となっていた。

離職率

社会的な活動が多かった若手ほど、離職率が高い。

出典:リクルートワークス研究所「大手企業新入社会人の就労状況定量調査」(2021)

在学中から社会的活動を多く経験してきた若手が、「ゆるい職場」の中で、より一層「会社は満足できるが、不安」という状況になっていることが示唆されている。

「学生時代にできたようなわくわくする経験が、入社した今の職場ではできないかもしれない」——

そんな声が聞こえてくるようだ。

変わったのは「若者」だけではない

夜のビル群。

企業側も「ゆるい職場」での若手育成の方法を考え直す必要がある。

撮影:今村拓馬

「ゆるい職場」と若手のデータは、企業と若手双方が考え直さなくてはならないポイントを浮き彫りにする。

若手社員に求められるのは、「会社・職場が育ててくれる」というこれまでの常識ではなく、「自分が会社・職場を使って育つ」という発想の逆転だ。職場外でのアクションも含めて職場を生かして自らを育てる姿勢がどうしても必要になるだろう。

また会社側には若手社員の育成方法の見直しが求められる。

従来のような長時間のOJTで育てるアプローチがなくなった現状を放置しておけば、入社後の若手間での経験・スキル・ネットワークの差が開いていく可能性が高い。若手が自ら育つことをいかにサポートできるのかが重要になるだろう。

いずれにせよ、今私たちが認識しなくてはならないことは、「若手も変わっているが、大人(職場)側も急激に変わりつつある」という現下の特異性である。

「新人類だから…」「ゆとり世代だから…」「Z世代は…」という話は、これまで何度も繰り返されてきた。

だが、若者の変化だけを論じる“若者育成論”の枠を越え、職場の中で若者の成長を促す手立てを考えなくてはならない。

多様な若手が活躍できる職場の未来を作るために、職場と若者の新しい関係性が求められている。

(文・古屋星斗、編集・横山耕太郎


古屋 星斗(ふるや・しょうと):リクルートワークス研究所研究員。2011年一橋大学大学院社会学研究科修了、同年経済産業省に入省。産業人材政策、福島の復興支援、「未来投資戦略」策定等に携わる。2017年より現職にて、学生・若手社会人の就業行動や価値観の変化を検証し、次世代社会のキャリア形成を研究する。一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。

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