朝晴れエッセー

春の天ぷら・5月11日

「はい、これ」

いただいたのは、小さなパックに入った天ぷらだった。

マンションのお隣の方から、初めてのいただきもの。

私と同年配の気さくな方で、ご挨拶をしたり、美味しいレストランを教えてくださるくらいのおつきあい。

「わぁ、いただきます。ありがとうございます」

今日口から出た言葉はこの一言。この頃は一言も誰とも話さない日が続いている。

天ぷらは、ほのかに温かく、薄い衣の中身は、きれいな緑の若いゼンマイだった。

口に入れると淡い緑の味がして、ああ、春なのだと思った。

散歩に出ても、満開の桜を見ているようで、見ていない。ただ切ないばかりで心の目を閉じていた。

そんな日々に突然、春が口から入ってきた。これから生い育とうとする素直な力が、体の中に入ってきた感じだった。

春の力。

初めて体験した不思議な感覚だった。体の中で清らかな力が湧き出てくる。励まされた感じがした。

一人暮らしで、新型コロナウイルスの不安にいる毎日。けれども、こんな小さな幸せも訪れる。

さあ、もう少し頑張ろう。

一色和子(68) 兵庫県尼崎市

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