いわゆる「ポスドク問題」が一向に解決されないなど、日本ではあまりに報われぬ博士号取得者。結果、博士課程に進む人間の数は急速に減少しています。世界の流れに逆行するこの現状を改善するため、打てる手はないのでしょうか。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では、健康社会学者で自身も博士号を持つ河合薫さんが、日本企業が生き残るためにも、博士課程を経た「知の体力」を持つ人を育て、彼らが活躍できる社会を作るべきとの考え方を記しています。
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
「知の体力」ある博士を生かせ!
博士課程に進学する学生7,800人に、一人あたり年間「240万円」の生活費が支給されることになりました。
ご承知のとおり、日本では「世界に取り残されてない?」と懸念されるほど博士がいません。世界の先進国では博士号取得者が急増しているのに、日本は逆行しているのです。
博士号に加え修士号取得者も減り、欧米各国では2016年までの10年間に取得者が2ケタ増えたのに対し、日本は16%も減ってしまいました。
博士課程進学を断念する理由のトップにあげられているのが「経済的理由」です。今回の国の支援で、1人でも多くの人が「博士課程に行こう!」と思ってくれれば、と願うばかりです。
とはいえ、同時並行で「博士が活躍できる社会」の拡大が必要不可欠。世界的に博士号取得者が増えている背景には、「博士号や修士号を持っていないと入社できない企業が増えた」ことがあります。
一方、日本企業はフレッシュな若手を好む傾向が根強く、「大学院卒でも学卒と給料が変わらない」「博士号がなくてもできる仕事ばかり任される」「博士課程修了者の年齢の高さがマイナス評価になる」など、博士三重苦を強いられてきました。
最近は「ジョブ型雇用」を進める企業も増えて来ましたが、その多くは年功序列や年功賃金を解消し、社員のモチベーションアップが目的です。必ずしも「優秀な人材獲得」を目指していません。
思いおこせば10年前の2011年4月。科学誌Natureに「The PhD factory」と題されたエッセーが掲載され、外国人から見えた「日本のひずみ」が指摘されていました。
“Of all the countries in which to graduate with a science PhD, Japan is arguably one of the worst.”
「理系大学院の博士号取得者の進路を各国で比較した場合、日本が最悪国の1つであることはほぼ間違いない」と書かれてしまったのです。
エッセーでは「科学分野の博士号授与数の年間総数が、98年から08年までに40%増とハイペースで大量生産されている一方で、博士号の資格を十分に活用する機会に恵まれず、博士号が無駄になる恐れが生じている」とさまざまなデータから分析。そのトップで槍玉にあがったのが日本です。
このメルマガでも「研究者を軽視する」日本の風潮を何度もとりあげてきました。海外では経営幹部の名刺には大抵の場合、「Ph.D.」の肩書が記されていますが、日本では滅多にいません。海外では経営をするには「人をマネジメントする礎となる専門性が必要不可欠」という共通認識があります。
かたや日本は…。これ以上書くのはやめておきましょう。
いずれにせよ、たかが博士、されど博士。博士号の力は「専門性」だけではありません。「勉強する→考える→問題提起する→実証する→解決する」というループを回す「知の体力」こそが博士号の力です。
個人的な話になりますが、私は30代後半で大学院に進学した際、「修士じゃ研究者の卵でしかない」と思い、博士課程に進学できるように猛烈に学問しました。
博士号を取得するには海外のレフリー付きジャーナルの原著論文が最低でも2本ないとダメ。実績がないと博士論文も受け付けてもらえませんでした。そこでレフェリーから何度重箱の隅をつつかれようとも、相手を納得させるエビデンスを「これでもか!」というほど示し続けました。論文を修正する作業には、知力、体力、気力の「持久力」が必要です。
とことん考え抜き、課題を一つひとつ越えていく作業は自分との戦いでもあります。そういった経験は、どんな社会でも、どんな企業でも必ず生かされます。少なくとも私はそうだったし、博士課程とはそういう世界だと信じています。
この先何がおこるかわからない、複雑で、曖昧で、不確実性が高まってる今。「知の体力」を持つ人を育て、活躍できる社会を目指す以外、日本の企業が生き残る道はない、と私は考えています。
みなさんのご意見、お聞かせください。
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