「中央線でいちばん落ち着ける街」僕たちが荻窪に夢中になってしまう理由【中央線の名居酒屋】

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シリーズ・中央線の名居酒屋 vol.4 「二代目 鳥七」(荻窪)

東京駅に始まる中央線の中でも、いわゆるザ・中央線エリアとして認識されているのが、中野〜吉祥寺エリアだ。

 

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この連載でも、中野、高円寺、阿佐ヶ谷と歩を進めてきたが、荻窪ってどんな街? と聞かれて、その魅力をとっさに答えられない、という人は少なくないのではないだろうか。

ブロードウェイが街を貫き、さまざまなマニアが集う中野。古着屋さんやライブハウス、変わったお店の多い高円寺。ジャズのイベントがあり、演劇や映画関係者に愛される阿佐ヶ谷……。

 

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このようなわかりやすいキャッチフレーズが、荻窪についてはパッと思いつかない、という話を耳にすることが、他の駅に比べて多いように思う。

そこで今回は、高円寺在住経験を経て、荻窪で2度の引っ越しをしているというメシ通ライター、半澤則吉氏の協力をあおぎ、荻窪の魅力を存分に語ってもらうことにした。

 

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舞台は、駅チカながら住民でないとパッとたどり着けない場所にある、こちらのお店。「二代目 鳥七」である。

 

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この渋い外観とその店名から、いぶし銀のおじいさんが出てくるのかと思いきや、店主は30代の若い男性だった。

 

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こちらが、店主の伊藤さん。

 

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隣でお店を営む酒場「煮込みや まる。」の店主は伊藤さんの奥さんだ。夫婦が隣同士でまったく別のお店を営むという、珍しい形態である。そんな縁もあって、「二代目 鳥七」の存在は以前から知っていたという。店名に「二代目」と付いているのには、こんな理由があった。

 

f:id:Meshi2_IB:20180301103325p:plain伊藤:今から3年くらい前、鳥七さんが体調を崩されて、2年くらいお店を閉めていたんですよ。すごくいい店構えなので、「よかったら、僕に譲ってください」って話したんですけど、「常連さんが待ってるし、他にもやらせてって言う人がいるんで」ということで、一度お断りがあったんです。でもその後、隣同士ということもあって、電球を替えたり、ゴミ出しを手伝ったりしていたら、ある日「よかったら使って」って、譲っていただけることに。

 

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そんなやりとりから生まれた「二代目」鳥七。2015年9月にオープンした際は、鳥七の復活を待っていたお客さんもやってきたそうだ。今では、その店名の由来を知る人も、知らぬ人も集まり、ひとり酒を楽しむお客さんでいっぱいになっている。

 

みんな「やっぱり荻窪がいい」って言いますね

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そんな話をしていると、半澤氏がやってきた。酒処、福島県二本松市出身とあって、もれなく飲む男である。本日は、高円寺に住んだ後に荻窪に住むことを選んだ半澤氏と、中央線でいちばんいい街は高円寺だと信じてやまない筆者・増山が、荻窪のよさを考えてゆく(飲みながら!)。

 

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半澤氏の「ラガー1本もらっていいですか?」の声でスタートだ。ディン、ディン、ディン、と3時の鐘も鳴る。

 

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── 今日は高円寺から荻窪へ移り住んだ半澤さんに聞きたいんですけど、荻窪ってどんな街ですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20180313163728p:plain半澤:僕の行きつけのお店の常連さんたちも荻窪の人が多いんだけど、みなさんが言うのは、高円寺、阿佐ヶ谷、西荻窪の個性に比べて、楽しさを追求するっていう点では、チェーン店の多い荻窪は負けちゃうよねってこと。それはみんな口をそろえて言いますね。

 

── 住んでる人も、なんかインパクト弱いかも? って感覚はあるんですね。そもそも、なんで中央線沿線に住もうと思ったの?

 

f:id:Meshi2_IB:20180313163728p:plain半澤:通勤するのに楽だったってのもあるけど、中央線への憧れが多少はあったと思う。

 

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▲鶏の厚皮ポン酢和え(324円)。脂っこさがなく、皮のコクが味わえる

 

── わたしたちの世代(昭和50年代後半生まれ)だと、上京する前だったら、荻窪とか高円寺って地名を知ってる人はきっと少ないよね。吉祥寺は知ってる人も多いのかな?

 

f:id:Meshi2_IB:20180313163728p:plain半澤:僕らの世代は、東京の地名は漫画の『ろくでなしBLUES』で憧れてたから。吉祥寺は知ってた。中央線じゃないけど、初めて渋谷に行ったときは、「やべー鬼塚の庭だ」って思った。

 

f:id:Meshi2_IB:20180301103325p:plain伊藤:僕もいまだに大尊に憧れてラッキーストライクを吸ってますよ(笑)。

 

f:id:Meshi2_IB:20180313163728p:plain半澤:マジですか(笑)。荻窪が好きな人は、街に刺激じゃなくて落ち着きとか癒しを求めてる人が多いんじゃないかな。僕もそうだけど。

 

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▲下井草の豆腐店、えのもと豆腐店の寄せ豆腐(324円)。濃厚だがさっぱりした口当たり

 

── 確かに言われてみたら、私も刺激を求めて高円寺に住んでたなあ。

 

f:id:Meshi2_IB:20180313163728p:plain半澤:荻窪に住んでから行きつけの飲み屋さんができたんだけど、みんな「やっぱり荻窪がいい」って言いますね。みんな第一に挙げるのはアクセスのよさとか利便性だけど、なにより、お店がいいんですよ。焼き鳥屋さんの名店も多いしね。焼き鳥屋さんだけで1冊本が作れるくらい。

 

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山形県 鯉川酒造の「鯉川」(1合 648円)。すっきりクリアな後口

 

── おいしい飲食店のアタリ率でいったら、確かに高円寺や阿佐ヶ谷に勝っているかもしれないね。大人が少人数でじっくり過ごせるようなお店の割合が高い。

 

f:id:Meshi2_IB:20180313163728p:plain半澤:うん、高円寺や中野は、3,000円でいかにたくさん飲むかが勝負だと思うんだけど、荻窪は4,000円、5,000円出して、いかにおいしく食べるかが目標じゃないかって気がする。つまりいいお店が多いんだよね。

 

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福岡菊酒造の「菊 純米酒 6号」(1合 648円)。ピリッとした辛味とうま味を感じる

 

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▲生春菊のサラダ(378円)

 

南口には柔らかな人柄の方が多い?

── 飲み屋さんに限らず、お店から感じていることだと思うんだけど、全体的にお金持ちの街っぽさがあるよね。荻窪は「中央線の文京区」って感じがするな。歴史的なスポットや大きな庭園もあるし、住んでる人の文化的な雰囲気が似てる。

 

f:id:Meshi2_IB:20180313163728p:plain半澤:それはわからんでもない。中野、高円寺、阿佐ヶ谷の次に並ぶと、明らかにイレギュラーだよね。こういう街になったのは丸ノ内線の始発なのも影響しているみたいで、銀座で働いたりお店をやっているような人が住んでたってのもデカいみたいだよ。実際、家賃もちょっと高めだからね。

 

── 1K風呂トイレ別で、いくらくらい?

 

f:id:Meshi2_IB:20180313163728p:plain半澤:駅から近かったら7、8万じゃないですか。僕の前のアパートは1Kユニットバス、徒歩3分で6万円だったんだけど、それで激安の部類だったからね。

 

── それ高円寺だったら、1万円下がるよ! 中央線の快速が停まる駅って、そんなに違うんだ……。偉い軍人さんが住んでいた街だっていうけど、やっぱりいまだにお金持ちの街なんだね。近衛文麿が住んでいた荻外荘(てきがいそう)もあるし、信じられないほどでっかい家がいっぱいあるもんね。

 

f:id:Meshi2_IB:20180313163728p:plain半澤:荻窪は単純に地価が高いからね。南口のほうは、昔からのお金持ちが多いんだよ。

 

── でもなぜか、ディープ中央線エリア唯一のラーメン二郎がある街(笑)。そういえば、以前伊藤さんが「南口には柔らかな人柄の方が多い」っておっしゃってましたよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20180301103325p:plain伊藤:なんとなく、そんな感じはありますね。

 

f:id:Meshi2_IB:20180313163728p:plain半澤:わかる気がします。明らかに、大人が多い感じがある。若者の多さでいったら、高円寺や中野のほうが多いし、若い時に住むには楽しいんだけどね。1回荻窪に住んじゃうと、こんな便利なところってないよ。アクセスもそうだけど、買い物も便利。タウンセブンと西友には後光が差してる。

 

── タウンセブンは、西友も無印良品も24時間営業だもんなあ。

 

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▲二代目鳥七が掲載された『ogibon』を手にする半澤氏

 

f:id:Meshi2_IB:20180313163728p:plain半澤:あと、『ogibon』って荻窪のフリーペーパーで取材してつくづく思ったけど、個人店でいいお店が本当に多いんだよ。夜中まで仕事したあとに、歩いててすぐ行けるところにいいお店があって、飲み仲間がいる。そのおかげだね、荻窪にいるのは。

 

── 高円寺に戻りたいって思うこと、ないですか?

 

 f:id:Meshi2_IB:20180313163728p:plain半澤:昔は最高の街だと思って楽しく過ごしていたけど、今はないかなあ。僕が30歳になる年に引っ越したのが、ちょうどいいタイミングだったんだと思う。

 

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ところで、昼から飲んでいる人がいる印象は、荻窪にはあまりない。高円寺には早くから開いている飲み屋さんがいくつもあるし、コンビニでビールを買って路上飲みをしていてもまったく問題ないムードがあるのだが、荻窪でそれはナシな雰囲気だ。最悪の場合、職質さえ免れない気がする。そんな街で、昼から飲めるお店を作ったワケは?

 

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f:id:Meshi2_IB:20180301103325p:plain伊藤:僕自身が、3時くらいから飲めるお店があったらいいなって思っていたんです。荻窪にはあんまりそういうお店がなかったんで。前の鳥七も、5時からでしたしね。

 

「何だこれ、こんなウマいものがあったのか」

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自身も一人で飲み歩くことが多く、いろいろな業態の飲食店で仕事をしてきたという伊藤さん。焼き鳥屋さんを始めた理由もまた少し変わっていた。

 

f:id:Meshi2_IB:20180301103325p:plain伊藤:焼き鳥が大好きすぎて。独立するなら焼き鳥屋さんがいいなと思ったんです。焼き鳥が好きになったのは、子どもの頃ですね。父親の転勤で長野にいた時、唯一あったのがチェーン居酒屋の「養老乃瀧」だったんで、家族でよく食べに行ってたんです。そのときに手羽の焼き鳥を食べて、何だこれ、こんなウマいものがあったのか! と衝撃を受けて。それが小学校3、4年くらいの頃ですかね。コーラとかサイダーで焼き鳥を食べていました。

 

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▲パリパリに焼かれた黄金色の手羽塩焼き 2本(216円)

 

弱冠10歳にして焼き鳥に目覚めたという伊藤さん。「二代目 鳥七」のメニューにも、手羽先がある。 

 

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▲赤星ラガー中瓶(594円)、お通し(200円)

 

ビールはサッポロの赤星。この日のお通しは「えのきの岩のりあえ」。昼から喜びのひとときを過ごそうではないか。 

 

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渋くてカッコいい店内は、約50年前に初代の鳥七がオープンしたときの建物のままだという。

 

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とろけるレア食感のレバ串(194円)はタレで。カリッと焼かれた皮がたまらないもも串194円は塩がおすすめ。

 

「いい塩使ってるでしょ、ってよく言われるんですが、どこでも買えるフツーの塩なんです」と伊藤さん。

 

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ひょうたんの置物や壁に掛かる絵なども、そのまま受け継いだそうだ。

 

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▲七味は「煮込みや まる。」でも使っているオリジナルブレンド

 

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焼き台もそのままかと思いきや、こちらは伊藤さんが自分で組んだもの。(ちなみに奇しくもこの日がこの焼き台最後の日となり、今では新しい焼き台に変わっている)

 

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▲ふっくら&しっとりなささみ串・わさび(162円)

 

野菜串 長ねぎ172円は塩でねぎの甘味を堪能。ちなみにねぎまがメニューにないのは「意外とねぎ嫌いのお客さんが多いから」だそう。 

 

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この酒燗器も相当年代の入ったものと思いきや、ピカピカの新品をわざとさびつかせて、お店の雰囲気に合わせたのだという。

 

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▲ほんのり炭が香るつくね串(194円)

 

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▲ほんのり塩味、ごま油を効かせたセロリの浅漬け(270円) 

 

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荻窪には、やはりいい飲食店が多い。 いわば「食と酒」で住民の期待に応え続ける街、と言ってもいいだろう。例えば一見キャッチーに見える高円寺のような街に比べて、どうにも捉えにくく、とっかかりがないように思える荻窪は、スッと住民の心に入り込んでくる街なのではないかと思う。しかしこれも、酔っぱらいが捉えた一面でしかないのだろう。「二代目 鳥七」でひとり杯を傾けながら、もう一度考えてみたい。

 

お店情報

二代目 鳥七

住所:東京都杉並区荻窪5-29-6
電話番号:050-5896-7999
営業時間:15:00~23:00(LO 22:30)
定休日:日曜日・祝日の月曜日
Twitter:https://twitter.com/nidaime_ito

 

書いた人:増山かおり

増山かおり

1984年、青森県七戸町生まれ。東京都江東区で育ち、百貨店勤務を経てフリーライターに。『散歩の達人』(交通新聞社)にて『町中華探検隊がゆく!』連載中。『LDK』(晋遊舎)『ヴィレッジヴァンガードマガジン』などで執筆。著書に『JR中央線あるある』(TOブックス)、『高円寺エトアール物語~天狗ガールズ』(HOT WIRE GROOP)。

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