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最終回:別れは突然やってくる(後編)

2013.10.11 リーフタクシーの営業日誌 矢貫 隆

バッテリーの劣化

前編からのつづき)
いつの時代もそうだけれど、別れというやつは、何の前触れもなく、ある日、突然やってくる。けれど、突然のようでいて、実は違う。
あのときもそうだった。

「やっぱり無理みたい」
「奥さんがいても構わないと思ってたけど、やっぱり無理」
そ、そんな、突然言われたって……。
「突然じゃない。あなたが気がつかなかっただけなの」
えッ?

リーフタクシーとの別れも、同様だった。
「リーフ、廃車になるみたいッす」
火事の現場でぼうぜんと立ちすくむ俺にかかってきた一本の電話。声の主は、もうひとりのリーフタクシーの担当運転手、斉藤孝幸さんである。
廃車とは、また、どうして?

「目盛りが1個減ったじゃないッすか。もう、バッテリー、だめッすよ」

斉藤さんが言うとおり、つい最近、目盛りが1個減った。
目盛りとは、バッテリー残量表示(要は燃料計)の一部のことを指している。
メーター上でのバッテリー残量の表示は写真のごとくで、目盛り1個は2kWhと数えるから、フル充電状態なら目盛り12個、24kWhとなる。注目してもらいたいのは、右端の0から1に向かう12分割された表示(以下、セグメント)だ。このセグメント、バッテリー残量をわかりやすく見せるための基準の役目をしているのだが、実は、本当の役割は別にある。セグメントはバッテリーそのものの状態を表示しているのである。

斉藤さんが言う「目盛りが1個減った」とは、つまり12個あったセグメントが11個になってしまったという意味だった。具体的に言うならば、フル充電しても22kWhにしかならないということである。

どうして?
どうしてって、それはつまり、バッテリーが劣化したから。セグメントの1個減少は、バッテリーの劣化を目に見える形で示したということなのだ。

そ、そんな、突然、劣化って……。
「突然じゃない。あなたが気がつかなかっただけなの」

携帯電話だって何度も充電を繰り返すうちにバッテリーは少しずつ劣化していく。リーフのバッテリーも同様。仕事にでれば日に1回~3回は急速充電、それを3年近く続けてきたわけだから、そりゃ、徐々に劣化していたとしても不思議はないと考えていい(注)。

だが、目盛りはデジタル表示だから、アナログ表示のようにセグメント1個分が少しずつ劣化している様子を知ることはできず、結果、ある日、突然、セグメントが1個減って運転手を驚かすわけである。


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メーターパネル右のバッテリー目盛り。数えてみると11目盛りしかない。
メーターパネル右のバッテリー目盛り。数えてみると11目盛りしかない。
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タクシーとしての「リーフ」

「これからどんどん劣化が進むわけじゃないッすか。廃車ッすよね、リーフ。なにしろ、バッテリー交換に100万円ッすから、やってらんないッすよ」

「やってらんないッす」って、斉藤さんが100万円払うわけじゃない。それにしても、バッテリー交換に100万円とは。

金額の出所はまるで不明なのだけれど、俺は、斉藤さんからそう知らされていた。「100万円ッすよ」と。そして、それは疑いのない事実としてタクシー運転手の間では語られていたのだ。すげ~高いな、と。

しかし、うかつだった。
斉藤さんが、3の話を10にして喋(しゃべ)る(第11回)のは俺は百も承知のはずじゃなかったのか。話半分に聞くべき(第14回)と俺は自分で言っておきながら、斉藤さんから聞いた「交換バッテリー100万円」を、どういうわけか何の疑いもなく事実として受け入れてしまっていた。
まったく、俺としたことが……。

日産自動車が「リーフのバッテリー容量保証」を開始したのは、2013年5月31日(この時点ですでに俺はタクシー運転手ではない)のことだった。それを報じた『webCG』のニュース(6月10日付け)は、次のように書いている。

「保証の対象となるのは、登録から5年または走行距離10万キロ以内の車両で、出荷時は12セグメントだったバッテリー容量計が9セグメントを割り込んだ場合、日産が無償でバッテリーを修理または交換する」

日産自動車によれば「タクシーも容量保証は適用」されるとのこと。

そう。100万円説はデマだった。
けれど、それでも「リーフタクシー廃車論」はくすぶり続けていた。
セグメントの減少がバッテリーの劣化を教えているのは事実だし、そもそも、リーフがタクシー向きのクルマでないのも判明している。わが北光自動車交通が、これ以上、リーフを営業車として稼働させている意味があるとは思えなかったからである。

そして、会社は、正式に「リーフタクシー廃車」を決定した。斉藤さんと俺にその旨が告げられたのは、セグメント減少事件から間もなくのことである。

リーフタクシーの最終的な走行距離、約3年間で3万5136キロ。タクシーとは思えない1桁少ない数字だが、フル充電状態での走行可能距離の短さと、仕事嫌いの斉藤孝幸さんが主に運転していたという事実を考え合わせれば、ま、こんなものかもしれないとは思う。

こうして北光自動車交通から黒くて丸っこい形のタクシーは姿を消した。
当初、都内に19台あったリーフタクシー。現在は、あまりその姿を見かけなくなっている。事実関係は不明だが、北光自動車と同様の判断が他社にもあったのだろうか。

いま?

営業ナンバーを外したリーフはそれから1カ月ほど車庫で眠っていたけれど、やがて中古車として買われていった。そして、タクシー運転手の体験取材を終えた俺は、何人かの運転手を主人公とするノンフィクションを書き始めている。
斉藤さんは……。

俺とほぼ同時期に北光自動車交通を退社した斉藤さん。彼はいま、江戸時代の地層から埋蔵文化財を発掘するというタクシー稼業とは無縁の仕事を楽しんでいる。(完)

(文=矢貫 隆/写真=荒川正幸)

(注)「タクシーだからこその頻繁な急速充電がセグメントの減少を早めた可能性」について質問したところ、日産自動車からは次の回答があった。

「容量低下の状況はクルマの使われ方によっても異なるため、使用期間と距離だけで、影響を与えた要因を含めた個々のクルマの状態を判断するのは非常に難しい。また、急速充電の容量低下の影響は、充電開始時及び終了時の容量や温度によって異なるため、一概に回数を減らせばセグメントの減少がなかったと言うこともできない」

矢貫 隆

矢貫 隆

1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。

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