「はい、これ」
いただいたのは、小さなパックに入った天ぷらだった。
マンションのお隣の方から、初めてのいただきもの。
私と同年配の気さくな方で、ご挨拶をしたり、美味しいレストランを教えてくださるくらいのおつきあい。
「わぁ、いただきます。ありがとうございます」
今日口から出た言葉はこの一言。この頃は一言も誰とも話さない日が続いている。
天ぷらは、ほのかに温かく、薄い衣の中身は、きれいな緑の若いゼンマイだった。
口に入れると淡い緑の味がして、ああ、春なのだと思った。
散歩に出ても、満開の桜を見ているようで、見ていない。ただ切ないばかりで心の目を閉じていた。
そんな日々に突然、春が口から入ってきた。これから生い育とうとする素直な力が、体の中に入ってきた感じだった。
春の力。
初めて体験した不思議な感覚だった。体の中で清らかな力が湧き出てくる。励まされた感じがした。
一人暮らしで、新型コロナウイルスの不安にいる毎日。けれども、こんな小さな幸せも訪れる。
さあ、もう少し頑張ろう。
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一色和子(68) 兵庫県尼崎市