FEAR AND LOATHING IN THE LAB

パーティドラッグは心の病を治すのか──LSD、エクスタシー、なんでもござれ

ドラッグは悪魔の誘い─というように幻覚剤のたぐいは悪徳の烙印を押され、遠ざけられてきた。しかし今、研究者たちは精神治療薬としての効能に着目し、世間の偏見を拭おうとしている。はたしてそれらは、心の病の特効薬たりうるのか? Words: David Smiedt Illustration: Andrew Archer Translation: Ottogiro Machikane
パーティドラッグは心の病を治すのか──LSD、エクスタシー、なんでもござれ
LSD、エクスタシー、幻覚キノコやケタミンといったパーティドラッグが、医師の監督のもとで使用される心の治療薬としてその価値を見直されている。「ダメ。ゼッタイ。」の日本でも、案外遠い未来の話ではないのかも? 豪版『GQ』から。

パーティドラッグから治療薬へ

ドラッグカルチャーにサイケデリックロック。60年代のフラワーチルドレンは長髪にベルボトムジーンズ、マリファナのイメージに彩られている。ビートルズの曲名「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」の大文字をつなげるとLSDになるという風説も、メンバーのドラッグ嗜好ゆえのことであった。そのLSDがいま、シリコンヴァレーでちょっとしたトレンドになっているという。幻覚剤としての用量の10分の1以下というごく微量を摂取する“マイクロドージング”という方法によれば、ビジネスシーンでのひらめきや生産性を高められるというのだ。

この現象に斬り込んでこのほど新著を上梓したのが、ノンフィクション作家のマイケル・ポーランだ。『雑食動物のジレンマ─ある4つの食事の自然史(原題:The Omnivore’s Dilemma)』で一躍寵児となってから10年の時を経て、『How to Change Your Mind』を発表した。同書でポーランはマイクロドージングのみならず、「色彩の手触りを感じ、音の匂いを嗅ぎとる」域に至るまでの大量摂取をも含めた、さまざまなドラッグとの付き合い方とのその有用性を考察した。

LSD、マジックマッシュルーム、マリファナ、ケタミン、MDMAなどのレクリエーショナルドラッグが、精神治療の臨床試験で、従来の処方薬の限界を突き破る高い効能を発揮しているとポーランは言う。そして時代も追い風となり、ドラッグの話題をタブー視する社会通念が過去のものとなりつつあることも手伝って、そうした薬物が現実に精神治療に使われる日もおそらくそう遠くないというのだ。

2018年4月にオーストラリアの研究機関がさまざまな業種の41組織に属する労働者3500人を対象に実施したアンケートでは、36%が抑うつ症状を、33%が不安症状を抱えているという回答があった。2007年のアンケートではそれぞれ6%、14%だったから、増加傾向は明らかだ。

そしてこの増加の裏には、心の病を打ち明けて救いを求めることへの抵抗感が薄らいでいる事情もある。心の病の治療には、カウンセリングと薬物療法の組み合わせが用いられてきたが、たとえばSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)にしても、誰にでも効く万能薬というわけではない。そうした従来の薬物治療の限界に突破口を開くものとして、パーティドラッグが期待されているのだ。

心の病のペニシリン?

TEDxの壇上でスピーチをするMultidisciplinary Association for Psychedelic Studies(MAPS)のブラッド・バージ。 © In Courtesy of TEDX

医学の歴史をふり返ると、従来の治療のあり方を根本的に覆した革命的な新薬にペニシリンがある。1928年に青カビからペニシリンが発見され、世界初の抗生物質となったことにより、肺炎、梅毒、敗血症などの治療に劇的な進化がもたらされ、その後の第2次世界大戦では多くの兵士が戦傷死を免れた。

心の病の分野で、いまレクリエーショナルドラッグに、ペニシリンの再来とも謳われかねない過剰なまでの期待がかけられつつある。そのなかでもとりわけ大きな注目を浴びているのが、MDMAだ。これは合成麻薬のひとつで、覚醒剤に似た興奮・幻覚作用があり、“エクスタシー”という通称でも知られている。1912年にドイツの製薬会社が止血の用途を見込んで開発したこの薬剤が、巡り巡ってあちこちのダンスパーティで使われるようになったのは80年代半ばのことだが、たちまち人気になり、いかがわしい連中が製造販売する品が市場に溢れた。そのMDMAが、なんとPTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療に有効だというのだ。

アメリカの非営利団体のMultidisciplinary Association for Psychedelic Studies(MAPS)が先ごろ実施した臨床試験では、107人の被験者の56%が2カ月後にはPTSDの条件には合致しなくなり、12カ月後にはその比率は68%にまで高まった。「ほとんどの被験者は、MDMAを補助に用いる心理療法を2回か3回受けただけです。被験者の全員が慢性で治療抵抗性のあるPTSDを患い、その平均期間は17.8年間に及んでいたというのにですよ」と語るのは、MAPSの戦略的コミュニケーション責任者のブラッド・バージだ。

ここで重要なのは、MDMAが薬局で買って自宅で飲めばいい薬ではないことだとバージは指摘する。「アスピリンを2錠飲んで明日の朝また電話してください」というドクタージョークが英語にはあるが、そんな手軽な 薬にはなりえないというのだ。

それにもちろん、MDMAには副作用もある。バージによれば、不安感や、食欲減退、体温上昇、吐き気などが服用後の4~6時間にわたって引き起こされることもあるという。しかし薬効についてはPTSDにとどまらず、さまざまな不安障害や、成人の自閉症、さらにはアルコール依存症への応用が期待されてもいる。MAPSの差し当たっての目標は、2021年までにPTSDの心理療法へのMDMAの使用に米国食品医薬品局(FDA)の承認を得ることだ。

社会通念や製薬会社の壁

ニューサウスウェールズ大学教授のコリーン・ルーは、注意深く慎重に幻覚剤の効用を見きわめようとする学者のひとりだ。 © In Courtesy of GQ Australia

とはいえ、MDMAはあくまでエクスタシーとも呼ばれるパーティドラッグでもあり、それに医薬品というお墨付きが与えられでもしようものなら、ナルコレプシー(過眠症)治療薬のモダフィニルが強壮薬の一種として用いられるのと同じように、安易な処方による目的外使用やブラックマーケットへの流出といった問題も起きかねない。

そしてそれが、幻覚剤の治療現場での使用を阻んでいるハードルのひとつでもあるのだ。「政府がストリートドラッグに税金を投入している」という檄文は右派への格好の攻撃材料たりうるし、シドニー市内のレイヴ・パーティでエクスタシーを摂取したことにより15歳で死亡したアンナ・ウッドなど、若い女性が死亡する事件をマスコミが大々的に報じるたびに、世間がドラッグに向ける目が容赦のないものになりもするからだ。それに対してバージたちは、ストリートで売られている粗悪なMDMAと医療で用いられるものは純度や用量に大きな違いがあると反論するわけだが、世論のうねりを前にしてはなす術もない─これでバッター三振、ワンアウトだ。

くわえて、製薬会社の経営上の問題もある。特許権の存続期間は原則として20年であり、その期間中には研究開発費を薬価に含めたうえでしかるべき利益を得ることもできるが、特許権が切れてしまえば安価なジェネリック医薬品が大量に出回る結果が待っている。MDMAの特許権は第2次世界大戦の勃発前に切れており、大手製薬会社の利益にこの薬が貢献することはない─ここでまたバッター三振、2アウトだ。

さらにもうひとつ挙げられるのが、抗うつ薬として一般的に用いられるSSRIの場合には継続的な服用が必要となる(そのため製薬会社の利益につながる)のに対して、MDMAをはじめとする多くの特許権切れ幻覚剤の場合には、片手に余るほどの服用回数で効能が得られる。そのことがまた、製薬会社の関心を遠ざける結果となっている─ここでまたバッター三振、3アウトである。

ただし、先にも述べたように、心の病をひた隠しにするのではなく、それに積極的に向き合おうとする人が増えつつあることで、時代の流れは変わりつつある。そんななか、MDMA以外のさまざまなドラッグにも期待がかけられている。そのひとつとして、次に紹介したいのがケタミンだ。

ケタミンは、主に動物用の麻酔薬として長年使われ、幻覚剤として不正使用もされてきた。しかし最近、抗うつ薬としての可能性が着目され、研究が進められている。そのケタミンの臨床試験で驚くべき効能を目の当たりにしたのが、ニューサウスウェールズ大学のコリーン・ルー教授だ。彼女は、他の薬剤では効果のなかったうつ病患者を対象に、2016年から3年をかけて、ランダムの二重盲検法(ダブル・ブラインド・テスト─医師側も、患者側も、どんな薬を使うかを知らされないテスト)での治験を実施した。全員が60歳以上からなる被験者16人にケタミンを1回投与したところ、それだけで、被験者の半数にうつ病の症状が見られなくなったのだ。

「海外からの研究報告をあれこれ読んではいましたが、どこか眉唾な思いも抱えていました」と、ルー教授は率直に語る。「しかし認めなければなりませんが、最初の被験者と対面したとき、彼はわたしの目をまっすぐに見つめて、『こんなの信じられないよ』と呟いたのです。『わたしも信じられません』とお答えしました。彼は10年間うつ病を患ってきて、10あまりの薬を試しても効果がなかったのです。『それがたった1回飲んだだけで、翌日には治っちまうなんて、信じられるわけがないじゃないか』と、彼は重ねて言いました」

25歳の匿名希望の男性も10年間うつ病を患い、「リングのコーナーにじりじりと追い詰められてすっかり戦意を喪失した」気分でいた。しかし、闇サイトからケタミンを買い、試しに服用してみると、うまくいった。「人生の先行きがぱっと明るく見えてきた。抗うつ薬に頼ることに人生を費やすことに比べれば、費用の面から考えても、はるかに有意義なことだったよ」と、彼は語る。

しかし、MDMAやケタミンのこうしたブラックマーケットでの流通は、薬物乱用の危険性につながりかねないことでもある。『GQ』がこの記事の取材でインタビューした研究者のほぼ全員が、警鐘を鳴らす必要性について力説したのも、それゆえだ。

とはいえ、そういったドラッグがダンスパーティの乱痴気騒ぎに費やされる代わりに、人の命を救うことに大きな働きをなしうるということは、再三述べてきたように確かなのだ。ケタミン分子の一部をなすエスケタミンという成分についてジョンソン・エンド・ジョンソン社とイェール大学が共同で臨床試験を実施し、差し迫った自殺のリスクのある68人にエスケタミンを投与したところ、24時間以内に抑うつ症状に際立った改善が見られたばかりか、その状態が安定して25日前後も持続したという。抑うつ剤が体内に取り込まれてから効能をフルに発揮しはじめるまでだけでも、それと同等の日数がかかるというのに。

薬物依存症治療に有効なものも

2018年5月、ゲスト出演したナイトショーで、新著『How to Change Your Mind』について話すマイケル・ポーラン。 © Scott Kowalchyk/CBS via Getty Images

さて、MDMAやケタミン、LSDと比べてより自然由来の度が高いのが、マジックマッシュルームの幻覚成分である“シロシビン”だ。アメリカのジョンズ・ホプキンス大学が不安や抑うつなどの症状も抱えているガン患者51人にシロシビンを投与したところ、被験者の80%が、6カ月が経過した後でも目立って症状の緩和した状態を保ったという。さらに被験者の60%に至っては、症状がほとんど見られない平常の状態にまで戻ったのだ。この臨床試験ではドラッグの投与は厳密に管理された環境で行われた。同様の管理を望めない場所ではお薦めしないと研究者たちは強調したが、それにしても驚くべきは、たった1回の服用がもたらした効果の大きさだ。

シロシビンに似た自然由来のドラッグに、イボガインがある。キョウチクトウ科の植物から抽出される幻覚剤で、薬物依存症から離脱したい人々の治療の助けになることが期待されている。

ただしイボガインには強い副作用があり、くれぐれも注意が必要だ。幻覚や心臓発作に加えて、持病がある場合には致命的な不整脈や脳損傷までを招きかねない。2014年には、違法ドラッグへの依存から抜け出そうとタイで4日間のイボガイン処方プログラムに参加した33歳のオーストラリア人男性が、初日の朝に死亡している。

ただしそれでも、適切な状況で使用されれば、イボガインが薬物依存を断ち切ることに強い効果を発揮することは、さまざまな研究結果から明らかになっている。たとえば、2016年5月の『サイエンティフィック・アメリカン』誌には、主にラットを用いた32件の研究活動のまとめとして、コカイン、アヘン、アルコールの自己投与を減らす効果がイボガインにあると記されている。

このように、さまざまな課題や問題はありながらも、パーティドラッグを精神治療薬として活用するための研究は着実に進みつつある。冒頭で紹介したノンフィクション作家のマイケル・ポーランも、「依存症や副作用の問題もあるけれど、いま我々が手をさしのべられないでいる人たちの助け船に幻覚剤がなりうる。エキサイティングな可能性がそこに眠っているんですよ」と語っている。

デイビット・スミイード
1968年生まれ、南アフリカ出身のジャーナリスト、コメディアン。パブやクラブでのスタンダップコメディのほか、企業などのMCもこなす。豪版『GQ』では、ウェルネスやグルーミングを担当している。