あなたの人脈はビジネスに“生きて”いるか。入山章栄に聞く「弱くて強い結びつきの価値」

ビジネスパーソンにとって人脈を築くことは重要な能力の一つであると昔から言われてきた。最近になってさまざまな表現に言い換えられてはいるものの、人と人とのつながりが大切であるという本質自体は変わっていない。

早稲田大学ビジネススクール・入山章栄さん

入山は、かつての日本企業にあった「強い結びつき」から「弱い結びつき」をどれだけ持てるかが、イノベーションの鍵だという。

いや、むしろその重要性は増しているとさえ言えるだろう。例えばロンドン・ビジネス・スクール教授のリンダ・グラットンはベストセラーになった著書『LIFE SHIFT』の中で、人的ネットワークを人生100年時代を生き抜くために不可欠な無形資産の一つと位置付けている。

この時代に人脈の重要性が増しているとされるのはなぜか。どうやって理想的な人脈を築けばいいのか。最先端の経営理論に明るい早稲田大学ビジネススクール准教授の入山章栄に、世界標準の人脈の作り方を聞いた。

イノベーションに不可欠な「弱い結びつきの強さ」

Business Insider Japan(以下BI):いま、人脈の重要性が強調されるのはなぜでしょうか。人的ネットワークがビジネスにもたらす価値について教えてください。

入山:日本ではあまり知られていませんが、ネットワークに関する研究はsocial networksといい、海外ではかなり進んでいて、精緻なデータ分析などの科学的手法により「人はどういうネットワークを持つと成功しやすいか」などについて、かなりの部分が分かってきています。中でも特に重要とされるのが、「弱い結びつきの強さ」(strength of weak ties)と「ストラクチュアル・ホール(構造的な隙間)」(structural holes)という2つのネットワーク理論です。

BI :順番に詳しくお聞きしたいです。まず「弱い結びつきの強さ」から。

入山:人は、強い人脈以上に弱い人脈を多く持っている方が得なことがあるという考え方です。スタンフォード大学の社会学者マーク・グラノベッターが1973年に論文で発表して以来発展してきた理論で、いまでは経営学の世界で常識中の常識になっています。

BI :弱い人脈とは?

入山:一般に、接触回数が多い、一緒にいる時間が長い、情報交換の頻度が多いといったような関係が「強い人脈」。その逆が「弱い人脈」です。親友は強い人脈、ただの知り合いは弱い人脈ですね。

例えば、AさんとBさん、AさんとCさんがともに親友同士だと、BさんとCさんも自然とつながりやすくなります。すると、A-B-Cの間で三辺の完成した三角形が完成することになる。この完成された三角形を含む形で拡張したネットワークが、強い人脈からなるネットワークです。

対して、AさんとBさん、AさんとCさんがともにただの知り合いだと、BさんとCさんはつながりにくくなります。すると三角形は完成せずに、一辺が欠けたままになる。この一辺が欠けたままの三角形を含む形で拡張したネットワークが、弱い人脈のネットワークです。

強い結びつきと弱い結びつき

強い結びつきと(左)と弱い結びつき(右)。弱い人脈の方が情報伝達ルートに無駄がなく、また遠くに伸びやすいので様々な知見・情報が遠くから入ってくる。

提供:入山章栄氏

BI :強固な人脈の方が良さそうにも思えるのですが、弱い人脈の方が得だというのはなぜでしょうか?

入山:ビジネスをする上で人脈がなぜ重要かといえば、それはそこから情報を得るためですよね。そしてそのためには、弱い人脈のネットワークの方が効率がいいのです水道管に水を流すことをイメージしてもらうと分かりやすいかと思いますが、図を見ても明らかなように、強い人脈は情報の伝達ルートが多いので、情報が効率よく伝わりません。一方、弱い人脈は伝達ルートが限られているので、情報が無駄なく伝わるんです。

また、「弱い」ということは簡単につながれるということですから、ネットワークが遠くまで伸びやすいという側面もあります。つまり、弱い人脈の方が、自分がそれまで持っていなかったような多様な知見や考えを効率的に受け取ることができるのです。

多様な考えに触れることは、イノベーションのためには不可欠です。というのも、「イノベーションは、既存の知と既存の知との新しい組み合わせから生まれる」ことが分かっています。これはジョセフ・シュンペーターが「新結合」(new combination)という名で80年以上前から主張しているイノベーションの原理です。

しかし、狭いところにしか知り合いがいないと、すでに試した組み合わせばかりで、新しい組み合わせが残っていません。一方、弱い人脈は遠くの幅広い人とつながれるので、いろいろな考えが入ってくるため、新しい組み合わせが起こりやすくなり、結果的にイノベーティブになれるんです。

BI :強い人脈の方が優れている点はないのでしょうか?

入山:どんな創造的なアイデアも形にできなければ意味がないわけですが、「アイデアを形にする」フェーズでは、強い結びつきの良さが生きてきます。社内でアイデアを実行するのには稟議書を通すなどする必要がありますが、そのためには強い信頼関係が前提になります。つまり、実行段階では社内の強い結びつきが必要だということです。

1980年代後半から1990年代にバブルが弾けるまでは、日本企業はどちらかというと欧米にキャッチアップするフェーズにあったため、イノベーションはそこまで必要ありませんでした。だから、家族経営、新卒一括採用、終身雇用による強い結びつきだけで問題がなかったんです。

しかし、いまの日本経済は頭打ちなので、企業・人が新しいことに取り組まなければ、さらなる成長は望めません。特に、既存の企業が新しいことをやろうと思ったら、弱い人脈を作ってさまざまな情報を取り寄せ、それらを新しく組み合わせることでクリエイティビティを伸ばす必要があるということです。

ネットワークでは誰が一番得をするのか

BI :もう一つの「ストラクチュアル・ホール」理論についてもお願いします。

入山:こちらはシカゴ大学のロナルド・バート教授が提唱したもので、要はネットワークのどこに位置する人が一番得をするか、という話です。

ここでまた別の図を見ていただきたいのですが、このネットワークにおいて、最も得をするのは矢印の部分の人だというのが、この理論の考え方です。

ストラクチュアル・ホール

もっとも情報が集まりやすいのは、左側と右側のネットワークをつなぐポジション

BI :なぜそう言えるのでしょうか?

入山:こうした状態にある場合、図の左側のネットワークの人と右側のネットワークの人のどちらが情報を発信したとしても、それがネットワーク全体に波及するには必ず一度、情報は矢印の場所を経由しますよね。

つまり、そのポジションこそが、最も情報が集まりやすい場所ということになります。ここにいる人は情報の流れをコントロールして止めることも、フィルタリングすることもできる。その結果、ここに位置する人にもっとも情報が集まる。経営学では様々な統計分析の結果、この位置の人が最も高い給料を得やすく、出世しやすいことも、研究で分かっているのです。また、知と知の新しい組み合わせが起こりやすいのもこの位置なので、さまざまな新しい事業機会を見つけやすいのもこのポジションです。

日本の商社もかつてはこの位置にいたのですが、取引企業同士が直接つながれるようになったことで、そのアドバンテージが徐々に失われてきています。ここから商社が復活するのには、新たなストラクチュアル・ホールを作る必要があるということです。

BI :ストラクチュアル・ホールは意図的に作ることができるということですか?

入山:私は作れると思っています。そのために必要なのが「境界を超える」という考え方です。

組織と組織の間や、大きな会社だと部門と部門の間には境界があり、境界の中に重層的なネットワークが形成されているわけですが、その境界を一歩超えて、全く知らない会社・業界・部門とつながることで、その人はネットワークのハブの位置に行くことができるんです。すなわち、ストラクチュアル・ホールの位置です。

早稲田大学ビジネススクール・入山章栄さん

シリコンバレーに拠点を置くWiLのCEOである伊佐山元くんは、日本のベンチャー業界では有名人で、多くの人材・情報・資金が彼に集まっていますよね。彼は私の古くからの友人ですが、彼はまさにストラクチュアル・ホールの位置にいる人物です。

彼は米国大手ファンドDCMにいた経験から、イーロン・マスクとも交友があるくらい、シリコンバレーと深い関係にあります。一方で彼は日本興業銀行出身でもあるので、日本企業の古くからのネットワークもある。どちらか片方だけを持ったプレーヤーは他にもいますが、両方持っているのは彼くらい。だから、彼のところに情報や人が集まるのです。境界をまたいで両方とつながったからこそハブの位置を手にした好例と言えるでしょう。

人脈は予期せぬ結果でしかない

BI :理想的な人脈のあり方や、そこから得られるベネフィットがどのようなものなのかは分かりました。どうすればそうした人脈が作れますか?

入山:一つ重要なのは、その人の好奇心の強さですね。私の周りにいて、面白い人とたくさんつながっている人は、どの人もデンと構えて待っているのではなく、面白いと思ったらすぐ自分から動くフットワークの軽さを備えています。

こういう話をすると、よく「そのように業界外で相手にしてもらえるのは、その人自身が何かを成し遂げて有名な人だからでは?」と聞かれるのですが、そんなことはないと思います。どんな人にどんな価値があるかというのは、会ってみるまで誰にも分からないものですし、有名だとか社会的地位が高いということに価値があるわけでもない。

雑踏

私が思うに、そういう批判をする人は、単に動かない自分をプロテクトするための言い訳を作っているだけではないでしょうか。「面白そうだ」と思ったらひょいひょいと動いてみるくらいの姿勢でいる方が、得られるものは大きいという気がします。

BI :他にも人脈を作りやすい人の条件はありますか?

入山:これは経営学的な知見というより、私自身の経験則ですが、誰かに興味を持ってもらうためには、「その人自身に人間的な魅力がある」必要があるのではないでしょうか。素敵な人だと思えば人は会いたいと思うものですし、関係を維持したり、人に紹介したりしたいとも思うはずですから。そうすれば自然とネットワークは広がっていくはずです。私自身のことは棚にあげておきますが(笑)。

BI :人間的魅力とは、具体的にはどういうことでしょうか?

入山:一つは、自分にベネフィットがなくても行動できるGiverであることではないでしょうか。いま世界の経営学では、著書『GIVE & TAKE』などで有名な気鋭の若手経営学者アダム・グラントを中心に「プロ・ソーシャル・モチベーション」(rosocial motivation)という概念が注目されています。

これは、自分が何をしたいかではなく、「相手が喜ぶことは何か」という気持ちで動いた方が、結果としてクリエイティブになれるということです。いわゆる、他者視点ですね。

同様に、人脈というのは意図して作るものではなく、そのように利他的に振る舞った末にもたらされる、意図せざる結果なのだと個人的には思います。逆に、自分中心の視点だけで作った人脈は、いつかは崩れますし、ネットワーク上での評判も悪くなり、そのメリットを生かしにくくなります。

オフラインで会ったときにだけ感じられる価値

BI :最後にお聞きしたいのは、リアルに対面することの価値についてです。このようにインターネットが発達していくと、人脈を作るという観点からも、リアルに会うこと、会えることの価値は今後、減っていくと考えられますか?

入山さん

入山:決してそんなことはないと私は思います。これだけインターネットが発達してなお、シリコンバレーの狭いエリアにトップ企業が集積している現実を見れば、それは明らかではないでしょうか。そもそも、シリコンバレーに集積する多くの企業はネット企業なのです(笑)。世界中に情報を拡散しているのに、その本社は非常に狭いところに集積している。このように、物理的距離が近いことの重要性は今後、増していくとさえ考えられます。

BI :なぜそう言えるんでしょうか?

入山:経営学にはリソース・ベースト・ビューという考え方があります。「希少で模倣が難しいものにこそ価値があって、誰もが手に入れられるものには価値はない」ということです。現在はインターネットが発達したことにより、どこでも、誰でも同じ情報にアクセスできるようになりました。ということは、逆説的ですが、「もはやネット上の情報には価値がない」ということなのです。

逆に、これからのビジネスの勝負は、オフラインで人と会ったときにだけ感じることができる空気感や暗黙知、すごく仲良くなって一緒にランチをした時だけ聞ける「ここだけの話」といったものに、どれだけ触れられるかで決まるということになります。

ということは、いままで以上にもっともっと、人と会わなければならないということです。日本でも、イノベーションの担い手であるベンチャー企業が渋谷などの限られた場所に集積しているというのはその表れで、ぶらぶら歩いて、気軽に、リアルに人と会えることこそがとても重要なのです。

(本文敬称略)(撮影:今村拓馬)


入山章栄(いりやま・あきえ):慶應義塾大学大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院でPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授、2013年より早稲田大学ビジネススクール准教授。主な著書に『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』など。

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