ボクシング2団体統一バンタム級王者井上尚弥(26=大橋)が11月7日、さいたまスーパーアリーナで5階級制覇王者ノニト・ドネア(37=フィリピン)を下し、ワールド・ボクシング・スーパーシリーズを制した。2回に右目をカット。右眼窩(がんか)底など2カ所を骨折しながらも11回に左ボディーでダウンを奪って12回の激闘を制した。過去1度も経験したことのないダウンの対処までイメージトレーニングをしている井上が唯一、想定していなかったことが起きた。2回の骨折後から「相手が二重に見える」ことだった。

井上が「あの時、ドネアが言っていた言葉がパッと浮かんできた」と明かす動画がある。13年4月、米ニューヨークで開催されたWBO世界スーパーバンタム級タイトルマッチ。王者ドネアが挑戦者ギジェルモ・リゴンドー(キューバ)に12回判定負けでプロ初黒星を喫した試合だ。「試合後にドネアが『リゴンドーが2人に見えた』と。右目を隠して焦点を合わせていたと話していた」。とっさに、ぼやけた右目を右手グローブで覆い、急場をしのいでレジェンドを倒した。

ドネアがリゴンドー戦で右目を隠したのは、12回途中からの約2分間程度しかない。試合終了後、リゴンドーの勝利インタビューが長くあり、その後にようやく敗者ドネアが「ダメージはなかったが、二重に見えたので目を隠した」と話していた。試合映像の最後の最後まで目を通さなければ気がつかない。井上の研究は試合内容だけでなく、試合後コメントまでが材料だった。「頭の中にドネアが入っていますから」とまで言い切る理由がこれだった。

通常のカットはパンチで切れるものだが、井上によれば「パンチをもらったのはカットしたところではない。(骨折した)ほおにもらった反動で切れた」とも明かした。2カ所骨折に追い込まれたドネアの突き上げてくるような左フックの破壊力に「1発の怖さ、でかさはこれからも気をつけないといけない」と肝に銘じたという。

井上は振り返る。「こういう試合をすごくしたかった。成長できる試合というのはこういう試合。ボクサーとしても、人としても成長できた」。アマ時代から“教科書”として技術を取り入れてきたドネアから新たな「教え」をもらったような気持ちだった。この先10年は現役を続けたいとするモンスター。37歳直前だった「先生」ドネアと拳を交え、自らの将来像という新しい1ページも手に入れていた。【藤中栄二】