Watch Out for the Watch Bubble

時計バブルにご用心

このごろは「時計バブル」なのだという。今回の広田雅将は、むかしの量産時計にも「投機」が及ぶ状況にフォーカス。

間があればオークションや中古店のサイトをのぞいて、時計の相場を見ている。いわゆる高級時計は趣味モノなので、中古相場は景気や人気で大きく変わる。リーマンショック直後はガタガタだったが、最近はもっぱら上昇傾向だ。世界的な好景気に加えて、お金持ちたちの目が、時計というニッチなジャンルにも向いてきたのだろう。

投資先、または投機先として時計が注目された結果、分かりやすくて換金しやすいモデルの価格はいきなり高騰した。たとえばスポーツロレックス。一昔前の「エクスプローラー」や「デイトナ」はもはや手の届かない価格となり、現行のデイトナも300万円を出さなければ買えなくなった。デイトナは非の打ち所のない時計だが、中古価格が妥当とは思えない。パテック フィリップの「ノーチラス」も同様である。筆者はこの時計を賞賛してきたが、900万を超える中古価格はちょっと法外だ。正直、どんな時計をいくらで買おうがその人の自由だが、「金融商品」として時計が独り歩きするさまは、健全とは思えない。

ちなみにこういう状況はリーマンショックのころにもあった。あのころは、時計を知らない金融家たちが、封を開けないまま金庫に時計を寝かせていた。今も同じだが、参加する人たちの数ははるかに多い。結果として、以前はあまり注目されなかった量産品も、投資、または投機対象となってしまった。普通の人でさえも、時計をいくらで買った、いくらで売った、と騒ぐ時代。あるジャーナリストは「時計バブル」と称したが、確かにそう言いたくもなる。

では、投資家・投機家たちに押し出された従来のマニアたちは、どんな時計に目を向けるようになったのか。ひとつは、1950年代から60年代のスポーツウォッチだ。一昔前は死体扱いされていたB級のダイバーズウォッチでさえも、いっぱしの値段がつくようになった。玉数があるから値段はつかない、と言われてきた昔の「スピードマスター」でさえも、200万円近い個体は少なくない。タグ・ホイヤーの「モナコ」や「カレラ」も同様で、昔のパテック フィリップ並みの値段がつくようになった。

投資家・投機家たちに再び押し出されたマニアたちは、今までにないジャンルに注目するようになった。ひとつは、1970年代以降のクオーツ時計。そしてもうひとつは、日本製のアンティーク時計だ。後者は一部マニアの間で盛り上がりを見せていたが、今や世界的なトレンドになろうとしている。1969年5月製のセイコー自動巻きクロノグラフなんて、買うのは外国のバイヤーばかりだ。

もちろん、時計バブルにはメリットもある。最近、アンティークの玉数を見るようになったのは、明らかに中古価格が上昇したためだ。値段が上がった結果、一部のコレクターたちは、死蔵していた時計をリリースするようになったのである。

しかし、今の状況がつづくとは思えない。靴磨きの少年に投資を薦められたジョセフ・P・ケネディは、世界大恐慌が来ることを予想したという有名な話がある。今の時計の世界も同じだ。普通の人たちが、〇〇という時計をいくらで買った、いくらで売れたという情報を話すようになった。そう考えると、時計バブルの崩壊は案外近いのではないか。事実、高値を付けていた一部のスポーツウォッチは、急激に値を下げつつある。

長期的に見ると、希少なパテック フィリップや、世界にいくつもないロレックスは、景気の如何に関わらず、今後も値段を上げるだろう。ただし、時計そのもの、とりわけ量産されたモデルが投資対象になるかというと、怪しいと思っている。そんなことはない、と主張する人たちはぜひ筆者を見られたし。世界中の魅力的な時計を見、買う機会があった筆者は、今頃大金持ちになっていてもいいはずだ。しかし、そうなってはいないのである。

Masayuki Hirota

1974年、大阪府生まれ。時計ジャーナリスト。『クロノス日本版』編集長。大学卒業後、サラリーマンなどを経て2005年から現職に。国内外の時計専門誌・一般誌などに執筆多数。時計メーカーや販売店向けなどにも講演を数多く行う。ドイツの時計賞『ウォッチスターズ』審査員でもある。

Words 広田雅将 Masayuki Hirota