地元の足、軽視すれば“衰亡” 「ひたちなか海浜鉄道」に見るローカル鉄道の勝ち方

提供:PRESIDENT Online
緑の中を走るひたちなか海浜鉄道の車両(写真提供=ひたちなか市)

 人口減で各地のローカル線が厳しい状況にある。もう「地元の足」としての鉄道は不要なのだろうか。実は茨城県の「ひたちなか海浜鉄道」は、そんな状況でも着実に乗客数を伸ばしている。10年前の廃線危機を乗り越え、現在では延伸も計画中だ。なぜ再生できたのか。そこには観光に頼らず、地元密着を徹底する姿勢があった--。

 「3.1キロの延伸」を計画

 ゴールデンウイークで行楽が本格化する時季だ。この機会に、行楽地に出かけてローカル鉄道に乗る人がいるかもしれない。だが、地方ローカル線は廃止が相次ぐ。3月31日には広島県三次市と島根県江津市を結ぶ「JR三江線」(全長108.1キロ)が全線廃止となり、88年の歴史に幕を閉じた。

 三江線のように利用者減で廃線になる路線、第三セクターに移行したが集客に苦しむ路線など、全国的にローカル線が厳しいなか、新たに鉄道距離を伸ばす「3.1キロの延伸」を計画する鉄道がある。茨城県ひたちなか市の「ひたちなか海浜鉄道」(全長14.3キロ)だ。

 2008年に地元企業の茨城交通から、ひたちなか市が出資する第三セクターに移行した同鉄道は、地道な取り組みで乗客数を伸ばし、「地方ローカル線の再生成功例」ともいわれる。とはいえ、どの地方も人口減で廃線が相次ぐご時世に、なぜ延伸計画ができるのか。そのねらいは何か。ひたちなか市長と海浜鉄道社長それぞれに話を聞いた。

 「収支トントン」までこぎつけた

 「ひたちなか海浜鉄道が開業して今年で10年になります。年間70万人割れ寸前だった輸送人員(乗客数)は100万人を超えました。安全対策については国・県・市の補助金を受け、市から固定資産税分の補助も受けていますが、損益計算書では収支トントンまでこぎつけました」

 こう話すのは吉田千秋社長だ。同社の発足にあたり、社長公募で選ばれ、今年で10年となる。就任当時は43歳。前職は富山県のローカル線・万葉線(第三セクター)の総務部次長だった。富山地方鉄道や加越能鉄道(当時)の勤務経験もあり、万葉線では5年間で年間乗客数を98万人から115万人まで増やした。そうした実務経験を買われて社長となり、地道な活動で実績を伸ばしている。

 ここまでV字回復できたのは、さまざまな要因があったと吉田氏は話す。

 「それまで私が携わっていた富山県の鉄道に比べて、海浜鉄道は恵まれていました。ひたちなか市の人口は約15万5000人で茨城県内4位。沿線には県内有数の観光地もあるからです。なぜ、これで廃線危機を迎えたのか。まずはそこから検証しました」

 県内有数の観光地とは、年間約200万人が訪れる「国営ひたち海浜公園」、同約150万人の那珂湊「おさかな市場」をさす。そこで、開業2年目に「阿字ヶ浦駅←→海浜公園」の無料シャトルバス運行を始めた。これが大人気となり、相乗効果も生まれた。

 「シャトルバスの乗客の3割ぐらいは、『おさかな市場』にも寄っていただけたのです。それまでは海浜公園や市場など、沿線の魅力を発掘する“あるもの探し”の意識が弱く、営業活動の本気度も欠けていたと思いました」(吉田氏)

 ただし、こうした「観光客」頼りでなかったのが、同鉄道のV字回復の本質なのだ。

 通学定期の大幅割引実施で高校生の利用が増大

 「地域の人が乗ってこそ、ローカル線の役割がある」と吉田氏は力説する。そのため就任すると、ひたちなか市やひたちなか商工会議所とも連携して、通学定期の大幅割引を行った。「120日分の往復運賃を払えば1年間乗り放題」という年間通学定期券を発売し、地域で「説明会」を実施したところ、沿線の高校生の利用が一気に増えたのだ。

 実は、多くのローカル線は、イベント列車など「観光客」誘致で乗客数増を図ろうとする。だが、“沿線住民の足”という本来の使命からいえば主客転倒だ。海浜鉄道もイベント列車を走らせるが、毎日のように利用する「定期客」第一という姿勢を貫く。その意識は吉田氏だけではない。実は、ひたちなか市の本間源基市長の持論でもある。

 2002年にひたちなか市長に初当選した本間氏(現在4期目)は、公共交通の重要性に早くから着目し、2006年には市内で「コミュニティバス」(愛称:スマイルあおぞらバス)の運行を開始した。 “クルマ社会”の地域ゆえ、当初は周辺住民の理解を得られなかったが、現在は路線の充実拡大を望む声が大きい--と聞く。

 海浜鉄道(地元では「湊線」と呼ぶ)の廃止議論は、前市長時代からあったが、本間氏は粘り強く交渉を続け、現在の第三セクターに移行させた。「将来に向けて、行政の責任で残すべき社会インフラ」の姿勢からだが、さらに驚くべき施策を打ち出している。

 「統合した学校」を沿線駅前に設置

 少子化で生徒数が減った市内の小学校と中学校を統合させて、沿線に設置予定の新駅前に新設する計画なのだ。「候補地は、現在の平磯駅と磯崎駅の間」(本間氏)と話し、4年後の平成33年度の開校と新駅設置をめざす。

 「義務教育の学校を移転させて、その学校の近くに新駅を設けるのは非常に珍しいと聞きます。地方自治の視点でも興味深い取り組みです」(現地事情にくわしい経済誌の編集者)

 どういうことか。本間氏が説明する。

 「まず教育面では、1学年1クラスのような学校だと、進級してもクラス替えがなく、生徒も“他者との交わり”で多様性が育ちにくいのです。新設校では1学年2クラスの確保を見込んでいます。経済面では、駅前に移転すれば、生徒も安心して通学できますし、市がスクールバスを用意して通学させる場合(約1億円)と比べて、試算では何千万円も安くなります。一方で、移転費用や統合費用はかかりますが、市の未来像として、行政の責任で行う必要があると考えました」

 事業費78億円の「延伸計画」

 冒頭で紹介した「3.1キロの延伸計画」とは、現在の終着点・阿字ヶ浦駅から延伸し、終着駅は「ひたち海浜公園の西口駐車場近く」になる見通しだ。「現在は勝田駅から有料バスが発着する、年間200万人集客の海浜公園への輸送需要を取り込み、鉄道会社の経営を安定させたい。そうすれば鉄道の存在意義もより高まる」(本間氏)という考えだ。

 延伸で年間90万人の乗客数増が見込める一方で、総事業費が約78億円という巨額投資となる。国や県の補助金が見込めるとはいえ、地域の完全理解までには至っていない。

 「鉄道の駅を廃止した町からは、活力が失われる」と関係者は一様に指摘する。茨城県内でも筑波鉄道(1987年4月1日で廃線)、日立電鉄(2005年3月末で廃線)、鹿島鉄道(2007年4月1日で廃線)といった事例が相次ぎ、その後の状況を見てきたからだ。

 筆者は同市長を取材するのは3度目だが、今回の取材で判明したのは“鉄道オタク”であること。この場合のオタクとは“造詣の深さ”の意味合いが強い。「乗り鉄」「撮り鉄」といった言い方にならえば「残し鉄」だ。それは「公共交通の使命」に沿っての決意や行動といえる。

 高齢化時代の「鉄道」と「道路」

 現在は人口微増のひたちなか市だが、将来を見越すと人口減となる見通しだ。少子高齢化で、この先は通学定期を支える高校生の総数も減っていく。

 それでも「海浜鉄道の未来志向」は興味深い。たとえば高齢者の運転による交通事故の影響で、この先「高齢者の免許返納」圧力はさらに強まるだろう。早めに運転を自重する人も目立つ。別の取材では、60代の社長から「交通不便な場所の出張でも、昔はクルマを運転して行ったが、腰に負担がかかるので近年は電車移動にした」という声も耳にした。

 現在の高校生(通学定期利用者)や未来の小中学生(学校統合後の通学定期予定者)は、末永く“海浜鉄道の消費者”になってくれる可能性も高い。その鉄道に愛着を持って育った本人が、大人になっても友人・知人を招く効果が期待できるのだ。

 高齢化時代の地方では、「鉄道」と「道路」に、どう資金を投じて、どのように中長期的に運営するかも課題だ。引いた視点で考えると、ひたちなか海浜鉄道の取り組みは、その課題に挑戦しているともいえるだろう。

 高井 尚之(たかい・なおゆき)

 経済ジャーナリスト・経営コンサルタント

 1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。

 (経済ジャーナリスト 高井 尚之)