文人論客壺中之天

「品川つばめグリル」×「すぎやまこういち」

月刊「正論」1月号から)

取材・文=将口泰浩 写真=渡辺照明

アルミホイルに包まれた贅沢 知らないではもったいない

――好きなものを食べ、好きなように遊び、好きなように仕事をし、好きなように生きる。

「恋のフーガ」「亜麻色の髪の乙女」など二千曲以上を作曲した、すぎやまこういちがドラゴンクエストのテーマ曲を手がけたことに周囲は驚愕した。将棋ゲームの駒の動かし方に疑問を持ち、ゲーム会社に送った一通の手紙がきっかけだった。国民的音楽家の参加により、映像が主だったゲームに一流の音楽を加え、ゲーム音楽という新たな世界を開拓した。

その自由人が通った店が第一京浜沿いにある「つばめグリル品川駅前店」だ。クラシカルな調度品で整えられた店内は窓が大きく明るい一軒家レストランで、さすがは昭和五年創業、老舗洋食店の基幹店である。同年、東京―神戸間を特急「燕」が九時間で結んだことに店名は由来する。

アルミホイルに包まれたご馳走
アルミホイルに包まれたご馳走
肉の新鮮さを保つため、1日に何度も挽く
肉の新鮮さを保つため、1日に何度も挽く

いつも注文していたのが名物「つばめ風ハンブルグステーキ」(一千九百四十七円)。店でも客の八割が注文する人気メニューである。肉は挽肉にすると味が落ちるため、店内で一日、何度も挽き、その時刻を黒板に表示するほど、鮮度を重要視している。北海道や鹿児島など、時期のいい肉を全国から仕入れるが、必ず旨味が強い熊本の赤牛をブレンドする。

昭和四十年代、魚や肉を包み焼きにする料理をヒントに開発された料理がテーブルに登場した。ナイフとフォークでアルミホイルを破ると、湯気とともにデミグラスソースの甘い香りが立ち上る。自分で仕掛けるこの演出がなんとも楽しい。

ステーキは肉本来の味が濃密に感じられ、肉々しい。牛バラ肉のシチューも芳醇で味わい深い。焼いたポテトにもデミグラスとハンブルグステーキ、牛脂を合わせたソースが添えられている。

豪華にステーキにビーフシチューを合わせる
豪華にステーキにビーフシチューを合わせる

雰囲気のある洋館で二つの美味しいが同時に押し寄せる高揚感。このまま品川駅から新幹線に乗っても、東京旅行の締めにすてきな洋食に出会えた幸せが持続するだろう。ワインを合わせれば、より充実感が増すに違いない。

後年、ドラクエの曲をオーケストラで演奏し、指揮を執ることが多かった。

「楽器の数が多いからオーケストラは料理に例えるとご馳走、贅沢ですよ。ご馳走の味を知らないで人生を終えるのはもったいない」

すぎやまが選んだハンブルグステーキにも同じことがいえないだろうか。様々な料理の要素が包まれているアルミホイル。知らないではもったいない。

月刊「正論」1月号から)

「品川つばめグリル」

東京都港区高輪4-10-26 ▽アクセス/品川駅(高輪口)から徒歩1分 ▽営業時間/11:00~22:00 (L.O.21:00) ▽定休日/年末年始

「横浜橋商店街 安楽」×「桂歌丸」のイメージ

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