「後悔の消し方、知ってるか」75歳ホームレス、今でも週2回は妻の元へ 家を出たワケとは

 【人生まるよ】<1>

 「後悔の消し方、知ってるか」。山田さん(75)=仮名=は突然、おでん片手に聞いてきた。ホームレス支援団体の炊き出しにボランティアで出向いたときのこと。肌寒い夜だった。

 「知らないです」。山田さんの隣に座り、耳を傾ける。

 「今が楽しいなら、後悔は後悔じゃなくなり、ただの思い出になる。逆に今が最悪なら、後悔はさらに大きくなる。後悔を消すには、今を良くするのが一番近道ってわけよ」

 「山田さんは今、幸せなんですか」と聞くと、「今は自由でいいよ」。そして、ぼそっと言った。「人生、まるよ」

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 何が「まる」? なぜ「まる」? ひょうひょうとして明るい山田さんのことが気になって、公園にある「家」に何度も通った。

 60歳から外で暮らし、15年になる。食事はスーパーの半額弁当など。お風呂は週2、3回、無料入浴の施設に通っている。日頃は廃品回収をしたり、図書館で本を読んだりして過ごす。哲学書、特に池田晶子さんの著書が好きだ。

 年金など家計は妻が管理し、生活費は1日千円分、振り込んでくれる。膝が悪い妻を気遣い、週に2回はマンションへ自転車で行き、ごみ捨てやお風呂掃除、買い物を手伝う。「今の距離感がちょうどいいよ」

 建設会社に勤め、26歳で結婚した。妻とは当初から、言い争いが絶えなかった。夕方遅くに帰ると浮気を疑われ、毎日のようにけんかになった。「何かの病気だと思うぐらい、こちらの話には耳を傾けなかった。かみさんに悪気はないことは分かっていたから、けんかのたねを作らないために、毎日必死だったよ」

 結婚して数年たったある日、重要な会議に行くのを許してもらえず、怒りが爆発した。食卓をひっくり返してこぼれたみそ汁で妻がやけどした。山田さんは「もうやっていけない」と睡眠薬を飲んだが、死ねなかった。間もなく娘が生まれ、死ぬのをやめた。もくもくと働き、夕方には家に帰る毎日は、58歳で早期退職するまで続いた。

 離婚しないのはなぜ? 「かみさんが離婚したがらないしね。本当はいい人なんだよ。自分が言い返さなければいいわけよ」とにこり。

 なぜアパートとかではなく外暮らしなんですか? 「自分は浮気男の汚名を着せられたまま。かみさんに自分の潔白を信じてほしいという気持ちがあったから」。そして何より「ずっとしがらみの中で生きていたからね。100パーセント自由になりたかったのよ」。

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 ご近所さんもいないし、電話も鳴らないし、郵便物も来ない。誰と会う約束もないし、何にも縛られない。「自分の時間を全て自分の好きなように使えるのは、本当にぜいたくなことだよ」。妻も一度しか訪れたことがない。マイナンバーカードが届いたので持ってきてくれた。家を出てから、娘2人とも会っていない。

 6年半前、大腸がんを宣告された。発見時には既にステージ4。手術し、服薬を続けてきた。今年に入って腹水がたまり、6月からは3週間に1度、病院で抗がん剤治療を受ける。副作用で体がだるく、1週間ほどは動けないときもある。

 「人生はトータルで見ると、プラスマイナスゼロになるんだと思う。家を出てから人生がどんどんプラスに向かっているように感じるよ。生きていれば何とかなる。人生まるよ」。ホームレスは「ホーム」が「レス」(無い)の意味だけれど、山田さんの手の中には「ホーム」があるんじゃないだろうか。

 山田さんは「麻由も頑張れよ」と笑った。

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 こんな生き方、あんな生き方。どんな人生も「まるよ」。2018年、新しい時代に自分流で生きる人たちの物語を描きます。


=2018/01/05付 西日本新聞朝刊=

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