疑問も持たずにいたけれど、考えてみれば詳しいことを知らなくて、しかも真実は意外なことばかりだった──。

そんなふうに何度も感じさせてくれたのが、『レッドブルはなぜ世界で52億本も売れるのか』(ヴォルフガング・ヒュアヴェーガー著、長谷川圭訳、日経BP社)。2012年現在で世界165か国で52億本も販売され、「最も成功した飲料ブランド」といわれているにもかかわらず、その実体があまり知られていない「レッドブル」。その経営戦略や、ブランディングに関するエピソードを明らかにした書籍です。

冒頭からぐいぐい引き込まれてしまったのですが、そのきっかけとなった序章「レッドブルとは何者か?」、第1章「市場を創造する」からいくつかを引き出してみます。

実はオーストリアの会社

アメリカ発のようなイメージが強いレッドブルですが、実はモーツァルト生誕の地として知られるオーストリア・ザルツブルクの会社。80年代初期、消費材メーカーのユニリーバに勤めていた創業者のディートリッヒ・マテシッツが、わずか数年の間につくりあげた世界的大企業なのです。

ちなみにマテシッツが80年代に初めて配布したプレゼン資料には、こう書かれていたのだとか。

「レッドブルのための市場は存在しない。我々がこれから創造するのだ」(22ページより)

著者はこの点について「経済の世界で、このように大きなビジョンが現実のものとなった例はレッドブルのほかにあまりない」と指摘していますが、たしかにこの時点ですでに、同社の革新性が確立されていたようにも思えます。

きっかけは日本の◯◯◯◯◯◯

1982年のある日のこと。ユニリーバの仕事で香港を訪れ、マンダリンオリエンタルのバーで談笑していたマテシッツは、雑誌『ニューズウィーク』に掲載されていた日本の高額納税者リストに関心を抱いたそうです。なぜならそこに記されていた1位は、ソニーやトヨタのようなグローバル企業ではなく、大正製薬の経営者だったから。

この企業はリポビタンDという名の飲料を製造していると紹介されていた。記事には、この飲料にはタウリンが含まれているため、滋養強壮作用があり、1963年よりすでに国際的に販売されていると書かれていた。(中略)このとき38歳のマテシッツは、当時世界第2位の経済大国であった日本で、このような製品により一番の高額納税者になれることができるという事実に感銘を受けていた。(24ページより)

「ここには巨大な金儲けのチャンスが眠っているに違いない」と考えたマテシッツは、このときから市場を観察し、この種のドリンクすべてを試すようになったのだとか。もしもリポビタンDがなかったとしたら、レッドブルは誕生しなかったのです。(22ページより)

見つけたのは◯◯のエナジードリンク

ユニリーバのフランチャイズ企業であるタイのTC製薬社に出張した際、マテシッツは同社が製造しているドリンク剤に注目しました。

リポビタンDと同様の成分を含み、主にトラックの運転手や稲作農家に人気を博していた。クラティンデーンという名のドリンクで、タイ語で「赤い雄牛」を意味している。(25ページ)

かくしてマテシッツは1984年、アジア以外の地域においてクラティンデーンを販売するライセンスを獲得。商品の名前を英訳し、レッドブル・トレーディング社を設立したのです。

オリジナルドリンクの味をヨーロッパ人の好みに合わせて変える必要があった。そのために何度も実験を繰り返した。最も大きな改良は炭酸を添加することであった。それ以外の成分については変えずに、配合量の調節にとどめた。(26ページより)

つまりレッドブルは、もともとタイのエナジードリンクだったわけです。

同級生と斬新なCMをつくる

レッドブルを最初から価格の高いハイエンド商品と位置づけていたマテシッツは、宣伝も最高の仕上がりでなければならないと考え、広告代理店を経営していた大学時代の同級生のヨハネス・カストナーを起用。紆余曲折を繰り返しながら「レッドブル、翼を授ける(Red Bull gives you wings)」というキャッチコピーを生み出します。(30ページより)

商品と同じように、この広告シリーズもまた非常な人気を博した。1993年から1995年にかけて、カストナーは3年連続でオーストリアの広告大賞を受賞する。レッドブルの広告が数多くのマーケティングの常識に反しているにもかかわらず、だ。「(中略)テレビCMは、わざと不器用に描かれたアニメを使ってまるで商品の効果を笑いものにしているかのようだった。ほかのブランド企業であれば、確実に解雇の理由になる」とオーストリアの経済紙『ヴィルトシャフツブラット』が分析している。(34ページ)

意外性の連続。しかしそういうものの見方がいかに大切かということを、これらのエピソードは証明しているように思います。そして、他にも興味深いエピソード満載。純粋に読みものとしてもおもしろいので、一気に読めてしまえます。

(印南敦史)