美味さを“科学”と“技術”で解明するものすごい本! すしの次、第2弾は「天ぷら」

暮らし

更新日:2022/9/26

天ぷらのサイエンス おいしさを作り出す理論と技術が見える
天ぷらのサイエンス おいしさを作り出す理論と技術が見える』(中川崇「天麩羅なかがわ」:技術指導、佐藤秀美:監修、土田美登世:文/誠文堂新光社)

 天ぷらは美味い。タネに好みはあるだろうが、本当に何を食べても美味い。しかし少々乱暴な言い方であるが、「魚介類や野菜に、水・卵・小麦粉で作った衣をまとわせ、油で揚げただけなのになぜ美味いのか?」「材料や工程は同じなのに、衣がべちょっとしたり、油ギトギトな不味い天ぷらはなぜ存在するのか?」という質問に、たぶんほとんどの人は明確に答えられないはずだ。

 それなのに「天ぷらってのは揚げ物だけれども、蒸し料理でもあるんだよ」とか「“江戸前”から離れちまうようなもんは天ぷらとは呼べないね」とか「なんでもかんでも天つゆに浸すのは素人、通は塩で食う」とか「あの店は代替わりしてからどうも油切れが悪くていけねぇ」なんてことを言ってマウントを取ってくる面倒な人がいるものだ。ちなみに“江戸前の創始者”ともいえる徳川家康は鯛の天ぷらを食べたことが死因と言われていたが、今は胃がん説が有力で、しかも家康の食べた天ぷらは現在の衣のある天ぷらとは違ってほぼ素揚げみたいな状態だったらしいですよ、ってそれは全然関係ありませんか、そうですか……

 感覚的な問題というのはなかなか文章化、ビジュアル化しづらいものである。味や食感というのは人によって違うし、好き嫌いや過去の思い出に引っ張られたりする。さてどうしたものか……と考えていたとき、以前寿司について同じ悩みを抱いた際にご紹介した『すしのサイエンス』に続き、天ぷらの秘密を科学と技術の側面から解き明かす『天ぷらのサイエンス おいしさを作り出す理論と技術が見える』(中川崇「天麩羅なかがわ」:技術指導、佐藤秀美:監修、土田美登世:文/誠文堂新光社)という本が出たというのだ。これはもう読まねばならない!

advertisement

 この本が優れているのは、多角的な要素から構成されていることにある。天ぷらに関する知識(起源や歴史といった基礎からネタの紹介、道具、旬の時期、さらに江戸前についてなどマニアック情報まで網羅)、ふたつ目は築地の名店「天麩羅なかがわ」のご主人自らが仕事の内幕を隠すこと無く見せてくれる技術指導(写真が多数掲載されており、下処理や衣の作り方、揚げ方を徹底的に見せてくれる)、そして美味しさを科学から解き明かす懇切丁寧な解説「サイエンス」のページの充実も嬉しい。今回もあまりにもすごかったので、編集部にお願いして中のページをお借りした。

天ぷらのサイエンス おいしさを作り出す理論と技術が見える P120~121
車海老の特徴や味わい、身と頭の部分の手の加え方など、下処理から揚げるまでの調理工程を丁寧に解説。ちなみに「天麩羅なかがわ」のコースは2本の車海老から始まるそうだが、なんと1本目と2本目で油の温度を変え、海老の身の甘さを微妙に変化させるよう揚げ時間を秒単位でコントロールしているという。神業!

天ぷらのサイエンス おいしさを作り出す理論と技術が見える P90~91
天ぷらのキモである衣をプロがどう扱っているのかを知ることができる「技を見る」のページ。衣は鉢の中で濃度が違い、さらに揚げ鍋に近い場所は熱が加わり変化するため、それを考慮してタネを泳がせるという。余談だが「技を見る」は天ぷらを乗せる敷紙のような和紙調デザインなので、読むとお腹が空くかもしれない。

天ぷらのサイエンス おいしさを作り出す理論と技術が見える P114~115
“揚げる”という調理方法をサイエンスの視点から解説するページ。高温の油で調理すると衣に含まれた水分が蒸発、そこへ油が侵入する「交代現象」が起こる……これが「揚げる」なのだ。衣がべちょっとして油切れが悪い天ぷらは、この交代が上手く行っていないわけだ。また油は水の約2倍の速さで温度が上下するそうだ。

 本書にはこれ以外にも天ぷらに関するありとあらゆることが網羅されている。どうだろう、圧倒的じゃないだろうか? ……ただひとつ難点なのは、定価が4840円(税込)と少々値が張るところ。しかし一度天ぷらを食べに行くのを我慢して、ぜひとも手に入れてもらいたい。そのくらいの圧倒的情報量なのだ。この本を読めば、次から食べる天ぷらが数倍……いやそれ以上に美味さが増すこと請け合いだ。

 しかしこの本で知識を得たからといって、食べる前にご講釈を垂れるのはどうかご遠慮いただきたい。天ぷらは揚げ立てを出されたら熱々なところをすぐに食べるのが、職人の側からも、科学的にも、そして気分的にも最高の状態で美味しくいただける秘訣だからだ。それにしてもサクッと揚がった表紙の穴子の天ぷらが美味しそうなことこの上ないが、せっかく一本で揚げた穴子をなぜわざわざ金箸で切るのかの理由もしっかり解説されているので、ぜひ本書でご確認を!

文=成田全(ナリタタモツ)

あわせて読みたい