大阪西成発 おばあちゃんの人を思う気持ちが生んだブランド

かばんジャケットのプロトタイプ(右)をもとに、ニシナリヨシオブランドのジャケット(12万1000円)が完成した=大阪市西成区(沢野貴信撮影)
かばんジャケットのプロトタイプ(右)をもとに、ニシナリヨシオブランドのジャケット(12万1000円)が完成した=大阪市西成区(沢野貴信撮影)

大阪市西成区のおばあちゃんたちのアイデアを基にした服のファッションブランドがある。その名も「NISHINARI YOSHIO(ニシナリヨシオ)」。大量にかばんが縫いつけられたジャケットや、ニッカーボッカーにかけつぎを施したパンツなど、おばあちゃんの自由な発想をアーティストが引き出し、洗練されたデザインに落とし込んでいく。アトリエでは高齢女性たちが集い、憩いながら手を動かしていた。デザインの根底にあるのは、人を思いやる心だという。

空き家店舗を改装

活動拠点となっているのは、大阪市西成区山王で空き店舗となっていた「鈴木タンス店」を改装してオープンした「kioku手芸館『たんす』」。表の看板の文字も欠け落ちたままの店舗で、毎週水曜と土曜の午後、近所に住むおばあちゃんたちがミシンをかけたり、パッチワークの型を切ったりとそれぞれの作業を楽しんでいる。9月中旬の昼下がりには、5人ほどが集まっていた。

手を動かしながら、口を動かし。「たんす」に集まる女性たちからは笑いが絶えない=大阪市西成区(沢野貴信撮影)
手を動かしながら、口を動かし。「たんす」に集まる女性たちからは笑いが絶えない=大阪市西成区(沢野貴信撮影)

「みんなと話して服を作る。自分の作ったものを、みんなが気に入ってくれるのが一番うれしいんよ」。宮田君代さん(88)は毛糸をほどきながらこう話す。3時のお茶の時間には作業の手を止め、笑い声が響いた。

宮田さんは、袖口がゴムになった「自分ジャケット」の作者で、「トイレで邪魔にならないように」と後ろ身頃を短くしたのがポイントだという。最近は体調がすぐれず、週1回ほどしか顔を出せないというが、この日は、血圧を測りながら取材に応じていた。

「思いやり」を形に

ニシナリヨシオの代表作の一つ、無数にかばんの取っ手がついている「かばんジャケット」は中田久江さん(86)のアイデアから生まれた。行き先によっていつも違うバッグを持ち歩く知人の夫を思い出し、「いろんなバッグが洋服についていたら替えなくていいのでは」とありとあらゆるかばんを縫い付けたジャケットを思いついた。

また、鶏肉店のおかみさんが焼き鳥を焼くときに熱くならないよう、袖にパッチワークを100枚ほど重ねたジャケットもある。

「たんす」は、地域の住民がアーティストと一緒に創造活動に長期的に取り組むことを目的とした大阪市の文化事業「ブレーカープロジェクト」の一環として平成24年にオープンした。

kioku手芸館「たんす」。元の鈴木タンス店の看板は、わずかに残るばかり=大阪市西成区(沢野貴信撮影)
kioku手芸館「たんす」。元の鈴木タンス店の看板は、わずかに残るばかり=大阪市西成区(沢野貴信撮影)

29年からは美術家で、奈良県立大准教授の西尾美也さん(39)を招聘(しょうへい)。「装いによる分断や固定観念を崩すこと」をテーマとしてきた西尾さんはおばあちゃんたちに、1年をかけて古着を裁断して新しい服を構成するといったワークショップを続けた。当初は「古着は嫌い」「何でこんなことせなあかんの?」とぼやくおばあちゃんたちの抵抗にもあった。

しかし、「身近な誰かをイメージし、その人ならではの日常の作業服を作ろう。思いやりをデザインしよう」と提案したところ、思いもつかないアイデアが寄せられるようになった。

そうしたプロセスを経て、30年にファッションブランドとしての「ニシナリヨシオ」が誕生。おばあちゃんたちのアイデアは西尾さんのアドバイスと合わさり、プロトタイプ(原型)ができた。プロがパターン(型紙)を引いて縫製工場で完成させ、商品化した。

例えば、かばんジャケットは値段も12万1千円と高級ブランドも顔負けの値段設定だが、「おばあちゃんのイメージや言葉に、人が手に取りたくなる性質を加味し、いかに『服』としてみてもらえるかが面白い」と西尾さんは言う。

女性たちのサード・プレイスに

脱ぎ着しやすいように、袖口がゴムでしぼられたり、後ろみごろを短くしたりと工夫が凝らされたジャケット。前みごろは食事をこぼしても下が汚れないように長くするなど生活の知恵が生かされている
脱ぎ着しやすいように、袖口がゴムでしぼられたり、後ろみごろを短くしたりと工夫が凝らされたジャケット。前みごろは食事をこぼしても下が汚れないように長くするなど生活の知恵が生かされている

「たんす」は創造活動の拠点のほかにも意味を持つ。活動初期から通う草田武子さん(81)は、数年前に自宅が火災で全焼するまで、鈴木タンス店のはす向かいで暮らしていた。今も東淀川区から電車で駆けつける。

「前からの知り合いが多いから、おしゃべりできるのが楽しみで」

嫁いでから約50年この地で暮らす松本香壽子(かずこ)さん(77)は、「昔はこの街も子供が多くて、活気があった。今は空き家も増えたけど、ここに来れば仲間がいる」と、女性たちの居場所として、この地に根を張っている。

長年、プロジェクトを支えてきたディレクターの雨森信さん(51)は「アートと地域をつなぐことが活動の基本にあるが、結果としておばあちゃんの居場所が形成されている」とたんすの2つの役割について話し、「既存の概念を揺るがすアーティストに出合い、初めてのことに挑戦することで、新たな自分を発見できるのではないか」と強調した。

今年の東京パラリンピックの開会式・閉会式でも多様な美しさが表現されるなど、従来の美の価値観にとらわれない意識は広がっている。コロナ禍が収束すれば、おばあちゃんたちがニシナリヨシオの服に身を包み、ランウェーを闊歩(かっぽ)するファッションショーが開催される日が来るのかもしれない。(藤原由梨)

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