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黄河崩壊
汚染と水不足の現実

MAY 2008

文=ブルック・ラーマー 写真=グレッグ・ジラード

久の昔から、黄河は中国北部の大地と人々をうるおし続けてきた。だがいま、めざましい経済成長の陰で、母なる大河が深刻な危機に陥っている。

 乾ききった大地が、目の前に広がっている。ここ中国北部の乾燥地帯では、雨はもう何カ月も降っていない。空を暗くするのは、湿った雨雲ではなく、吹き荒れる砂嵐ばかり。草木などとても芽を出しそうもない、からからの荒野だ。

 だが、黄河が蛇行するあたりで、その荒涼とした風景の果てに、目を疑うような沃野が開けてくる。緑の稲穂が波打つ水田、黄色に染まった広大なヒマワリ畑、青々とした葉を広げるトウモロコシ、小麦、クコの畑。照りつける日差しの下で、どの作物もよく育っている。

 その光景は砂漠に浮かぶ蜃気楼ではない。チベット高原から渤海まで全長5460キロを流れる黄河。そのちょうどなかほどに位置する、寧夏回族自治区北部のオアシスだ。秦の始皇帝が万里の長城の衛兵たちの食料を調達しようと、農民の一団をここに送りこみ、人工水路を建設させ、耕作させたのがそもそもの始まりで、2000年以上の歴史をもつ。

 55歳の沈も、秦の時代からの伝統を受け継ぎ、黄河から引いた水で耕作を行っている。無尽蔵にも思える豊富な水。沈はここなら水に困ることはないと、30年ほど前に移住し、トウモロコシを育ててきた。「こんなに美しい場所はどこにもないと思っていたものです」と、緑の畑を見渡して言う。

 だが、この地上の楽園は急速に失われようとしている。驚異的な経済成長を遂げる中国では、農工業の開発と都市化が急ピッチで進み、水需要が急増して、黄河が干上がりつつあるのだ。しかも、わずかに残った水もひどく汚染されている。

 人工水路のそばに行ってみると、目を疑うような光景があった。血のように赤い工場の排水が排水口から勢いよくほとばしり、水路の水が毒々しい紫色に染まっていた。この水は黄河に注いでいる。このあたりには、以前は魚やカメがたくさんいたそうだが、いまでは水質汚染が進み、飲み水はおろか、農業用水としても使えなくなっている。沈の飼っていた2頭のヤギは、水路の水を飲んだ数時間後に死んでしまったという。

 死を招く汚染の源は、畑の川上に位置する都市、石嘴山に立ち並ぶ化学工場や製薬工場だ。この街は、いまでは世界最悪の公害都市に名を連ねている。「自分の体にじわじわ毒を盛っているようなものですよ。まったく、母なる河にこんなことをするなんて」と、沈は怒りに声をふるわす。

母なる大河の厳しい現実

 中国の人々にとって、黄河は魂のよりどころとも言うべき河だ。チベット高原の標高およそ4300メートルの秘境にその源をもち、中国北部の平原を滔々と流れる大河。だが、中国人が母なる河と呼ぶその大河が、いまや死の河になりつつある。工場や家庭の排水に汚染され、設計に問題のあるダムが次々に建設されたため、河口付近では流量が極端に減っている。1990年代には、河口まで到達せずに流れが途絶えてしまう「断流」現象が、ほぼ毎年のように起こった。

 黄河は流域の1億5000万人の生活を支えているが、古くから親しまれてきたこの大河が枯れれば、その影響はさらに広い範囲に及ぶだろう。黄河の危機的な現状が映しだすのは、中国の輝かしい成長の影の部分だ。急速な発展とひきかえに環境が荒廃し、人々の暮らしになくてはならない水が枯渇しつつある。

 中国の水資源量は米国とほぼ同じだが、中国はそれだけの水で米国の5倍近い人口を支えている。そのため、この国では水は昔から貴重な資源だった。とくに乾燥地帯の北部では、水不足が深刻だ。中国全体の15%にすぎない水資源量で、国の人口の半分近くを支えているからだ。

 中国の主要な河川には、ヒマラヤなどの氷河から水が流れこんでいるが、地球温暖化で水の重要な補給源である氷河の後退が進んでいる。同時に砂漠化の進行にも拍車がかかり、いまでは年間30万ヘクタール以上の草地が砂漠にのみこまれている。

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