LIFESTYLE

ビジネス成功者の陰に「グル」あり──瞑想長者になる方法【後編】

このハードな世界で勝ち残ろうとすれば、それなりに身も心も傷つくもの。銀行口座の残高は十分でも、心の中は空っぽで、もしかしたら穴が開いているかもしれない。だからこそ多くの人がインド伝来の瞑想法や「マインドフルネス」の講座に救いを求め、一方には有名人や大金持ちの顧客を抱えて優雅に稼ぐ瞑想長者がいるのだ。自身もビジネスの世界で心をすり減らし、精神世界に答を求めた作家が、そんな現代の3人の「グル」の素顔を探った。

→【前編】はこちら

マシュー・サイド コンサルタント 元はプロの卓球選手だが、新聞のコラムニストを経て、大企業の経営者たちの心を癒やすコンサルタントになった。

ケース3:成功者のための思想家、マシュー・サイド

いつも謙虚でありたい。教えるのも教わるのも私の大事な仕事です

仏教の始祖シッダールタ(仏陀、釈尊)の時代から、インド系のグルはもっぱら瞑想を通じて真理に到達したとされる。しかし現代のグルが説くのは、世を捨てて無我の境地に入ることではない。そうではなく、この世で成功したければ瞑想しろと説く。この場合、瞑想は目的ではない。目的(ストレスからの解放、自信の回復など)を達成するための手段だ。今や各国で社会現象となっている「マインドフルネス」の瞑想も、あくまで手段。しかも宗教やスピリチュアルな要素とは無縁で、現代の医学や臨床心理学にもとづいている。

さらに一歩進んで、瞑想に頼らないグルもいる。いい例がマシュー・サイドだ。肩書はビジネス・コンサルタントだが、別に経営のプロではない。経営者をストレスから解放し、自信を取り戻させるのが仕事で、顧客の多くは有名な大企業の経営幹部たち。言ってみれば、社長様御用達のグルだ。

ただし自分が「グル」と呼ばれるのは嫌う。「グルって呼ばれると、すごく不愉快になる」そうだ。ちなみに彼の著書の宣伝コピーには「現代有数の影響力を誇る偉大な思想家」とあるが、そんな言い方も気に入らない。自分は別に偉くない、「ただいろんな分野で、いろんなことを学んできただけです」。49歳のマシューはそう言う。

若いころは卓球のプロ選手だった。引退してからは新聞のコラムニストに転身し、それから何冊も本を書いて有名になった。5年前の『ブラックボックスシンキング』(邦題『失敗の科学』、ディスカヴァー21刊)では、失敗体験を大事にしろ、自分の失敗に学ばずして何を学べるかと熱く説いた。最新刊の『Rebel Ideas(反逆思考)』では、職場でのイノベーションを活発にするには「集合的知性」を育てる必要があると論じている。つまり多様な考え方を受け入れ、それをみんなでシェアしてこそ新しい方向性が見えてくるということだ。

私はロンドンの高級レストラン「ジ・アイビー」で彼と待ち合わせた。どうやらここの常連らしく、店のスタッフは彼を「マシュー」とファーストネームで呼んでいた。彼はきちんとスーツを着込んで、約束の時間より少し遅れて現れた。そして開口一番、やたら低姿勢で遅刻の詫びを繰り返した。意外だった。自分の非を認めるコンサルタントなんて、滅多にいないからだ。「いえ、どんな場合も謙虚であることは大事です」とマシューは言う。「今の世界は途方もなく複雑ですからね、すべてを理解している人なんて、どこにもいない。みんな好き勝手な仮説を立てているだけ。でも、そういうものを捨ててこそ本当の学びがある。だから教えるのも教わるのも、私の大事な仕事なんです」

本が売れると講演依頼が殺到するようになったが、マシューは人前で話すのが苦手だった。だからスピーチ教室に通って特訓を受けたという。どうやらグルも、ときにはグルを必要とするらしい。彼は今でも夜になると書斎にこもって最新の学術誌を読みあさり、YouTubeで著名人や学者の講演を視聴しているという。

そうやって蓄えた知識を携え、マシューは世界に冠たる大企業に赴き、役員たちに語りかける。どうすれば仕事を今よりも効率的に進められるか、どうすれば部下の能力を引き出せるか、どうすれば「より良いボス」でありうるか……。「私はただ、すでに科学的に確立された知恵やアイディアをまとめ、それを人々が受け入れやすい形で紹介し、みんなが喜んで実行するよう仕向けているだけです」とマシューは言う。「できるだけ多くの情報と知識を仕入れ、世の中の変化に乗り遅れないように努めるならば」、誰でも明日は今日よりベターな自分になれるはずだ、とも。

要するに、常に(職場でも家庭でも、頭の中でも暮らしの中でも)向上心を忘れるなということか。

ちなみに、ウィル・ウィリアムスも似たようなことを言っていた。「みんな奇跡を求めている。不意に誰かが現れて、自分の悩みを解決してくれるんじゃないかって。だから私のような人間がいて、みんなを励まし、それぞれのゴールへ近づけるように背中を押している」とウィルは言った。「本当は、誰もが自分の専属グルになれるんだ。自分のなりたい自分になれる。本気と勇気さえあればね」。

→【前編】はこちら

Words ニック・デューアデン Nick Duerden
Illustration セニョール・サロメ Señor Salome
Translation さわだ組 Sawada Gumi