Yahoo!ニュース

原爆投下だけが「人類の愚行」になる不思議~奇妙な日本の対米忖度~

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長
長崎市への原爆投下(米軍機撮影)(写真:ロイター/アフロ)

・どこの国の総理ですか

 毎年、8月6日、9日になると先の大戦末期にアメリカ軍によって投下された原爆投下での犠牲者を追悼する式典、ニュース等が話題となる。広島14万、長崎7万の被爆死者のことを思うと、私は8・6、8・9に関わらず、胸が締め付けられる思いがする。

 そんな今年、長崎原爆から73年を迎える8月9日、こんなニュースが出た。

長崎では9日、核兵器禁止条約の交渉にすら参加しない政府の姿勢に「理解できない」「極めて残念」と批判が相次いだ。安倍晋三首相は「(条約に)署名、批准を行う考えはない」と記者会見で明言。被爆者と対面した際には条約に一切触れず、被爆地とのすれ違いが際だった。

 「あなたはどこの国の総理ですか。私たちをあなたは見捨てるのですか」

 9日午後、長崎市で被爆者代表の要望を首相らが聞く会合があった。冒頭、長崎県平和運動センター被爆者連絡協議会の川野浩一議長(77)は首相に要望書を渡す前に強い口調で言った。(中略)「今こそわが国が、あなたが、世界の核兵器廃絶の先頭に立つべきです」とも呼びかけた。

出典:長崎の被爆者、首相に「どこの国の総理か」 核禁条約で

 長崎の被爆者団体の方は、核兵器禁止条約に署名・批准する考えのないことを示した安倍総理に対して「被爆国日本の総理大臣としてあるまじき態度」と思われ、怒られたのであろう。確かに、あの地獄を体験した被爆者の方からすると、被爆国・日本の総理大臣が、核廃絶の理想を掲げる条約を「黙殺」するような態度は、我慢が出来ないのであろう。その気持ちは察するに余りある。

・原爆投下正当化の嘘

 しかし、この感情には微妙な違和感を感じざるを得ない。広島、長崎に原爆を投下したのはほかでもないアメリカ軍である。アメリカ政府は原爆投下後、現在に至るまで原爆投下について謝罪を行っていないし、原爆投下の過ちを認めていないばかりか、アメリカ世論の大半は「(原爆投下は)戦争終結を早めるための手段として有効であり、多くの人を救ったのだから、結果的に良かった」と考えている(ただしこの古典的なアメリカ人の原爆観は、時代を追うごとに低下の傾向にはある。しかし、いまだこの考え方は主流である)。

 1945年5月のドイツ降伏、6月の沖縄失陥の段階で日本の敗北は確定していた。原爆投下が日本の降伏に全く関与しなかったというのは無理があるが、当時の政府・大本営がポツダム宣言受諾を決定した最大の要因は原爆投下ではなく8月9日のソ連対日宣戦布告である。

 当時の日本は、日ソ中立条約によって1946年まで書類上中立(ただし46年以降、同条約の延長はしない、とソ連から事前通知されていた)である筈のソ連を仲介して、講和への一縷の望みを賭けていたからである。原爆の惨状が東京の政府・大本営に知らされるのは、政府調査団が広島、長崎に派遣されてのちのことである。

 しかもこの時でさえ、「熱線・爆風」の第一撃を回避すれば原爆はそれほど脅威ではない、という楽観論が支配していた。放射線障害の恐怖が知られるのは戦後である。「原爆投下は日本降伏を早めて結果的に多くの人命を救った」、というのはアメリカ側の勝手な原爆正当化の歴史観である。

・核兵器禁止条約に実効性はあるのか

 ともあれ日本は、サンフランシスコ講和条約によって賠償請求権を放棄しているから、原爆投下についての賠償をアメリカに求めることはできない。しかしながらアメリカは、戦後一貫して原爆投下の正当性を繰り返してきた。そして原爆投下という残虐行為を間違いであると認め、被害者である広島・長崎市民に謝罪したことも一度もない。

 戦後一貫して被爆者たちを「見捨てて」来たのは、加害者であるアメリカである(むろん個人のレベルでは、オリバー・スートン監督に代表されるように、アメリカの原爆投下を間違った国策として糾弾するアメリカの知識人は少なくない)。

 そして肝心の核兵器禁止条約への参加国は南米・アフリカの非核国が中心であり、広島・長崎に原爆を投下した当事者たるアメリカは含まれていない。それどころか世界の核保有国のただの一か国も、この条約に参加していない(安倍総理はこの点を強調して、同条約に不参加の理由を述べている)。

 筋論からいうと、彼らは安倍総理に対して、こう迫るべきだったのではないか。

「あなたは被爆国の総理として、(核兵器禁止条約に参加するよう)なぜアメリカに何も言わないのですか。」

・「人類の愚行」の奇妙さ

 むろん、このようなニュアンスが、先の被爆者団体の詰問の行間に含まれていることは充分に想定できよう。しかし、核兵器を持たない国家が、「核兵器の使用、開発、実験、製造、取得、保有、貯蔵、移転など幅広く禁止。当初案で除外されていた、核使用をちらつかせる脅しの禁止」(2017年7月8日、朝日新聞)を謳った本条約に参加したところで、すでに現時点でそれは(核の傘の解釈はともかく)達成されているのだから、その理念は素晴らしいとしても、実効性には欠けるように思う。核兵器禁止条約に、核保有国や核兵器開発疑惑国が参加しなければ、「核なき世界」は机上の空論なのだ。

 広島・長崎への原爆投下を、「人類の愚行」「人類の過ち」という風に表現する人は、イデオロギーの左右を問わず、日本社会の中で多い。ホロコーストを「人類の過ち」という人は居ない。ナチの犯罪である。カンボジアにおける大量虐殺、スターリン時代の大粛清は「人類の愚行」なのであろうか。いや、ポル・ポトとソ連の悪行であろう。同様、真珠湾攻撃や日本の中国侵略は「人類の愚行」ではなく、戦前日本の戦争指導者たちの明確な国策の誤りである。

 しかし―、判を押したように「原爆投下」だけは、アメリカの愚行でもアメリカの過ちでもなく、「人類の過ち」と平然と言ってのける人が少なくないのは不思議だ。

・「アメリカ様の機嫌を損ねると大変だ」

 イデオロギーの左右を問わず、この点だけは奇妙な一致をみせる。親米保守は「日米同盟を慮って」アメリカの過ちを指摘しないし、左派・リベラルは、「報復、怒りのの連鎖は不幸しか生まない」などとして対米批判を避ける。両者とも、「アメリカ様の機嫌を損ねると大変だ」という対米忖度があるような気がする。

 例の有名な原爆碑文「過ちは繰り返しませぬから」問題と同一である。「被害者が被害者に謝っている」。なんとも珍妙な情景だが、「戦争」という人類の普遍的な蛮行の中に原爆投下が含まれると考えると、かろうじて得心が行く―、いや、やはり私はできないのである。ドイツの戦後は謝罪から出発した。日本も講和条約締結とアジアへの賠償交渉から戦後外交がスタートした。

 過去の国策の過ちを認め、謝罪するのは何も敗戦国だけではない。イギリス、フランスなどかつての植民地大国も、公式な謝罪ではないものの、過去の植民地政策について負の側面があったことを認め、教育現場でもそのような記述が取り入れられている。過去への真摯な反省からしか、明日は出発しない。

 アメリカは、ベトナム戦争、パナマ侵攻、そしてイラク戦争等と戦後、海外での軍事行動を繰り返してきた。その度に過ちは繰り返されてきた。ソンミ村虐殺、イラク・アブグレイブ刑務所での捕虜陵虐…。数えだすときりがないが、こうした「過ち」が繰り返されるのは、加害者が過去の歴史的事実を誠実に反省していないからである。

 戦後、平和国家としての日本の現在があるのは、痛烈な過去の反省と、迷惑をかけた国への誠実な賠償外交があるからである。アメリカにそういう傾向は伺えない。

・恨みを言っても死者は蘇らぬ

 私は広島・長崎原爆被爆者にお話を聞く機会を有するたびに、「加害者であるアメリカに対して怒り、恨みの感情はないのか」と聞く。被爆者は一様に、「無い、と言えば嘘になる」と仰られる。

 しかし同時に、こうも付け加えられる方がほとんどだ。「いまさら、アメリカを恨んだところで、死んだ人は生き返らないのも事実」。確かに、その言葉の持つ意味はあまりにも重い。

 だが私はあえて、広島・長崎の原爆の地獄を、二度と再びこの地上に繰り返してはならないという決意を新たにし、その実現のためには、加害者が「原爆投下は間違いであった、被害者に申し訳なかった」と真摯に謝罪することこそ、その一里塚であるように思うし、唯一の被爆国である日本こそ、加害国にその行いの反省を求める先頭に立つ責務があると思う。これこそが唯一の被爆国・日本の国際的重責である。

 繰り返すように、日本は非核国であり、核を使用しようにも物理的にできない。核の悲劇を繰り返す可能性があるのは、核保有国なのである。当然そこには、アジアにおいては中国、北朝鮮が含まれるのは当然である。

 毎年8月になると繰り返される奇妙な対米忖度が、いつか消えてなくなる日が来る時こそ、「核なき世界」の理想は達成されるのではないか。

作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

古谷経衡の最近の記事