逆境を生かす人 逆境に負ける人』(アル・シーバート著、林田レジリ浩文訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン)の著者は、元落下傘部隊の隊員という珍しい経歴を持つ心理学博士。「逆境に負けず生き抜いた人」を40年以上にわたって研究し続け、2001年のアメリカ同時多発テロ事件後は、生存者、介護者、救急隊員の心理ケアのサポートを積極的に展開してきたのだそうです。

1996年には『「逆境に負けない人」の条件 「いい加減さ」が道を開く』(邦訳は2005年、フォレスト出版刊)も話題となりましたが、最新刊である本書においては、そのような実績を軸として「誰でも心の弾力性を身につけることができる方法」を紹介しています。

私たちは絶え間なく変わり続ける時代を生きています。

そして、そんな時代に最も職場で力を発揮し、また思いがけない問題が持ち上がったときに最も家族や友人たちの力になれるのが、心に弾力性のある(resilient)人々です。(中略)

弾力性のある人は、あらゆる相反する性格を同時にあわせ持つことができます。そしてこの変化の絶え間ない時代において、そんな心の多様性を身につけた人が、変化を軽々と乗りこなしていくことができるのです。(「日本の皆様へ」より)

きょうは心の弾力性とストレスとの関係に焦点を当てた「ステップ1 ストレスを味方にする」から、いくつかの要点を引き出してみたいと思います。

ストレスも自分次第で軽くできる

ストレスの研究で有名な生物学者のハンス・セリエ教授は晩年、自身の研究についての誤りを謝罪したことがあるそうです。「ストレス(stress)という言葉は誤りで、ストレイン(strain)と呼ぶべきだったというのです。

正確な語義からすると、ストレスとは外部から私たちの体や心にかけられる圧力。そしてストレインは、その圧力に対する私たちの反応。つまり問題なのは圧力の客観的な大きさではなく、「それにいかに耐えることができるか」という私たちの許容力のほうだということ。

ところが圧力(ストレス)のほうを問題にしてしまうと、いつもその矛先は自分以外の者に向けられてしまうことになります。たとえば「職場の環境が悪いから気持ちが優れない」というように。

でも、その環境をどうとらえるかは、あくまで個人的な問題。そうとらえなおすことにより、自分自身の弾力性は高まっていくという考え方です。たとえプレッシャーのかかる職場にいたとしても、そのプレッシャーに対応していくか、あるいは被害者モードに入るか、どちらも自分で選択できるということ。

自分の周りに何が起こっているかをしっかりと観察し、その上で最も適切な反応をする。これが人間と動物の違いだ。心がけ次第で、脅威を意味のある挑戦へととらえ直すことが可能なのだ。(51ページより)

つまりはストレスが問題なのではなく、それに対する自分の許容力を高めればいいのだということです。(50ページより)

自分の感情をリストにしてみる

心と体の関連についての新しい学説に基づき、「どうしたら快適なライフスタイルを保つことができるか」ということを考えるにあたり、著者は次のような3つのリストをつくってみることを勧めています。

リスト1. なにが大変なんだろう?

自分をいらだたせるもの、悩ませるものを6つか7つリストアップしてみよう。

・どんなプレッシャーを感じているのだろう?

・具体的にはなにが難しいのだろう?

・自分を苦しめているのはなんなのだろう?

ストレスはまぼろしで、問題なのはその人がそれをどう受け止めるかということ。それを理解するにしたがって、気持ちも楽になっていくといいます。「人生で出くわす出来事にどう対処するかの責任は誰にあるか?」を突き詰めることにより、人は他の物事や人に責任転嫁するのをやめ、自分自身の問題として考えはじめるようになるということ。(53ページより)

リスト2. 私はこう感じている

次のステップは、リスト1.で挙げた問題について「どう感じるか」を書き出すこと。人に話すのでもいいそうですが、自分の感情を客観視することが、心の弾力性を高めるために大切だということです。そうすることで苦い思い出がなくなるわけではないけれども、その思いを否定していては次のステップに進めなくて当然。

弾力性のある人は自分の苦い思い出をまず受け入れ、そのうえでポジティブで建設的な気持ちを取り戻そうとするわけです。だからこそ著者は、「感情の吐き出し」は、自分の人生の土台をしっかりと築き上げるためのメンテナンスのようなものだと表現しています。自分の感情をもてあますことなく認識し、表現できるようになることで、いざというときに度を失うことが少なくなるといいます。

リスト3. 自分を元気にしてくれること。

そして同じように、自分を元気にしてくれることもリストアップするべき。どんなことをしているときに、いちばん自分らしく、気持ちがいいか? 苦しいことと同様にこれらを書き出せば、また別の角度から自分自身を見つめることができるということなのでしょう。(以上53ページより)

問題に向き合えば乗り越えることができる

1960年代以来、数々の心理学者たちが、「人生の逆境によく耐え、プレッシャーにも強い人とはどんな人なのか」を研究してきたのだそうです。そのことに関連してここでは、サルバトーレ・マディ博士(筆者注:カリフォルニア大学に「逆境克服研究所」を設立した人物)の研究が紹介されています。すさまじいリストラの渦中にあった会社の社員450人を、12年間にわたって調査したというもの。

450人のうち、3分の2の人にはストレス関連の病気の兆候が見られたのだそうです。具体的には心臓発作、うつ病、アルコール依存などで、なかには自殺した人も。彼らは混乱し、不安にさいなまれ、重圧感と無力感に苦しめられていたわけです。

しかしここで著者が「興味深い」ことだと指摘しているのは、残りの3分の1の人たちにはそういった兆候が見られなかったこと。彼らは以前と同じように、健康で幸せな生活を維持していたというのです。そしてマディ博士は、この3分の1のグループの人たちを「ハーディな(強靭な)」人たちと呼んだのだそうです。

ハーディな彼らは、ストレス耐性が高かっただけではないといいます。どう見ても不快な、不愉快な職場環境のなかでも、なにごともないかのようにうまく適応して働いていけるというのです。マディ博士によれば、ハーディな人には次の3つの特徴があるといいます。

1. 自分の置かれた立場での最善を尽くすというコミットメントがあり、他人も助けようという気持ちが強い。

2. 自分には、いい結果を導くための力があると信じている。このことが彼らに物事や他人に対するコントロール感覚を与えている。

3. 難しい問題を進んで解いていこうというチャレンジ精神がある。

(59ページより)

いってみれば、問題に向き合える人は逆境に強いということ。(57ページより)

健康な人の10の特徴

自ら自分の健康を損ない、寿命を短くしているような生き方をしている人は、たしかにいるもの。では、どんな人が病気になりにくい傾向があるのでしょうか? 著者によれば、病気を発症しにくい人には次の10の特徴があるそうです。それは医学的な意味ではなく、"気持ちの持ちよう"だと解釈すべきでしょうが、その点を踏まえることができるなら参考にはなりそうです。

1. ルーティンワークもあまり苦にならない。

2. 人生をコントロールしているという感覚があり、必要な時に必要な対応ができる。

3. 多くの選択肢のなかから適切な行動を起こす。

4. 人間関係がうまくいっている。

5. 感情を抑制することなく、それを認め、表すことができる。

6. 問題なのは他人の言動ではなく、それに対する自分の反応だと思っている。

7. 変化に進んで対応する。

8. よい習慣を持つ。

9. 悪いことが起こってもそこから教訓を学びとれる。

10. ポジティブであり、すべてを楽しもうという気持ちがある。

つまり、ここで著者がいいたいのは、「考え方やあり方が、間接的に健康の度合いを左右する」ということ。(66ページより)

プレッシャーにつぶされないための8つの方法

人生全般においても、また仕事においても、プレッシャーに押しつぶされないように、次のことを試してみようと著者は提案しています。

1. 気分と体調に気をつけよう:楽で、簡単で、あなたらしい方法でライフスタイルを向上させ、それを維持するようにしよう。

2. 起きたことに対して、どう反応するかは自分にかかっている。心のハンドルをしっかりと握ろう。

3. ストレスについての手間にまどわされないように。ストレスは抽象的な物事の味方にすぎない。自分が物事をどうとらえ、どう感じるかが大事だということを忘れてはいけない。

4. どんなことがあなたの感情の高ぶりの引き金になるになるのだろう? それに対してリラックスして、楽しんでしまう自分を想像しよう。

5. 心の中で、自分がとりたいと思う反応と対応をリハーサルしてみよう。どう感じるだろうか?

6. この次に困難な状況に陥ったときには、どんなポジティブな対応が自分にはできるか、それを楽しみにして待つこと。

7. いままでにもそんなプレッシャーを楽しんだ自分はいなかっただろうか? それを思い出してみよう。

8. 一日の終わりに自分が物事にどう対処してきたか振り返ってみよう。よくできていたら、自分をほめてあげよう。

(70ページより)


以後の章でも、「問題解決のスキルを学ぶ」「柔軟な考え方を身につける」「逆境を成長のチャンスにする」と、テーマに即したさまざまな考え方とメソッドが紹介されています。「心の弾力性」はたしかに大切。だからこそ、目を通しておきたいところではあります。

(印南敦史)