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アップルペイに気をつけろ。Suicaは手数料狙いの「お布施カード」に

iPhoneユーザー待望のアップルペイのサービスがいよいよ日本でもスタートします。その技術にSuica機能が使われるとあって大きな話題となっていますが、肝要の使い勝手はどのようなものになるのでしょうか。豪華執筆陣による興味深い記事を1本から購入できて読める、まぐまぐの新サービス「mine」で公開中の、ノンフィクション作家・立石泰則さんの記事では、iPhone7をSuica対応にしたアップルの本音と予想される使い勝手について論じています。

iPhone7をFeliCa対応にしたアップルの本音

iPhone7などにソニーの非接触ICカード技術FeliCaが搭載されたことで各方面で話題になり、ネット、紙媒体を問わずさまざまなメディアでも取り上げられている。その半面、FeliCaに対する理解が不十分のまま、誤解とは言わないまでも誤った報道が続いているように感じる。

例えば、9月11日付の日経電子版の記事「iPhone7、Suicaが選ばれた理由」では、次のように「夢」を語っている。

アップルがフェリカに対応することで、これまでガラパゴス技術と揶揄(やゆ)されてきた日本の電子マネー技術が海外へ広がる可能性も出てきました。

電子マネーは「手段であって目的ではないのだが、こうした勘違いが依然として大手を振っていることが問題だと思う。そこで、アップルがiPhone7などにFeliCaを搭載した意味を正しく理解するために、FeliCaとはどんな技術でどのような役割を期待して開発されたか、いまいちど簡単に振り返ることから始めたい。

なお、FeliCaの開発及びビジネス展開の詳細は、拙著『フェリカの真実──ソニーが技術開発に成功し、ビジネスで失敗した理由』(草思社、2010年)を参照していただきたい。

もともとFeliCaは、いまのような電子乗車券&電子マネーを想定して開発されたものではない。ある宅配業者が荷物を自動仕分けしたいという要望をソニーに持ち込み、それに応じた厚木の情報処理研究所がいわゆる「無線タグとして開発に着手したことから始まったものだ。

その後、「無線タグ」の開発を聞きつけたJRの鉄道研究所が改札口の混雑の緩和のため、磁気式カードに代わって非接触ICカードが利用できないかと打診してきたことから電子乗車券&電子マネーの開発へ舵を切ることになる。

しかし最初に実現したのは、日本ではなく香港だった。香港では、地下鉄公社(MTR)など公共交通機関6社が共同出資した運営会社が、非接触ICカード専用の自働入改札システムへの切り替えに取り組んでいた。

その運営会社が提示した条件は、1枚の非接触ICカードで6社7サービスの運用が出来ることだった。その条件をクリアし、競争入札に勝ったのがソニーのFeliCaである。香港では、FeliCaカードは「オクトパスカード」と命名され、その後は提供するサービスもコンビニやタクシー、公衆電話など500種類以上にも増え、香港市民の生活に欠かせないものとなっている

FeliCa(チップ)をハード面から言えば、アンテナとCPUメモリの3つに大別できる。さらに、他の非接触ICカードよりも優れている点は、差別化技術はセキュリティの高さと個人認証・機器認証の速さである。その速さは瞬時と言っていいほどで、駅の出改札口での処理速度は200ミリ秒以下で、1分間に60人が改札を通過することが出来ることだ。

ソフト面でいえば、NFC(近距離無線通信技術)はタッチするだけでつながるユーザーインターフェースになっており、そのNFCにすべてのサービスアプリが繋がっていた。それによってきわめて使い勝手は良くなっていた。

ではFeliCaとは何か。FeliCaの開発者、日下部進氏は私のインタビューにこう答えている。

私がフェリカを作ったのは、もともとたくさんのアプリ(サービス)を入れる「器」としてです。例えば、香港では地下鉄やバスなどの交通系以外にもキオスクや公衆電話、コンビニ、博物館などの電子チケットといったいろんなサービスが1枚のカード(オクトパスカード)で利用できます。そのようなサービスの代金を回収する手段として電子マネーが必要だと考え、私は電子マネーを作ったのです。だから、電子マネーは手段であって目的じゃないんです。

つまり、FeliCaはサービスアプリを入れる」であって、その利便性を高めるために電子マネーがあり、NFCというインタフェースがあるというわけである。香港の成功にともない、FeliCaの今後のビジネスを考えると、ソニーにとってFeliCaを国際規格にすることは当然の帰結である。

しかし結論から先にいえば、FeliCaは国際規格として認められなかった。国際規格は、ISO(国際標準化機構、本部・スイス)で決められていた。ISOは電気分野を除く工業分野の世界標準、つまり国際規格を策定する民間の非政府組織である。

当時、国際規格の非接触ICカードは存在しなかった。香港でFeliCaと争ったライバルの「マイフェア」(オランダ)も国際規格ではなかった。しかしFeliCaを国際規格として認めなかったISOは、マイフェアをタイプAとして国際規格として承認した。

理由はいろいろ取り沙汰されているが、要するにマイフェアが普及している欧州勢からの強い反対があったからだ。性能としてはFeliCaのほうが優れていたが、マイフェアでビジネスしている欧州ではFeliCaと同等の非接触ICカードを開発する力がなく、作れないものは標準化できないという雰囲気が会議を支配したためだった。

当時、JR東日本がプリペイド式磁気カードから非接触ICカードへ入改札システムへ切り替える時期にあたっており、その競争入札にソニーもFeliCaで応募する予定だった。

しかし当時、JR東日本は完全民営化前で特殊会社」だった。国に準ずる機関に相当したため、WTO/TBT協定によれば、国もしくは国準ずる機関が10万ドル以上の調達をかける場合には国際規格があるものはそれを優先的に使うことが求められていた。

このままでは競争入札は、マイフェアが落札することになる。そこで日下部氏は、FeliCaカードを無線(非接触、NFC)とICカードの二つからなる製品と見なし、無線部分で国際規格と認定されればFeliCaカードは国際規格のNFCに対応したICカードだと主張できると考えた。なかなか苦しい理屈だが、NFCはワイヤレスLANと同じSC6で審議され、新しいコミュニケーション手段の通信規格の国際規格として認められた。それが、ISO/IECの18092という規格である。

今回のiPhone7のFeliCa搭載で、FeliCaのNFCが国際規格ではないという指摘がおおくなされたが、少なくともISOの国際規格としては認められている。ただ欧州を含め広く採用されなかったのは事実である。

日下部氏の気転で、JR東日本の競争入札に勝ち、FeliCaは採用される。FeliCaカードは、Suicaカードとなって電子乗車券&電子マネーとして広く浸透していく。

2007年は電子マネー元年」と呼ばれた。3月に「PASMO(パスモ)」(首都圏の私鉄・地下鉄・バス事業者)のサービスが始まると、4月には「nanako(ナナコ)」(セブン&アイホールディングス)、「WAON(ワオン)」(イオン)の二大流通系の電子マネーが発行されたからである。すでにソニーは独自の電子マネー「Edy(エディ)」(現、楽天エディ)を発行していたし、携帯電話に搭載する「おサイフケータイ」と呼ばれる電子マネー「ID(アイディ)」(NTTドコモ)や「QUICPay(クイックペイ)」(JCBなど)も登場していた。

JR東日本に続いてJR各社もFeliCaのプラットホームを使って、電子乗車券&電子マネーを相次いで発行した。そしてその流れは全国の私鉄バス地下鉄など公共交通機関へと広がっていった

しかし「乱立」と呼ばれる現象が起きる。同じFeliCaカード(チップ)を使いながらも互換性がなかったことだ。流通系はハウスカードとして活用したため、お客を囲い込む必要があったから互換性のないことが必要だった。コンビニなどでは、レジの横に複数の端末を用意してお客が利用している電子マネーごとに使い分けることを強いられた。同じFeliCaカードを使用しながら、この「混乱」は非接触ICカードの普及の妨げになった。こうしたなか、JR東日本が中心になってJR各社および私鉄など交通系から相互利用できるように改善が進められた。いまでは、JR各社を始め主要な公共交通機関は相互利用できるようになった。ソニーが開発したFeliCaの展開は、サービスの提供及び運用面ではJR東日本がイニシアティブを握って進めてきたのが現実の姿である。

そのような状況下で、アップルはiPhone7などの機種でFeliCa対応にすると発表した。しかもSuicaを搭載する、という。誰もが当初、iPhone7でモバイルSuicaを搭載したスマホと同じような使い勝手を想像したのではないだろうか。

しかしFeliCa対応といいながら、アップルの発表を見る限り、私たちが考えるFeliCaとはかなりの差異を感じる

アップルは、もともと「アップルペイ」というNFC(FeliCaとは別規格)を利用した決済サービスを持っている。非接触で決済することから「電子マネー」と思われがちだが、日本で利用されている電子マネーとはかなり違う

アップルペイは、iPhoneのホームボタンに指を置いて指紋認証(個人認証)を行いながら、端末(読み取り機)にタッチすることで決済を行う。しかし決済先はクレジットカード会社に紐付けされており後払いである。つまり、電子マネーのように使っても、決済それ自体はクレジットカードと似ているのだ。そしてアップルは、アップルペイの利用に対し、カード発行会社などから0.15%の手数料をとる

そのアップルペイを、アップルはFeliCa対応のiPhone7でも使用する。そのことは、FeliCaのプラットホームでは何を意味するのか。iPhone7に搭載されるFeliCaは、携帯用の「モバイルFeliCa」である。FeliCaカード(チップ)でも、電子乗車券などの交通系から電子マネー、アクセスキー、社員証などさまざまなサービスはメモリに収められる。

モバイルFeliCaのメモリは、発行者しか利用できない「専用領域」とサービス提供者は誰でも使える「共通領域」で構成されている。アップルはSuica搭載を明らかにしているから、専用領域には交通系アプリのSuicaが、また電子マネーとしてIDとQUICPayを利用するから共通領域にはこの二つの電子マネーが入っていると思われる。

Suicaマネーを始め日本の電子マネーは、ほとんどがプリペイド(先払い)方式である。それに対し、おサイフケータイで使われているIDとQUICPayはポストペイ(後払い)方式である。

IDもQUICPayもクレジットカードに紐付けされており、後からまとめて支払う、つまりクレジットと同じである。違いはタッチするだけで決済できることである。アップルペイはFeliCa対応の電子マネーではないから、IDとQUICPayをインターフェース代わりに使ったものと思われる。しかしそんな面倒な方法でもアップルペイを使いたいのはなぜか

日本の電子マネーはあくまでも少額決済のためであり、チャージするにしても上限制限があるように、いわば釣り銭など小銭の煩わしさからユーザーを解放するのが目的である。しかしアップルペイには、上限制限はない。クレジットカードやデビットカードに対応し、少額でない買い物も自由にできる。そしてその手数料をしっかり稼ぐビジネスモデルなのである。それゆえ、朝夕の混雑する駅構内のキオスクで新聞やタバコなどをアップルペイで支払うことは想定していないだろう。いちいち指紋認証してからタバコを買う人はいないだろうから。さすがに改札を通る際には、個人認証は必要なく、そのままタッチすれば通れるようになっているが、モバイルSuicaを使い慣れた人には使い勝手が決していいとは言えない

以上のことから、アップルの狙いはあくまでもアップルペイの普及であり、そのためにわが国でもっともインフラが充実しているSuicaを利用したということに尽きる。iPhoneが圧倒的なシェアを占める日本で、アップルはアップルペイを普及させることで手数料収入を拡大させたいというのが本音だろう。

(続きはご購入の上、お楽しみください)

image by: Apple


著者/
立石泰則 ノンフィクション作家・ジャーナリスト

1950年、福岡県北九州市生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。経済誌編集者や週刊誌記者等を経て1988年に独立。1992年に『覇者の誤算 日米コンピュータ戦争の40年(上・下)』(日本経済新聞社)で第15回講談社ノンフィクション賞受賞。2000年に『魔術師 三原脩と西鉄ライオンズ』(文藝春秋)で1999年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著は『松下幸之助の憂鬱』(文春新書)、その他にも『さよなら!僕らのソニー』(文春新書)や『パナソニック・ショック』(文藝春秋)など著書多数。

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