9 1990年代、オルタナティブの始まりと終わり

帰ってきた代弁者たち。エモトラップが示す道

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いまアメリカのヒップホップ界では「鬱」が流行している。少し語弊があるかもしれないが、簡単にいえば自殺や友人の死、ドラッグがテーマの鬱的な内容のラップが注目を集め、同時に抗不安薬として使われるXanaxの乱用が問題になっている。今年ヒットした曲をあげてみよう。たとえばLogicの『1-800-273-8255』はアメリカの全国自殺予防ライフラインの協力の元に製作された自殺防止を訴える曲であったり、Lil Uzi Vertの『XO Tour Life3』は自殺を迫ってくる彼女、自身の友人たちの死について歌った曲だった。これらの曲はたまたま同時期にチャートインしたというわけではなく、その他にもXXXTentacionのアルバム『17』は自殺や鬱を中心に歌う内容で話題になり、ケンドリック・ラマーがお墨付きを与えるほどであった。

Video: LogicVEVO/YouTube

そんな状況の中で、Emo Trap(エモトラップ)という新しいヒップホップの形態が産声をあげた。エモトラップは90年代のオルタナティブ/グランジロックを思わせるギターフレーズのサンプルにTrapのビートをのせたサウンド、そして前述した鬱、自殺などがテーマのリリックが特徴だ。前述のXXXTentacionのアルバムもサウンド面では全編アコースティックでロックの影響を感じさせるものだった。

Video: Lil Peep/YouTube

このエモトラップの代表格とも言えるアーティストは、先日亡くなった、ヒップホップ界のカート・コバーンとも呼ばれているラッパーのLil Peep(リル・ピープ)である。彼は抗不安薬Xanaxの使用によるオーバードーズで、享年21歳という早すぎる死を迎えてしまった。皮肉なことに、この事件によりエモトラップはさらに注目を集めることになる。

なぜいまエモトラップが生まれたのか

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Image: Getty Images North America/Getty Images News/ゲッティ イメージズ

そもそもなぜいまエモトラップが生まれたのかを考えてみよう。鬱的な内容のラップ自体は、ヒップホップ界では昔からおなじみであった。過去にはさまざまなラッパーたちが鬱や自殺をテーマにした曲を書いている。また昨今では80年代や90年代のリバイバル自体も特に珍しいことではない。しかし、こういった内容の曲がいくつもチャートに登場し、ひとつのジャンルを形成することはあまりなかったように思う。

このようなジャンルが生まれた背景には、まず現代の若者のメンタリティが関係していると考えられる。USA TODAY,によれば、アメリカ国内では鬱病の増加が関係している。2005年から2015年にかけて、鬱病患者の数は6.6%から7.3%に上昇し、12歳から17歳の間が最も顕著だった。これと重なるように、エモトラップのシーンを作っているのも若いラッパーたちだ。Lil Peepが活動を始めたのは19歳(2015年)のときで、前述したXXXTentacionは現在19歳。彼らは自身の感情をそのままに、鬱々としている若者の気持ちを代弁する者として存在している。

Video: LinkinParkKazakhstan/YouTube

またサウンド面でも新しいものだった。今までヒップホップとロックの融合はいくどとなく繰り返されてきた。Run-D.M.C.にはじまり、Limp Bizkit(リンプビズキット)やRage Against The Maschine(レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン)といったミクスチャーロック、Jay-Z(ジェイJ)とLinkin Park(リンキン・パーク)のコラボなど、さまざまな試みが行なわれている。なかでも、もっともうまくいったのはミクスチャーロック/ラップメタルという形だろう。これはその名の通り、ヒップホップのサブジャンルというよりは、ラップという要素をロックに追加したものだった。いっぽうエモトラップは、ギターのサンプルをメインにおきつつも、Trapという強力なヒップホップサウンドを取り込んでいる。エモトラップがなぜオルタナティブ/グランジのサウンドを選んだのかは、先ほどのメンタリティが関係しているだろう。

ヒップホップ自体はもともとパンク的な要素を持っていたが、最近ではメインストリーム化し、ポップス化し商業的な側面が強くなった。いっぽうロックは90年代のグランジ以降、2000年代に入ってからは時間が経つにつれヒップホップやEDMのメインストリーム化に押され影を潜めてしまう。そんな現代において、メインストリームの音楽は、若者にとっては着飾られた夢のような世界であるいっぽう、虚構のようにも感じられていたように思う。エモトラップを牽引していたLil Peep自身はインタビューで、My Chemical Romance(マイケミカルロマンス)やPanic! at the Disco(パニックアットザディスコ)など2000年代初頭のロックの影響を受けていると語っているが、彼の曲のサウンドは90年代のオルタナティブ/グランジロックを連想させ、彼自身もカート・コバーンを意識しているようだ。これはそういった虚構と自らの内面性の乖離をなくした音楽を想像する手段として、90年代生まれの自らのルーツを示しながら、伝説的なアーティストをみずからの姿に重ね合せたのかもしれない。

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Image: PureRadiancePhoto/Shutterstock

アーティストの音楽性と直結した死

そんなLil Peepは、先日オーバードーズで亡くなった。生前彼は、PitchfolkのインタビューやSNS上で鬱病であることを告白し、薬の使用も公表していた。ヒップホップ界のカート・コバーンと評されることもあった彼は、まさに自らの音楽性と直結した死を迎えてしまったのだ。

時としてアーティストは、ありのままの姿、ときにはドラッグを摂取するようなライフスタイルを「かっこいいもの」として認識させ、リスナーの人気を得る。しかしそれが行きすぎると、アーティストは本来あるべき姿に対して盲目的になってしまう。実際にLil Peepに魅せられたファンの中には、その歌詞だけでなく、ドラッグを摂取する姿を含めて、崇拝していたファンもいるはずだ。

それこそカート・コバーンは鬱々として、ドラッグをやっていそうな眼光でリスナーを魅了したが、最後には自分の頭を打ち抜いた。また90年代にチョップド・アンド・スクリュー(既存の曲のBPMを極端に下げるミックス手法。ドラッグとして乱用されている咳止め薬コデインを摂取したときに快感を得られやすいことを目的に作られた)というヒップホップのジャンルを築いたDJ Screwは、コデインの大量摂取によって亡くなっている。自らの作りあげた音楽によって、死に追いやられてしまうアーティストは過去にも存在していたのだ。

Video: Stephen G/YouTube

Lil Peepは、死の数時間前にはInstagramにドラッグと思われるものを摂取する写真を上げている。

彼の死に際し、マネージャーが「(死を知らせる)電話を1年の間、予期していた」というツイートが一部から「予期しているのならばなぜ止めなかったのか」という批判を呼んだ。

その批判の意図はわかるが、単純に「ドラッグはいけない」といってしまうことは無責任なようにも感じる。彼は「これはプロレスのようなものだ。誰もがキャラクターでなければならない」とピッチフォークのインタビューで語っていた。Lil Peepの音楽性、ファッション、薬物、自殺願望など、さまざまな要素を含んだキャラクター像は彼自身、そしてファンが作りあげたものなのだ。だからこそ彼の死は、Lil Peepというキャラクター像をある意味では完結させてしまったのかもしれない。

エモトラップが進む道

Lil Peepの死によってエモトラップは以前より世間に認知されるようになった。その様相からグランジとエモトラップには類似性を感じるが、現時点での大きな違いはまだエモトラップがそこまで世間に浸透しておらず、オルタナティブであることだろう。グランジは人気絶頂を迎えた後にカート・コバーンの死を経たことで衰退したが、エモトラップはまだ広く人気を得ているわけではない。エモトラップがエモトラップを維持するためにオルタナティブな必要があるのかはわからないが、90年代を知らない若者にとってはまったく新しい音楽としてオルタナティブ/グランジロックと同じように享受されるのだろうか。

また彼の死によって抗不安剤Xanaxとの関係性を見直そうという動きが起きている。Xanaxを使用しているラッパーは数多く、先にも名前を上げたLil Uzi VertやXXXtentacionも使っていたようだ。Lil Uzi VertはTwitterで「Xanaxをやめる」という決意を表明し、XXXtentacionは「#stopdoingxanax2017」というハッシュタグを作り、使用を控えるよう呼びかけている。

自殺や死といったテーマが多いエモトラップが、そのメッセージ性をネガティブではなく、ポジティブに向ける動きは、Lil Peepが生前語っていた「自分の曲で人を助けたい」という目的を純粋な形で達成してくれるだろう。EmoTrapはまさに現代の若者が抱える憂鬱さを代弁するために生まれた音楽だ。今ではなかなか見れなくなってしまったヒップホップやロックの精神性をリバイバルした姿には、やはりエモさを感じてしまう。

Video: Lil Peep/YouTube

皆さんにとっての「現在90年代を象徴するもの」を教えてください。TwitterもしくはInstagramで「#90年代オルタナの生と死」でハッシュタグ付きで投稿してください。特集期間中、FUZEがピックアップして定期的に再投稿していきます。

Image: Pascal Le Segretain/Getty Images News/ゲッティ イメージズ, Robert Mora/Getty Images Entertainment/ゲッティ イメージズ, PureRadiancePhoto / Shutterstock.com

Source: USA TODAY, Pitchfolk, The Ringer(1, 2), New York Times, Genius, YouTube(1, 2, 3, 4, 5, 6), Twitter

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