スポーツその他

広島3連覇に隠された秘話 チーム空中分解の危機を救った新井の大岡裁き 「トラブル処理は10件ほどあった」

後輩たちからビールをかけられ、新井に至福のときが訪れた

 優勝へのマジックを「1」としていた広島は26日のヤクルト戦(マツダスタジアム)に10-0で勝ち、球団史上初のリーグ3連覇を達成した。緒方孝市監督(49)は3万2244人の観客の前で9度宙を舞った。本拠地での胴上げは1991年以来27年ぶり。チームはシーズン中、何度か空中分解の危機に陥ったこともあったが、その度に大岡裁きで救ったのが、今季限りで現役を引退するベテラン、新井貴浩内野手(41)だった。(山戸英州)

 「優勝してうれしいけれど、僕の中ではタイマーが鳴っている。新井さんと一緒にやれる時間が減っているのは寂しい」

 菊池涼介内野手(28)が複雑な心境をそう表現した。「人間として、野球人として育ててくれた」と新井に最敬礼する弟分だ。

 新井はこの日、10点リードの7回2死一、二塁に代打で登場し三ゴロ。試合終了後には、スタンドから沸き起こった「新井! 新井!」のコールに促され、緒方監督に続いて胴上げされた。

 6度宙に舞い、「『胴上げはやらなくていいから』と事前にいっていたけど、自然にやってもらった。ありがたい」と照れた。

 ビールかけの中締めでは「2次会は黒田さん(一昨年限りで引退した博樹氏)の家でやります。300人以上入りますんで!」と呼びかけ、爆笑を誘っていた。

 誰もが新井を慕っている。今季は開幕直前に左ふくらはぎを痛め、14年ぶりの2軍スタート。

 ある選手は「実績のあるベテランがああいう状況に陥れば、自分のふがいなさにイライラして、ベンチ内の空気が悪くなることも多い。ところが、新井さんにはそれが全然なかったんですよ」と証言する。

 「自分のことよりも、僕ら後輩のことをずっと気にされていた。本来はライバルでもあるはずなのに、押しつけがましくはなく、こちらが悩んでいることをピシャッと言い当てて、適切なアドバイスをくださる。いい意味でドキッとしたことが何度もありました」と続けた。

 2015年まで24年間も優勝できなかった広島だが、セ・リーグで常勝軍団化し急激にもてはやされる中、天狗(てんぐ)になりチーム内であつれきを生む選手も現れた。

 事件は今季序盤のある試合中に起こった。タイムリーを放ちベンチに戻った3年目の西川龍馬内野手(23)とのハイタッチを、X選手が拒否。これを目撃した一部の選手、スタッフが激怒しベンチが騒然とする事態に発展したのだ。

 「チームが空中分解する最悪のシナリオが頭をよぎった」(球団関係者)が、この窮地を救ったのが頼れる新井の大岡裁きだった。

 複数の選手から相談を受けて立ち上がり、Xと個人面談。怒鳴りつけるわけではなく、「どうした? 何があったんだ?」と優しく問いかけ、聞き役に徹したという。

 Xは厳しい競争から生じたストレスが爆発したが、ベテランの心遣いに徐々に落ち着きを取り戻した。

 じっくり話を聞いた新井は最後に「気持ちはよくわかった。でもな、自分の気持ちの表現方法としては良くない。ここは実力の世界だ。悔しかったら、結果で勝負しないと。みんなで戦うんだよ」と語りかけたという。Xは心を入れ替えてチームと同じ方向へ向き直り、事なきを得た。

 「表には出ていないが、新井さんはこの手のトラブル処理が今季10件ほどあった。新井さんの大岡裁きがなかったら、リーグ3連覇もなかった。本当にいてくれてよかった」と球団関係者は絶賛。

 チームの負けが込むと、投手陣は野手の得点力不足やエラーを嘆き、野手陣は投手の失投を批判して、両者の仲が険悪になるのも球界ではよくある話だが、こういうとき、決まって新井が両者の間に入り「前を向いてやっていこうよ」と説き続けたという。

 この3年間、広島は新戦力が次々と台頭し、育てながら勝つという難しいテーマをクリアしてきた。陰のフォローを怠らず、世代間のバランスを取る新井の存在こそ、最大の強みだったのかもしれない。

©2024 The Sankei Shimbun & SANKEI DIGITAL Inc. All rights reserved.