Inc.:信じられないような実話をひとつ紹介します。ロボットの腕を動かして生活しているひとりの女性がいます。彼女の体はほぼ完全に麻痺していますが、体から離れたところにあるロボットの腕を動かしてコップをつかみ、口元まで運ぶことができます。脳に埋め込まれたチップが、神経細胞の電気信号をとらえ、ロボットに指令を出すのです。

とはいえ、研究者たちが人間の脳について知っていることは、外国人が飛行機の窓から見下ろして、その国の政治についてわかることと同程度です。つまり、脳科学には信じられないほどの可能性があるのです。ただし、人間の脳を完全に解明するには途方もない時間がかかるでしょう。

アメリカのニューヨーク市で開かれた「World Science Festival」のホスト役であるRobert Krulwich氏は、パネラーとして参加した研究者や脳科学者に次のように問いかけました。今後、脳に関して科学の研究からどんなイノベーションが期待できるのでしょうか? 脳科学の研究や今後の進歩を論理的に考えた時に、人間の脳にどんなイノベーションがあると思いますか? 学者たちの予測はエキサイティングなものでした。

1. 脳へのインプラントが普及する

記事冒頭で紹介した女性の脳に埋め込まれた小さなインプラントは、100個もの神経細胞の電気信号を読み取ってくれます。しかし、日常生活に重大な支障ももたらしました。頭蓋骨に穴を空け、そこからワイヤーとアンテナを常時出しておかなければなりません。脳の中のインプラントと、外部にあるコンピューターが通信するためです。

「これが今の限界です」とブラウン大学の脳科学者John Donoghue氏。しかし、今後チップは小さくなり、Wi-Fiや他の方法でシグナルを効率的に伝送できるようになり、熱の放出量も抑えられるでしょう。インプラントを埋め込んだあとに頭蓋骨を閉じることができれば、生活はかなり改善されます。

2. 脳にWi-Fiと通信できるチップを持つ

現在、脳に埋め込めるだけでなく、寿命が長く、外部との接続コードも不要な極小のマイクロチップの開発が進められています。こうしたチップは「ブレイン・ドロップ」とか「ニューラル・ダスト」と呼ばれます。この研究は、カリフォルニア大学バークレー校の教授Michel M. Maharbiz氏によって進められています。「神経細胞と同じサイズの極小のチップと通信し、そこから情報を記録する方法を探っています」とのこと。おそらく通信には超音波か、ワイヤレスインターネットのようなものが使われるでしょう。

3. 盲目の人が見えるようになる

この研究は、米コーネル大の教授で「神経補綴装具士」のシェイラ・ニレンバーグ博士によるものです。博士によれば、盲目の多くのケースでは、光受容体細胞が死滅しても、出力細胞は生きているそうです。「ですので、出力細胞に正しいコードを送れば、視覚が戻ります」とニレンバーグ博士。彼女は、網膜の機能を模倣する数学的システムを考案しました。これを使って出力信号を脳に送るのです。今のところ、研究はうまくいっているようです。

4. 「ジェニアファー・アニストン細胞」のような細胞がもっと見つかる

パネラー全員が同意したのは、脳科学が脳の特定の部分の特定の機能を解明できたとしても、脳全体としては膨大な謎が残るということです。

例えば、神経学者たちの間で「ジェニファー・アニストン細胞」と呼ぶジョークがあります。あるとき、あるてんかん患者の神経細胞の一部が、ジェニファー・アニストンの写真だけに反応し、他の写真には反応しなかったことがありました。これは、ひとりの人間(おそらくジェニファー・アニストンについて考えたことのあるすべての人)が、自分の脳の神経細胞の一部を、ドラマ『フレンズ』のスター、ジェニファー・アニストンに捧げたことを意味します。

恐ろしいですね。私たちが『戦争と平和』細胞も持っていることを願うばかりです。

「いくつかの神経細胞については、その働きが詳しく解明されています」とニューヨーク大学の心理学教授、Gary Marcus氏。

今後、脳のエリアごとの解明がますます進むでしょう。

5. 記憶を消せるかもしれない

ディスカッションの中で、Marabitz氏が、米国防高等研究計画局(DARPA)のプロジェクトについて短く言及しました。この計画は、「記憶をつかさどる脳の回路をチップで置き換える」というもの。すばらしい? 憂慮すべき?

6. 意識を機械にダウンロードして永遠に生きる

この話題に入ると、脳科学者たちは科学の限界について語り始めました。少なくとも、近い将来では不可能ではないかと。とはいえ、思考実験としては面白いテーマです。

7. 個人の脳を正確に再生することはできない

Marabitz氏は、脳はあまりに繊細で、少しも損なわずにコピーするのは物理的に不可能なのだと話しました。それでも、パネラーたちは、脳の再生に関する倫理的問題について楽しそうに意見を交わしていました。

「ロウであなたのダミーを作ったとしても、それはあなたではありません。神経細胞をひとつひとつコピーして、あなたの脳のダミーを作ったとしても、それはあくまでコピーです。クローンや双子と同じく、それはあなた自身ではありません」とMarcus氏。この永遠に埋まらない意識という溝...。

科学者たちは、意識の再生を考えるには、意識に関する基本的な理解が到底足りていないことに同意しました。Marcus氏は続けます。「私たちは意識の問題をどう定義したらいいかわかっていません。そもそも、自分たちが何をシミュレートしようとしているのかすらわかっていないのです」

7 Predictions for Your Brain in 2050|Inc.

Christine Lagorio Chafkin(訳:伊藤貴之)