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つい最近は北山(ほくざん)比叡山に入り浸って?いたと思えば・・・
今回は南山(なんざん)高野山へと。最澄さんVS空海さん・・・・
平安京・桓武天皇の時代の僧で、天台宗、真言宗の開祖さま・・・
弘法大師空海さんは讃岐の生まれ。誕生日とされる6月15日には青葉祭、亡くなったんは3月21日で、毎月21日は東寺で弘法さんが開かれてることで知られてはりますね~。
気温が低いって聞いてたんでどんだけ~~~やったけど、日ごろの行い
めちゃいい天気で、日中は日差しが暑く感じられるくらいのマヂええ1日・・
高野山の標高は867メートル。京都の東寺があるあたりが20メートルくらいやそやから・・・空海さん東寺の蓮華王門から高野山へと旅立ったその標高差840メートル・・・・そんな山の中やから紅葉もかなり進んでいて超~きれい
樹齢何百年もの大杉の中・・・空気自体が清らかな感じでまさに聖域に来てる~って。この空気感半端ないわ・・・
この先にわずかに見えるお堂が「燈籠堂」でその地下部分に今も瞑想を続けているお大師さまがいてはる場所。
この先は当然ながら写禁・・・。たまたま7月に放映された「ぶっちゃけ寺」の高野山のテレビ画像を撮影していたんで。。。。。それをば使こて見聞きしたことを・・・・・
燈籠堂へと続く「御廟橋」。この橋の前で合掌してからなるべく左の端を渡るそう。右は位の高い人が渡るんやそうで、それ以上の人がいないことを「右に出るものが居ない」と。。その言葉の由来なんやとか。
この橋を渡る時は脱帽・・・被っていいもんは「カツラ」だけ。。とガイドしてくれはった高野山関係者の方がいわはった~~
参道には実に多くの武将の墓石や供養塔。苔むしたものがこのエリアは多かったなぁ~。
比叡山の最澄さんもやけど、空海さんも今も生きている・・とゆうことで毎日2回の食事が届けられてるんよね~。
燈籠堂の中にはそれは多くの燈籠が。この燈籠堂は空海さんの甥・真然(しんぜん)僧正が創建。
よ~見えへんけど、1000年間燃え続けてる「消えずの火」があるそう。比叡山でゆうたら「不滅の法灯」と同等なものなんやろね~。
このお堂を1度はけて。ぐる~っと一回りして、階段を下りていくと
天井からまたまた燈籠が釣り下がっていて・・・
小さい弘法大師像がぎっしり・・・・1150年の時に5万体作らはったってゆうたかなぁ~。ほんまに小さい・・・・7、8センチくらい??
こないな感じで空海さんと対面できるようになってはって、空海さんは京の方
実際にはこないにはっきり見えへんかった・・・けど。
こないな絵が見えるンやね・・・・・。
一家を代表して空海さんのお廟の前にきてるんで、いつものように「家族全員、猫全員をお守りください」と。アタシにとって家族はかかわりのある人全員。
このテレビ画像・・・とても役にたった~~~。
DVDを撮ってもなかなか見直すことが少なく、これは!って思うノンは結構撮影してあるんよね~
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