メルセデス・ベンツF700(FR/7AT)【海外試乗記】
これが未来のSクラス!? 2008.07.23 試乗記 メルセデス・ベンツF700(FR/7AT)メルセデス・ベンツが最先端技術を結集し、作り上げたリサーチカー「F700」。それは、未来が近づいてきていることを実感させるクルマだった。
理想のエンジン「ディゾット」
大型高級乗用車の分野でサスティナブル・モビリティを実現し、同時に快適性の新たな指標を打ち立てるべく開発されたメルセデス・ベンツのリサーチカーが「F700」である。このF700、昨年の東京モーターショーでも展示されていたが、見た目だけではその真価はなかなか理解しづらかったかもしれない。メルセデスも、それは承知だったのだろう。何と世界のジャーナリストに、この「未来のクルマ」を試乗する機会を設けてくれたのだ。
そこに投入されたテクノロジーのうち、まず最初に触れるべきは“DIESOTTO”=ディゾットと呼ばれるエンジンだろう。その体躯に似合わぬ、直列4気筒1.8リッターのこのエンジンには革新の内容が詰まっている。ガソリン直噴、可変バルブタイミング&リフト、可変圧縮比、2ステージターボ、マイルドハイブリッド……と、採用されたテクノロジーを挙げていくとキリが無いのだが、なかでも注目は、その燃焼方式である。
通常の直噴ガソリンエンジンは、空気を吸入して圧縮、燃料を噴射して、そこにスパークプラグで点火するが、ディゾットは燃焼室内に吸気行程で燃料を噴射し、その混合気を圧縮することで自着火させている。この点はディーゼルのそれに近い。ディゾットの名は、実はプラグを使わないDIESEL(=ディーゼル)と、燃料を予め混合させるOTTO(=オットーサイクル)を組み合わせた造語なのだ。
4気筒らしくない4気筒エンジン
プラグを中心に炎が燃え広がるスパーク点火に対して、混合気全体が一気にじわりと燃え出すため燃焼のムラが少なく、高効率かつクリーン。しかも燃焼温度が低いためNOxも少なく、三元触媒を使用できるというのが、ディゾットのメリットである。まさに夢の燃焼方式なのだが、さすがに制御は難しく、3500rpm以上の領域と高負荷時には通常のガソリン直噴エンジンとして動作する。
スペックは最高出力がエンジン238ps+電動モーター20ps、最大トルクが合計400Nm(40.8kgm)を獲得。それでいて燃費は5.3リッター/100km(約18.9km/リッター)と優れ、CO2排出量が127g/kmと少ないうえ、排ガスは次世代のユーロ6に対応するクリーンさを実現している。
その走りは、何とも不思議な感覚。音はいかにも直列4気筒っぽいのに、低速トルクはそれとは不似合いなほど太く、4人乗車のSクラスを悠々加速させる。それでいて、吹け上がりの軽さはやはり4気筒のそれ。踏み込めば3500rpmなどすぐに超えてしまうが、この時にも段付き感などはない。7G-TRONIC内蔵のマイルドハイブリッドも、ノロノロ進む渋滞では煩雑さを避けて敢えてエンジンを停止しないなど、後発の強みで制御はよく練られていた。
環境と快適の見事な融合
心地良いエンジン音や、V8やらV12などといった記号性を求めると4気筒エンジンでは物足りなく感じるかもしれないが、どこから踏んでもトルクが溢れるスムーズさは、高級車のエンジンとして見ても大いに満足できる。実用化への技術的課題は遠からずクリアできるとして、やはり最大の課題はユーザーの意識の面だろう。
それを後押しするのが室内の広さだ。全長5.18メートルに対して3.45メートルにも及ぶホイールベースは、直列4気筒の小さなエンジンだからこそ実現できたもの。おかげで、互い違いの向きに配された後席はビジネスクラス以上に寛げる空間に仕上がっている。
しかもF700には快適性をさらに高めるPRE-SCAN(プレスキャン)も備わる。レーザースキャナーで前方の路面を読み取り、ABC(アクティブボディコントロール)のセッティングを可変させることで、段差の衝撃などを緩和するこのシステム、実際の効果はてきめんで、感覚的には段差が3分の1の大きさになってしまったかのように感じさせる。しかも操縦安定性は、当然ながらまったく犠牲になっていないのだ。
他にも、COMANDシステムを発展させ、アバターとの対話による制御を採り入れることでインストルメンツパネルの簡略化を実現した新しいヒューマン・マシン・インターフェイスなど、触れたい要素は山ほどあるのだが、残念ながらスペースの都合ですべてはカバーできない。残念だが、ご了承願いたい。
サスティナブル・モビリティへの回答を導き出すことと、快適性の新たな指標を提示することは、どちらか片方だけでも決して簡単なことではない。しかしながら、このF700を見れば解る通り、メルセデス・ベンツは、両者を不可分なかたちで実現させるための道のりを、すでに未来に向けたロードマップの中に描いていたのである。
(文=島下泰久/写真=メルセデス・ベンツ日本)