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安倍首相が「一帯一路」に協力表明。日本は中国に屈したのか?

先日都内で行われた国際交流会議の席上、中国の経済構想「一帯一路」に初めて協力の意向を表明した安倍首相。これを受け一部メディアはあたかも日本が中国に屈したかのように報じるなど、「中国の優位性」が強調され始めました。しかしメルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』の著者で台湾出身の評論家・黄文雄さんはむしろ逆の見方を示し、安倍首相こそが習主席の命運を握っていると指摘しています。

【日中】安倍首相が習近平の生殺与奪の権を握っている理由

首相「一帯一路に協力」初の表明…関係改善狙う

安倍首相は6月5日に国際交流会議「アジアの未来」の夕食会で講演し、中国の経済圏構想「一帯一路」について、「(同構想が)国際社会の共通の考え方を十分に取り入れることで、環太平洋の自由で公正な経済圏に良質な形で融合し、地域と世界の平和と繁栄に貢献していくことを期待する。日本は、こうした観点からの協力をしたい」と述べました。

新聞各紙は、初めて安倍首相が「一帯一路」への協力を口にしたということをポイントとして強調しています。これだけ見ると、いよいよ日本も「一帯一路に参加するかのような印象を与えます。

アメリカのTPP離脱で窮した安倍政権が、「一帯一路」に尻尾を振り始めたと見る向きもあります。

ただし、産経新聞は「安倍晋三首相、中国の『一帯一路』協力に透明性、公正性などが『条件』」という見出しで、中国が支援する国の返済能力を度外視して、インフラ整備のために巨費を投じることが問題化しつつあることを踏まえた発言だという内容となっています。むしろ中国を牽制する狙いがあるという論調です。

安倍晋三首相、中国の「一帯一路」協力に透明性、公正性などが「条件」

中国が対外インフラ投資を利用して他国の土地を支配していることについては、このメルマガでも先日論じました。スリランカのコロンボにあるハンバントタ港は、中国からの融資でインフラ開発されましたが、6%を超える高利であるためスリランカ側の返済の目処がたたず、このハンバントタ港を中国企業に99年間貸与するという、「事実上の売却」に迫られました。

スリランカ 港を中国に貸し出しへ 財政厳しく

中国が主導するAIIBについては、これまでも麻生副総理をはじめとして、透明性と公正性が重要だということを強調してきました。今回の安倍首相の発言も、「一帯一路」について、従来の政府の立場を踏襲したにすぎません。

官房長官、中国主導のインフラ銀巡る麻生氏発言「従来の政府見解と同じ」

よく語られるように、「一帯一路」と「AIIB」は中国が日米経済連携に対抗し覇権を確立するための世界戦略です。しかし、中国中心の発想であり、自国のゾンビ企業の過剰生産と軍事拠点づくり、発展途上国の財政圧迫、そして資金不足で頓挫するプロジェクトが絶えないなど、さまざまな問題点が指摘されています。

最終的には日米主導の世界銀行やアジア開発銀行からの資金的協力が不可欠であり、外資頼りだった「改革開放」路線の延長としての「他力本願であることは一目瞭然です。

5月14、15日に北京で開催された「一帯一路」国際会議では、アメリカが代表団を送り、安倍首相も二階俊博幹事長を特使として派遣して習近平主席に親書を渡しました。これに対して、人民日報は6月4日、「中日改善改善に日本は具体的行動を」という記事を掲載し、日中関係を改善したいなら具体的な政策と行動を示せと、かなり上から目線で「命じて」います。

中日関係改善に日本は具体的行動を

記事では、文部科学省が「銃剣道」を中学「学習指導要領」に入れたことや、台湾と日本の交流窓口の名称を「亜東関係協会」から「台湾日本関係協会」に変更したことなどを挙げて、「日本は歴史問題で小細工を繰り返している」などと批判しています。

さらに、「日本は東中国海で緊張をつくり、南中国海問題に干渉し、朝鮮半島情勢を刺激してエスカレートさせている。こうした行動の背後には中国と主権・権益を争う私利があり、改憲・軍拡につなげる魂胆もある。中国は、地域の安全における消極的要素になってはならないと日本に警告する」とまで論じています。東シナ海も南シナ海も、日本が緊張をもたらしているのだから挑発をやめろと言っているわけです。

要するに、「一帯一路」に入りたいなら中国の言うことを聞け、ということをかなりあからさまに要求してきているのです。これだけでも「一帯一路」に参加することは、日本の国益を犠牲にしなくてはならないことだということがわかります。

安倍首相が「一帯一路」国際会議に親書を送り、また、条件次第では協力するという発言を行ったのは、むしろ習近平に対するリップサービスだと見るべきでしょう。もちろん、北朝鮮問題を解決するために中国を動かす狙いもあるでしょうが、それに加えて夏に行われる北戴河会議を念頭に、習近平に恩を売る目的があると思われます。

今年の秋に5年ぶりの中国共産党大会が開かれますが、習近平にとってもっとも重要なのがその人事です。チャイナ・セブンと言われる党中央政治局常務委員で、習近平と李克強の残留は確実視されていますが、残る席を習近平派で固められるかどうかが焦点となります。

それにより、習近平が完全に権力を掌握できるかどうか、あるいは抵抗勢力が増えて政権がレームダック化するかの分かれ目になるからです。

加えて、現在の党軍事委員会の副主席(主席は習近平)の2人は、胡錦濤が総書記のときに選ばれたのであり、党大会後、ここに自分の手下をもってこれるかどうかも注目となっています。

そして、党の長老たちが集まって、こうした重要人事をあらかじめ内々に決めるのが、夏の北戴河会議なのです。そのため、習近平としてはこれまでの実績をできるだけアピールしたいところです。そのために「一帯一路国際会議を5月に開催したのです。

しかし、よく観察してみると、総書記になってからの5年間、習近平にたいした実績はありません。経済成長率は年々減少していますし、南シナ海問題ではアメリカに「航行の自由」作戦を行われてしまいました。ハーグの常設仲裁裁判所には中国が主張する南シナ海の領有権について「根拠なし」と言われてしまいました。

台湾では蔡英文政権が誕生してしまうし、北朝鮮も言うことを聞かないし、AIIBの起債も単独起債はまだ数件しかありません。

腐敗追及運動だけは、周永康を逮捕するなど進展がありましたが、中国官僚は誰もが腐敗していますから、逆に習近平への憎しみが増加しただけです。経済成長の衰退から人民解放軍を再編して兵力削減を目指していますが、今年2月には、退役軍人が反腐敗運動の拠点である北京の党中央規律検査委員会の前で、待遇改善を求めて大規模デモを起こしました。

北京の「反腐敗」拠点前で退役軍人ら千人デモ 待遇改善求め、習近平氏への批判勢力関与か

しかも肝煎りの「一帯一路」にしてもインドは自国に敵対的と見ており、モディ首相は中国からの「一帯一路」国際会議への招待を拒否しました。おまけに代表団を送った北朝鮮は開幕日に弾道ミサイルを発射して、習近平の面子を潰しました。

インドが中国「一帯一路」招待を拒否 パキスタン巡る亀裂を露呈

ロシアは一帯一路で中国から欧州までを結ぶインフラ建設のルートがほとんどロシアを通っていないことに不満を高めています。

要するに、習近平の実績はゼロなのです。

そんな折に、安倍首相から条件付きでも一帯一路についての「協力」の言葉がもらえたとなれば、習近平にとっては国内にアピールするいいチャンスです。もちろん中国は内外に向けて、「東夷が天朝の恵みを求めてきた」という尊大なポーズを取っていますが、習近平にとってはありがたかったでしょう。少なくとも北戴河、そして共産党大会までは、日本と対立して余計な波風を立てたくないはずです。

もちろん、中国の権力闘争は複雑怪奇ですから、日本の反発心を高めて習近平の実績をゼロにしようと動く勢力もいます。最初からゼロならば問題にならないことでも、いちどプラスに持ち上げておいて、そこからゼロに転じれば、それは汚点となります。

そういう意味で、習近平は安倍首相の対中発言や動向に神経を尖らせているはずです。日中関係は、これまでも胡耀邦総書記が失脚する原因の一つとなったり、あるいは天安門事件に対する国際的制裁解除のキーポイントとなってきました。

日本人が考える以上に、中国にとって日本の存在は大きく、他国との関係以上の特別なものがあります。

中国人はよく「小日本」などといって、ことさら日本の存在の小ささをアピールしますが、そのわりには無視するのではなく、わざわざ「5・4運動記念日」「7・7抗日戦争記念日」「抗日戦勝記念日」「柳条湖事件記念日」「南京大虐殺追悼日」など、かつての日本と関連する記念日を数多く作っています

26ある記念日の約5分の1が日本関連であり、「マルクス」「レーニン」に関する記念日より多く、中国が意識する外国としては、他の追随を許しません。それほど日本を意識しているということなのです。

つまり、中国および習近平政権の今後の行方を左右するほどのポテンシャルが日本にあるわけです。

中国共産党の内部でも、習近平は問題人物とみなされています。そもそも「草包」(バカ)だと見なされたので、江沢民派の上海幇に抜擢されたのであり、逆に切れ者とされた薄熙来は潰されてしまいました。

習近平が何もしなければうまくいくことでも、しゃしゃり出てくるとメチャクチャになるということが、中国人の間でも裏でよく言われています。能力がないために余計に自分の偉大さと権力に固執するのだと、私に訴える中国人も少なくありません。私に「習近平は想像以上に悪どい人物だ」と語る中国研究の専門家もいました。

今年の秋までは、習近平は何が起こるのか気が気ではないでしょう。現在、習近平は必死に不動産バブルを演出しています。中国のGDPに占める不動産投資額の比率は、23%以上(2016年、IMF試算)という、異常な状態になっています。一応は、バブル抑制策は取っていますが、バブルを本格的に冷やしてしまうと経済は急速にクラッシュしてしまうため、単なるポーズにとどまっています。習近平としてもいまバブル崩壊を起こすわけにはいかないのです。

追い詰められている習近平にとっては、とにかくこの夏と秋までが正念場です。逆の見方をすれば、秋の党大会以降、中国が大きく傾く可能性があるということなのです。

image by: 首相官邸

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