REPORT:AUTOSTADT at VolksWagen

フォルクスワーゲングループのテーマパーク「アウトシュタット」を訪れた

「ディーラーではなく、工場から直接の納車体験をしてみたい」。顧客の願いに応えるべく、フォルクスワーゲンが2000年にドイツの本社工場隣に作った自動車のテーマパーク「アウトシュタット」。オープンから18年を経た「アウトシュタット」を藤野太一が訪れた。 文・藤野太一 写真・藤野太一、VolksWagen AG. 編集・iconic
フォルクスワーゲングループのテーマパーク「アウトシュタット」を訪れた
東京ドームの5つぶん以上の広さ

「アウトシュタット(AUTOSTADT=自動車の街)」は、ドイツ北部の町、ウォルフスブルグにあるVWの本社工場に併設された自動車のテーマパークだ。VW AG の元会長Dr.ピエヒは、地元の活性化、顧客接点の強化のためにこの施設の建設計画を決定、2000年、ハノーファー万国博覧会エキスポの開催にタイミングを合わせて開業した。

フォルクスワーゲンを製造しているウォルフスブルグという町をもっと身近に感じてもらうこと。そしてお客様とのつながりをより強くすることが使命です」。広報担当のベアーテ アルテンホフ・ウルバニアクはアウトシュタットの存在意義をそのように語る。

アウトシュタットには主にふたつの役割がある。ひとつは顧客にクルマを納車するピックアップセンターであること。もうひとつが、VWグループの各ブランドや自動車の歴史について学びや体験が得られることだ。オープンから18年を経て、いまでは1日平均6000人の見学者が訪れ、500台の納車式が行われる観光スポットになっている。

玄関口となるグループフォーラム(KonzernForum)をくぐりぬけると、木々や芝生に覆われた緑豊かなエリアに、モダンなデザインの建築物が点在する近未来的な空間が目に飛び込んできた。まさに街というべきスケールの大きさに思わず息を呑んだ。アウトシュタットは豊かな緑と運河で構成されたウォルフスブルグの町を模したものだという。たとえクルマに興味がなくても、建築物を見ながら散策するだけでも楽しめる。

納車前のクルマを駐車するカータワーズ。右手にあるのが納車式を行うカスタマーセンサー。
カータワーズの内部。20階建てで高さ48m、一塔あたりの収納数は約400台で計800台が納められている。タワー内部は見学が可能だ。
映画『ミッション・インポッシブル』では、このカータワーズをモチーフにして同様のものが作られたという。
タワーの頂上からの眺め。4本の煙突をもつ発電所の手前に見える馬蹄形の建物がザ・リッツ・カールトン ヴォルフスブルク。
アウトシュタットのエントランスとザ・リッツ・カールトン ヴォルフスブルクをつなぐ道には、数10mおきに、さまざまな国や年代の道が再現されている。手前に見えるのは馬車時代のもの。

総面積は約25万㎡で、東京ドームが5個つくれるほど巨大だ。VWグループ傘下の「VW」、「プレミアム(ブガッティベントレー)」、「シュコダ」、「セアト」、「アウディ」、「ランボルギーニ」、「ポルシェ」、「VW商用車」のパビリオンが点在し、歴史的な名車をテーマ毎に展示する自動車博物館「タイムハウス(ZeitHaus)」もある。

アウトシュタット内を歩いていると、建物には看板やブランドロゴが一切掲げられていないことに気づく。「ここでは個別のブランドをアピールすることが目的ではありません。建築物も含めて世界観を演出しているのです」と説明してくれた。

その言葉をうけ、先入観をもつことなくそぞろ歩きをし、ふと気になったパビリオンに足を踏み入れてみた。ネタバレになってしまうので詳細な解説は避けるが、単なる車両展示ではないユニークな試みがいくつも見られた。入場者の平均滞在時間は6〜7時間というが、ひとつひとつをじっくりと味わっていたらそれでも足りないはずだ。

パビリオンの奥には全面ガラス張りの大きな二つの塔がそびえ立つ。アウトシュタットのシンボルともいえる「カータワーズ(CarTowers)」だ。太陽光をうけてギラギラと光り、遠くからだと中の様子が伺えない。一塔あたり約400台の車両を収納できるタワー型駐車場で、工場と地下道で直結している。納車90分前になると、ここから納車式が行われるカスタマーセンターへと自動搬送される仕組みだ。

カータワーズは当初、納車前の一時格納庫として機能していたが、見学を希望する声が多く、2007年に見学用のエレベーターが設置された。20階建て、約48mのタワー頂上は、周囲を一望できる絶景ポイントだ。ウォルフスブルグの町はほとんどが平地だが、一カ所だけ丘陵地が見えた。広報担当氏が「フェルディナント・ポルシェ博士はタイプ1(のちのビートル)を開発する際、登坂能力を試験するためにあの丘の上に実験室を作ったのです」と教えてくれた。ビートルの後継として1974年に初代ゴルフが誕生し、7世代にわたってゴルフはいまもウォルフスブルグで生産されている。

自動車博物館「タイムハウス(ZeitHaus)」は、まるでショーケースのような佇まい。
自動車博物館には、VWに限らず歴史的な名車が展示されている。
VWのパビリオン。ロゴなどはどこにも掲示されていないシンプルなデザイン。訪れた時は、電気自動車「I.D.」ファミリーに関するものを展示していた。
最新となる8つめのパビリオンはポルシェ。まるで現代アートのような建築だ。
歴史ある建築物が最先端な工場

アウトシュタットを訪れたならば、予約制の工場見学プログラムに参加したい。50を超えるホールに分かれた巨大な工場で、見学コースは6kmにもおよぶため、VWゴルフを改造した特別なカートに乗って案内される。

工場のシンボルは4本の大きな煙突を備えた火力発電施設だ。隣接する工場建屋とともに、文化遺産に指定されており外観に手を加えることは許されていない。発電施設内部は4機のうち2機で、天然ガス発電への切り替え工事を行っており、将来は4機すべてがそうなるという。とても歴史を感じる場所だ。

工場内部の壁や梁には第2次世界大戦で受けた空襲の痕などが残っていた。一方で生産設備はドイツ産業界が生産工程のデジタル化によって効率を高め、コスト削減を推進する「インダストリー4.0」を具現化したものだ。車体骨格を組み上げる工程の90%は自動化されており、塗装工程もほぼ同様。トータルで6000体のロボットが稼働していた。外観は文化遺産でありながら、中身は最新の生産ラインを備えている、実にドイツらしい組み合わせだ。

アウトシュタットでもうひとつ注目すべきは、敷地内にホテル「ザ・リッツ・カールトン ヴォルフスブルク」を併設することだ。納車を控えた購入者は、アウトシュタット見学を終えると、ホテルにチェックイン。夕食はホテル内の3つ星レストランで楽しみ、翌日に晴れて納車され、そのまま初のドライブに出かけるという流れだ。

アウトシュタットのエントランスとなるグループフォーラム(KonzernForum)の内部。大きな地球儀はドイツ人アーティスト、インゴ・ギュンターの作品。床下には自動車生産台数やCO2排出用、軍事力、物流などいろいろな観点からみた地球を、80もの地球儀を使って展示している
アウトシュタットのエントランスとなるグループフォーラム(KonzernForum)の内部。大きな地球儀はドイツ人アーティスト、インゴ・ギュンターの作品。床下には自動車生産台数やCO2排出用、軍事力、物流などいろいろな観点からみた地球を、80もの地球儀を使って展示している
VW本社や工場、アウトシュタットなどの全景。完全に一つの街である。
運河沿いにつくられた工場。鉄道も並走しており、船、列車、トラックをフル稼働し、ジャストンイン・タイム、ジャストイン・シークエンスを可能にしている。
車体骨格をつくるボディショップは90%が自動化されており、人の姿はほとんど見かけない。
ボディとシャシーを接合する、通称マリアージュ(結婚)と呼ばれる工程。
アッセンブルラインでは、クルマの下に人が潜るのではなく、人にあわせてクルマを傾ける。人間工学に基づいた工夫が随所に見られる。
VWの本社ビル、またテストコースなどもこの敷地内にある。

VWはこの一連のサービスにかかる費用を、ディーラーへの搬送にかかる輸送費の代わりとして充当している(購入車両の価格や搬送距離などによって無料もしくは有料オプションになるケースもある)。購入者はまたとない貴重な体験ができ、ディーラーは輸送費の節約や納車の手間を省けるのだ。

納車式が行われるカスタマーセンターには、たくさんの家族連れがナンバープレートを小脇にかかえてやってきていた。ドイツでは書類の提出のみで事前にナンバープレートが発行されるため、こうしたサービスが実現可能だ。楽しそうに納車説明を受ける家族の姿を見ているだけで、こちらも微笑ましい気持ちになった。もし日本でも同様のサービスが受けられるのなら、それだけで新車を買いたくなるかもしれない。

ここでは、本当にたくさんの子供たちの姿を目にした。クルマを購入する家族だけでなく、近隣に住む子供たちに向けた安全運転啓蒙プログラムやイベントなどを積極的に行っているという。アウトシュタットは自動車メーカーの顧客サービスの域を遥かに超えたものへと進化し続けていた。電動化も自動運転も見据えて、自動車の未来を創りあげていくのだという意志が感じ取れる。クルマ好きならぜひ一度は訪れてみたい“自動車の街”だ。